魔族への生贄にされたので媚びまくって生き残ります

白峰暁

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35_忘れられない日になりました②

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「わあ……」


 中にはホールケーキが入っている。

 レヴィウスの買ってきたふたつの紙袋は、どちらもホールケーキだった。この季節限定のものと、通年で売っているものと。



「二人で分けよう、シルフィア」
「いえっ、二ピースくらいならともかく、自分一人では中々食べきれないので……アドラー家の方に持ち帰ったほうがいいと思います!」
「そうか。ではシルフィア、ここを持っていけ」


 レヴィウスがそう呟くと、二つのケーキの中の飾り付けが特に密集している場所にそれぞれナイフを入れた。白くて細かい菓子で作られた雪の結晶のオブジェやら、チョコレート細工で作られたリボンやら、そんな意匠が入ったピースが私の皿に盛られる。
 ホールケーキの、一番力が入った場所を貰ってしまった……。なんだか申し訳なくなる。



「そこって、特に豪華なところじゃないですか……。こちらはレヴィウス様が食べるべきでは」
「だからこそシルフィアに渡したかったのだ。雪祭りとは、暖かい室内でゆっくり休めるようにいつもより豪華な菓子を用意して、大切な人と過ごす祭りなのだろう? 俺もシルフィアとそうしたかった。シルフィアはよく働いているが、疲れを溜め過ぎる前に自らを労って欲しいと思う。これでそれが叶うなら安いものだ」
「……」
「俺は調べないといけないことがあって、今日もここに長居出来る訳ではない。一緒に過ごせない代わりに、珍しい菓子でシルフィアに楽しんで欲しかった。まあ、歴史が古かろうと有名だろうとなんだろうと、俺はシルフィアの作った菓子が一番美味だろうと思うが……」
「そんな風に言って頂いて、ありがとうございます! でも、個人的にはこちらのケーキはとても楽しみです。私は一生食べられないだろうと思っていたので…! いただきます!」


 私はレヴィウスに礼をして、ケーキにフォークを立てた。


 結論から言うと、今までに食べたことのない美味しさがした。
 使われている果実やクリームは芳醇な甘みがするのに、不思議と後味はスッキリ軽くて、いつまでも食べ進めたくなる。
 このケーキの中にリキュールが使われていることもその一因かもしれない。ほろ苦いリキュールとケーキの甘みが合わさって、すいすい食べ進められるのだ。


(久しぶりにお酒に触れたからか、ちょっと頭がふわふわするわ……)


 美味しいお菓子を口にして、私はいつもよりも上機嫌になっていた。
 私はじっとレヴィウスを見つめながら言う。



「レヴィウス様。私は……仕事ではイベントごとの商品も扱いますが、自分一人で楽しむのはほどほどでいいと思っていました。仕事から帰ってきた頃には売り切れているものも多いですし、一人だと食べられる量に限界がありますし」
「そうだったのか……」
「ですが……こうしてお祭り用に飾り付けられたものを見ると、すごく気持ちが華やぎますね。私一人だとこうは楽しめなかったと思います。レヴィウス様、ありがとうございます。忘れられない日になりました」
「そうか……それは良かった」


 レヴィウスは何かを噛み締めるように呟く。
 彼と同じ気持ちでいれるのは嬉しいな――。そう思い、私はふわふわと笑った。



 ****

 やがてレヴィウスが帰る時間になったので、見送るために家の外に出た。


(――いや、私ちょっと酔ってたわ)


 外のひんやりした空気に触れて、私は正気を取り戻した。


 レヴィウスに対してあんなことを言うべきじゃなかった。「それならもっとシルフィアのもとへ行くようにしよう」なんて思われたらどうする。私たちが穏やかに暮らすためにはある程度距離が必要なのだ。


(私、お酒が入るとちょっとだけ口が緩んじゃうのかも。危ない危ない。気をつけないと……)


 レヴィウスもお酒の入っているケーキを一緒に食べたけど、彼は酔っている感じがしない。魔族の方が人間より肉体が強いみたいだし、アルコールにも強いのかもしれない。



「今日は雪が降らなかったようだな……」


 レヴィウスはちらりと空を見上げながら言った。
 今、外は冷たい雨が降っている。私たちは傘をさしていた。


「今年の王都は例年に比べたら暖かいみたいですね。普段はもっと雪が降って大変だったって」
「……例年までは、人間界に対して時々圧力を加えて天候を操作することがあった。だから雪の量が多かったのだろう」
「そ、そうだったのですか……。では、レヴィウス様がそうと望めば、雪でも雨でも降らせられるると……!」
「そうだな。だが、最近は天候をわざと悪くすることは止めて、自然のままに任せるようにしている。人間の営みに魔族が介入し過ぎるべきではない――そう思うようになったからな」


 空を見つめるレヴィウスは、白い息を吐いて少し残念そうに呟いた。


「王都の雪祭りの最中、俺が来れる日はもう無いかもしれない。シルフィアと雪を見ることは叶わなかったな」
「そうですね。まあ、祭り期間中に雪が降らないこともあるみたいですから」
「だが、次の年は降るかもしれない。だから……シルフィア。来年も一緒に雪祭りを過ごさないか。来年はもっと長くいられるようにしたいし、そうすれば共に雪を見ることも出来るかもしれない」
「来年……」


 その話を聞いて、私は少し迷った。


 ――これからもレヴィウスが王都や人間界に来るとして、一年も経てば流石に他の人間と仲を深めることもあるのではないか?
 それなら、約束することは避けるべきだろう。


 最初に人間界で再会したときは驚いたけど、今の私にとってレヴィウスとたまに会うことはいい息抜きになっていた。
 でも、レヴィウスは私のことを誤解している――という後ろめたさは、私の中に常にある。
 これからも約束し続けるのは少し気が重かった。


 だから、少し濁して答えることにした。


「レヴィウス様もお忙しい方ですから、一年後にどうなっているかわからず、いま約束をすることは避けたいのですが……!」
「……」
「ですが、私たちがまた集まれる日があれば、そのときは雪を見たいですね!」
「……そうだな。ありがとう、シルフィア」


 傘で顔が隠れて表情は見えなかったが、レヴィウスは穏やかに返事をした。


 そのまま、私たちは別れることになったのだった。
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