魔族への生贄にされたので媚びまくって生き残ります

白峰暁

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33_職場を過ごしやすくするのも大事かな

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 その後も、レヴィウスは何回か私の家に来て、アドラー家の使用人たちの話や街であった話をしてくれた。


 王都に住んでいるといえど、私は殆どの時間はカフェで仕事をしている身だ。行ったことの無い場所は沢山ある。
 レヴィウスは富裕層が利用する場所にも行ける。加えて、男性かつ身を守る手段が沢山あるから、私一人では行けないような少々危険な場所にも行くことが出来る。
 故に、レヴィウスの話を聞くのは興味深かった。


(人間の文化を沢山知ることで、レヴィウスの人間への理解も深まってきてる感じがするし……。いい傾向だわ)


 レヴィウス曰く、魔族の領主としての仕事が多少慌ただしくなってきているので、本格的に冬を迎える頃には今ほどには来れなくなるということだ。


「シルフィアを一人にするのは忍びないが……」
「いえ、最初はずっと一人で過ごす予定だったので大丈夫です。それに、レヴィウス様から頂いたマフラーがありますから。雪が降っても、あのマフラーがあれば平気です!」
「ふふ。それはいいな。……防寒具を身に纏ったシルフィアも愛らしいだろうな」


 レヴィウスは目を細めて私を見つめた。
 何となくそれが気恥ずかしくて、私は別の話題に話を逸らすようにした。
 でも、レヴィウスは私を見つめることをやめてくれなかった。


 ****

 今日も仕事場のカフェに行くと、いつもと違う光景があった。
 開店前の店には店長だけがいるのが通例だったけど、今日はオーナーが一人でいた。


「あ! きみ、ええと……シルフィアくん、だっけか」
「おはようございます、オーナー。あの、店長は?」
「なんか彼、今日は風邪を引いたとかで臨時の休みらしいよ。僕もここに来てから知った。店を預かる者として体調管理が足りてないよね。こんなんだからカフェ・メルタンに売上で追いつけないんだよ。まったくもう、まったく。はあ……」


 オーナーは店長に憤りながら、ため息をついている。
 店長に怒っている……、とは限らないかもしれない。


 ――オーナーは話し相手が欲しいのよ。
 ――気が弱い店長は絶対に話を聞くでしょう? だからそうしてるのよ。


(そうだ。前にアリアさんはそう言ってたな)


 今は開店三十分前の時間だ。
 私がこの時間に来たのは、カフェにしかないレシピを確認したかったから。つまり自分の勉強のためだ。
 でも、オーナーがわざわざこんなに早く来たのは、きっと誰かと話したい気持ちがあったからだろう。


(よし……)


 私は鞄をその辺りの椅子の上に置いて、オーナーへと向き合った。


 レヴィウスに他のカフェに行くことを勧めてしまったので、カフェ・メルタンの売上については私にも少しばかり責任がある。
 これ以上店長がオーナーに責められるのは少々寝覚めが悪い。


 アリアさん曰く、オーナーは本気で文句を言いたい訳じゃなくて、話し相手が欲しいから絡んできている面もあるらしい。
 それなら、私が雑談相手をすれば、店長に対する当たりも弱くなるのではないだろうか。


「オーナー。スタッフとしての意見ですが……私は、カフェ・キャンドルは今くらいの働き方を続けるのがいいのではないかと思っています」
「なにぃ? はぁ、経営者じゃない人間はこれだから。売上は上がれば上がるほど嬉しいに決まってるじゃないか」
「カフェ・メルタンはスタッフが沢山いて、労働時間が長くて入れ替わりも激しいらしいですね。ここは休みを取るときはしっかり取れるようにしているから、ホールスタッフの定着率が比較的いいんです。私はここで働けて良かったと思っています」
「えー、そうかぁ? でもなあ、カフェ・メルタンは今頃開店してる時間じゃないか。うちもそうした方がいいんじゃないかと……」


 まだ少し不満そうなオーナーに、私は意識的に笑いかけることにした。


「それに――こうして多少の空き時間があるおかげで、私はオーナーと話すことも出来るわけです。だから、良かったと思っています」
「えっ……!? 僕と?」
「オーナーは私の知らない趣味の世界も知っているみたいで、興味深いです。この間王都に新しく出来たサロンの話もしていましたよね? 開店までの時間でいいので、少し教えて貰えませんか?」
「ほうほう……そうか! 僕の話も聞きたいか! うんうん、シルフィアくんと話す機会はあまり無かったが、最近の若者にしては中々見所があるじゃないか。じゃあ教えてあげるよ。あのサロンで流れていた音楽は、伝統的な人気があるオペラの音楽を当世風に演奏したもので……」


 オーナーは機嫌良さそうに言葉を続ける。
 店長に絡んでいるときはいつも嫌味な感じだったけど、こうして好きな話をしている限りでは、まあまあ普通に話せそうだ。


(レヴィウスがくれた情報があるから、オーナーとスムーズに話すことが出来たわ。またお世話になっちゃったな)

 ****


 やがて時間が来たので、オーナーは店から去って行った。
 私は彼に礼をして、そして開店のための準備に移る。



 今までは、職場では可も不可もなく過ごせればいいと思っていたけど……。
 レヴィウスがたまに家に来るようになってから、少し私の考えは変わってきていた。


 レヴィウスが私の仕事や生活を気に掛けるのは、本来私にとっては必要の無いことだ。
 アドラー家と別れてから数ヶ月間、私は一人で人間界で過ごしてきて、それで不便を感じたことは無かった。


 でも、その時の暮らしよりも、時々レヴィウスが家に来ては話をしていく今の方が楽しいというのも事実だ。
 ティラミスというかわいい小鳥――正確にいえば使い魔だけど――も迎えた訳だし。


(今まで通りに店で過ごしても仕事にはそこまで支障がなかったかもしれないけど、私がちょっと動くことでいい方向に向かうなら、その方がいいもんね。うまくいきそうで良かった)


 こう考えるようになったのも、レヴィウスがあれこれと世話を焼いてきた影響だ。

 レヴィウスが他の人間のことを気に入るようになれば、家に来ることも無くなるだろうと思っている。
 そうなったとしても、彼と接した中で学んだことは忘れないようにしたいと思った。
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