33 / 42
33_職場を過ごしやすくするのも大事かな
しおりを挟む
その後も、レヴィウスは何回か私の家に来て、アドラー家の使用人たちの話や街であった話をしてくれた。
王都に住んでいるといえど、私は殆どの時間はカフェで仕事をしている身だ。行ったことの無い場所は沢山ある。
レヴィウスは富裕層が利用する場所にも行ける。加えて、男性かつ身を守る手段が沢山あるから、私一人では行けないような少々危険な場所にも行くことが出来る。
故に、レヴィウスの話を聞くのは興味深かった。
(人間の文化を沢山知ることで、レヴィウスの人間への理解も深まってきてる感じがするし……。いい傾向だわ)
レヴィウス曰く、魔族の領主としての仕事が多少慌ただしくなってきているので、本格的に冬を迎える頃には今ほどには来れなくなるということだ。
「シルフィアを一人にするのは忍びないが……」
「いえ、最初はずっと一人で過ごす予定だったので大丈夫です。それに、レヴィウス様から頂いたマフラーがありますから。雪が降っても、あのマフラーがあれば平気です!」
「ふふ。それはいいな。……防寒具を身に纏ったシルフィアも愛らしいだろうな」
レヴィウスは目を細めて私を見つめた。
何となくそれが気恥ずかしくて、私は別の話題に話を逸らすようにした。
でも、レヴィウスは私を見つめることをやめてくれなかった。
****
今日も仕事場のカフェに行くと、いつもと違う光景があった。
開店前の店には店長だけがいるのが通例だったけど、今日はオーナーが一人でいた。
「あ! きみ、ええと……シルフィアくん、だっけか」
「おはようございます、オーナー。あの、店長は?」
「なんか彼、今日は風邪を引いたとかで臨時の休みらしいよ。僕もここに来てから知った。店を預かる者として体調管理が足りてないよね。こんなんだからカフェ・メルタンに売上で追いつけないんだよ。まったくもう、まったく。はあ……」
オーナーは店長に憤りながら、ため息をついている。
店長に怒っている……、とは限らないかもしれない。
――オーナーは話し相手が欲しいのよ。
――気が弱い店長は絶対に話を聞くでしょう? だからそうしてるのよ。
(そうだ。前にアリアさんはそう言ってたな)
今は開店三十分前の時間だ。
私がこの時間に来たのは、カフェにしかないレシピを確認したかったから。つまり自分の勉強のためだ。
でも、オーナーがわざわざこんなに早く来たのは、きっと誰かと話したい気持ちがあったからだろう。
(よし……)
私は鞄をその辺りの椅子の上に置いて、オーナーへと向き合った。
レヴィウスに他のカフェに行くことを勧めてしまったので、カフェ・メルタンの売上については私にも少しばかり責任がある。
これ以上店長がオーナーに責められるのは少々寝覚めが悪い。
アリアさん曰く、オーナーは本気で文句を言いたい訳じゃなくて、話し相手が欲しいから絡んできている面もあるらしい。
それなら、私が雑談相手をすれば、店長に対する当たりも弱くなるのではないだろうか。
「オーナー。スタッフとしての意見ですが……私は、カフェ・キャンドルは今くらいの働き方を続けるのがいいのではないかと思っています」
「なにぃ? はぁ、経営者じゃない人間はこれだから。売上は上がれば上がるほど嬉しいに決まってるじゃないか」
「カフェ・メルタンはスタッフが沢山いて、労働時間が長くて入れ替わりも激しいらしいですね。ここは休みを取るときはしっかり取れるようにしているから、ホールスタッフの定着率が比較的いいんです。私はここで働けて良かったと思っています」
「えー、そうかぁ? でもなあ、カフェ・メルタンは今頃開店してる時間じゃないか。うちもそうした方がいいんじゃないかと……」
まだ少し不満そうなオーナーに、私は意識的に笑いかけることにした。
「それに――こうして多少の空き時間があるおかげで、私はオーナーと話すことも出来るわけです。だから、良かったと思っています」
「えっ……!? 僕と?」
「オーナーは私の知らない趣味の世界も知っているみたいで、興味深いです。この間王都に新しく出来たサロンの話もしていましたよね? 開店までの時間でいいので、少し教えて貰えませんか?」
「ほうほう……そうか! 僕の話も聞きたいか! うんうん、シルフィアくんと話す機会はあまり無かったが、最近の若者にしては中々見所があるじゃないか。じゃあ教えてあげるよ。あのサロンで流れていた音楽は、伝統的な人気があるオペラの音楽を当世風に演奏したもので……」
オーナーは機嫌良さそうに言葉を続ける。
店長に絡んでいるときはいつも嫌味な感じだったけど、こうして好きな話をしている限りでは、まあまあ普通に話せそうだ。
(レヴィウスがくれた情報があるから、オーナーとスムーズに話すことが出来たわ。またお世話になっちゃったな)
****
やがて時間が来たので、オーナーは店から去って行った。
私は彼に礼をして、そして開店のための準備に移る。
今までは、職場では可も不可もなく過ごせればいいと思っていたけど……。
レヴィウスがたまに家に来るようになってから、少し私の考えは変わってきていた。
レヴィウスが私の仕事や生活を気に掛けるのは、本来私にとっては必要の無いことだ。
アドラー家と別れてから数ヶ月間、私は一人で人間界で過ごしてきて、それで不便を感じたことは無かった。
でも、その時の暮らしよりも、時々レヴィウスが家に来ては話をしていく今の方が楽しいというのも事実だ。
ティラミスというかわいい小鳥――正確にいえば使い魔だけど――も迎えた訳だし。
(今まで通りに店で過ごしても仕事にはそこまで支障がなかったかもしれないけど、私がちょっと動くことでいい方向に向かうなら、その方がいいもんね。うまくいきそうで良かった)
こう考えるようになったのも、レヴィウスがあれこれと世話を焼いてきた影響だ。
レヴィウスが他の人間のことを気に入るようになれば、家に来ることも無くなるだろうと思っている。
そうなったとしても、彼と接した中で学んだことは忘れないようにしたいと思った。
王都に住んでいるといえど、私は殆どの時間はカフェで仕事をしている身だ。行ったことの無い場所は沢山ある。
レヴィウスは富裕層が利用する場所にも行ける。加えて、男性かつ身を守る手段が沢山あるから、私一人では行けないような少々危険な場所にも行くことが出来る。
故に、レヴィウスの話を聞くのは興味深かった。
(人間の文化を沢山知ることで、レヴィウスの人間への理解も深まってきてる感じがするし……。いい傾向だわ)
レヴィウス曰く、魔族の領主としての仕事が多少慌ただしくなってきているので、本格的に冬を迎える頃には今ほどには来れなくなるということだ。
「シルフィアを一人にするのは忍びないが……」
「いえ、最初はずっと一人で過ごす予定だったので大丈夫です。それに、レヴィウス様から頂いたマフラーがありますから。雪が降っても、あのマフラーがあれば平気です!」
「ふふ。それはいいな。……防寒具を身に纏ったシルフィアも愛らしいだろうな」
レヴィウスは目を細めて私を見つめた。
何となくそれが気恥ずかしくて、私は別の話題に話を逸らすようにした。
でも、レヴィウスは私を見つめることをやめてくれなかった。
****
今日も仕事場のカフェに行くと、いつもと違う光景があった。
開店前の店には店長だけがいるのが通例だったけど、今日はオーナーが一人でいた。
「あ! きみ、ええと……シルフィアくん、だっけか」
「おはようございます、オーナー。あの、店長は?」
「なんか彼、今日は風邪を引いたとかで臨時の休みらしいよ。僕もここに来てから知った。店を預かる者として体調管理が足りてないよね。こんなんだからカフェ・メルタンに売上で追いつけないんだよ。まったくもう、まったく。はあ……」
オーナーは店長に憤りながら、ため息をついている。
店長に怒っている……、とは限らないかもしれない。
――オーナーは話し相手が欲しいのよ。
――気が弱い店長は絶対に話を聞くでしょう? だからそうしてるのよ。
(そうだ。前にアリアさんはそう言ってたな)
今は開店三十分前の時間だ。
私がこの時間に来たのは、カフェにしかないレシピを確認したかったから。つまり自分の勉強のためだ。
でも、オーナーがわざわざこんなに早く来たのは、きっと誰かと話したい気持ちがあったからだろう。
(よし……)
私は鞄をその辺りの椅子の上に置いて、オーナーへと向き合った。
レヴィウスに他のカフェに行くことを勧めてしまったので、カフェ・メルタンの売上については私にも少しばかり責任がある。
これ以上店長がオーナーに責められるのは少々寝覚めが悪い。
アリアさん曰く、オーナーは本気で文句を言いたい訳じゃなくて、話し相手が欲しいから絡んできている面もあるらしい。
それなら、私が雑談相手をすれば、店長に対する当たりも弱くなるのではないだろうか。
「オーナー。スタッフとしての意見ですが……私は、カフェ・キャンドルは今くらいの働き方を続けるのがいいのではないかと思っています」
「なにぃ? はぁ、経営者じゃない人間はこれだから。売上は上がれば上がるほど嬉しいに決まってるじゃないか」
「カフェ・メルタンはスタッフが沢山いて、労働時間が長くて入れ替わりも激しいらしいですね。ここは休みを取るときはしっかり取れるようにしているから、ホールスタッフの定着率が比較的いいんです。私はここで働けて良かったと思っています」
「えー、そうかぁ? でもなあ、カフェ・メルタンは今頃開店してる時間じゃないか。うちもそうした方がいいんじゃないかと……」
まだ少し不満そうなオーナーに、私は意識的に笑いかけることにした。
「それに――こうして多少の空き時間があるおかげで、私はオーナーと話すことも出来るわけです。だから、良かったと思っています」
「えっ……!? 僕と?」
「オーナーは私の知らない趣味の世界も知っているみたいで、興味深いです。この間王都に新しく出来たサロンの話もしていましたよね? 開店までの時間でいいので、少し教えて貰えませんか?」
「ほうほう……そうか! 僕の話も聞きたいか! うんうん、シルフィアくんと話す機会はあまり無かったが、最近の若者にしては中々見所があるじゃないか。じゃあ教えてあげるよ。あのサロンで流れていた音楽は、伝統的な人気があるオペラの音楽を当世風に演奏したもので……」
オーナーは機嫌良さそうに言葉を続ける。
店長に絡んでいるときはいつも嫌味な感じだったけど、こうして好きな話をしている限りでは、まあまあ普通に話せそうだ。
(レヴィウスがくれた情報があるから、オーナーとスムーズに話すことが出来たわ。またお世話になっちゃったな)
****
やがて時間が来たので、オーナーは店から去って行った。
私は彼に礼をして、そして開店のための準備に移る。
今までは、職場では可も不可もなく過ごせればいいと思っていたけど……。
レヴィウスがたまに家に来るようになってから、少し私の考えは変わってきていた。
レヴィウスが私の仕事や生活を気に掛けるのは、本来私にとっては必要の無いことだ。
アドラー家と別れてから数ヶ月間、私は一人で人間界で過ごしてきて、それで不便を感じたことは無かった。
でも、その時の暮らしよりも、時々レヴィウスが家に来ては話をしていく今の方が楽しいというのも事実だ。
ティラミスというかわいい小鳥――正確にいえば使い魔だけど――も迎えた訳だし。
(今まで通りに店で過ごしても仕事にはそこまで支障がなかったかもしれないけど、私がちょっと動くことでいい方向に向かうなら、その方がいいもんね。うまくいきそうで良かった)
こう考えるようになったのも、レヴィウスがあれこれと世話を焼いてきた影響だ。
レヴィウスが他の人間のことを気に入るようになれば、家に来ることも無くなるだろうと思っている。
そうなったとしても、彼と接した中で学んだことは忘れないようにしたいと思った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした
柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。
幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。
そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。
護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる