16 / 32
閑話 晶子の話
しおりを挟む
佐々木さんは夜遅く、店が静まり返る頃を見計らってやってきます。そして、控えめに「ただいま、晶子さん。」と声をかけるのです。
その響きに、どれほど胸が熱くなったことでしょう。
もちろんお店でそういうことを言うのは迷惑にもなるのでしょうが、佐々木さんは店に誰もいなくなる時間を見計らってやってきます。
店にお客様がいるときには、カウンターの隅でハイボールを飲んで店が終わるのを待っています。
こうして私たちが会うようになって二月、くだんの部下の女性もめでたくゴールインする話を聞かされますと、わたくしたちもそろそろと思うのです。
でも、佐々木さんにはわたくしと旦那様のことが気になるようで、それでいて聞いてはいけないと思っているのか、なかなか結婚の話に進んでいけません。
なので、わたくしからお話をすることにいたしました。
カウンターで飲んでいる佐々木さんに、立ち話をするように話しかけました。
「少しお話ししましょう。」
「佐々木さん、わたしのこと、どう想っていらっしゃいます?」
「急にそんなことを言われても」と戸惑っておられましたが、
「貴方さまが気になさっていることを、おはなししたいとおもいます。」
「ええ。」貴方さまには当然心当たりのある話でしょう。わたくしもこの話をしなければ、前には進めないと思っておりました。
貴方さまは、こうしてわたくしに会いに来てくださっているのに、手も握ってくださらない。そんな状況から抜け出していきたいのです。
「まず、旦那様とお呼びしている社長は、わたくしの母がお付き合いをしていた男性です。わたくしのいわゆるパパではありません。」
わたくしは佐々木さんのほうをまっすぐ見て、話を切りしだしました。佐々木さんは驚かれているというか、ほっとしたご様子でした。
「先日、旦那様がおっしゃっていた通り、わたくしの母は、私が十九の時に交通事故に遭い、長い入院生活の末に旅立ってしまいました。一時はよくなっていたのですが、病室で母は旦那様にわたくしのことを託していました。店の金庫の鍵を渡し、どうかこの子の面倒を見てくださいと。」
佐々木さんは、黙って聞いていました。
「当時大学に通っていましたが、その後の学費や生活費、家賃なんかもお世話していただき、学校を卒業しました。」
佐々木さんは涙もろい方のようで、目頭をぬぐっておりました。
「その後、旦那様の会社に入るように勧められましたが、母の残したこの店を守りたいと申し出をしましたところ、旦那様がお客様を連れてこられるようになり、今では生意気にも紹介制のクラブとして成り立つようになったのです。」
少し話が長くなるので、佐々木さんの隣に座って話をします。
「もともと栄養学や調理の勉強をしており、小学校の栄養士になることが夢でした。私なりに料理やお酒の勉強をして、このお店を継ぐことにしたのです。」
「それから経営の指南にと、旦那様が引退したクラブのママさんを連れてこられまして、接客でわからないことはお任せできるようになっています。」
「お客様も身元にしっかりした方や、旦那様のご友人を中心にお世話になっております。ですからここには若い娘はいないので、いわゆる浮いた話はなく、商談などにちょうど良いところになったのです。」
佐々木さんは食い入るようにこの店の成り立ちの話を聞いていました。
「それから十年が過ぎ、お勤めしていただいているママさんの勧めもあって、わたくしも結婚してみたいなぁと旦那様にお話ししたところ、『若くて気のいいやつを連れてくるから、好きなのを選んでいい。俺が連れてくるのは身元保証付きだぞ。』とおっしゃって、商談でお付き合いのある貴方さまを連れてこられたのです。」
佐々木さんとはもっと仲良くなりたい、わだかまりをなくしたい。そう思って一生懸命勇気を出して話をしました。あとは佐々木さんがどう思うのかしら?
こんな商売をしているからまともな人生は送れないだろうと思っていましたが、佐々木さんと幸せになりたいって、そう願うようになりました。
「ただいまって言っておいて、帰ってしまうあなたの背中を見て、おいていかないでって、思っていました。」
そう言葉を絞り出すと、佐々木さんは涙を浮かべながらわたくしを強く抱きしめてくれました。その温もりに、これまでの孤独が溶けていくようでした。
「ごめんね、晶子さん。もう大丈夫、寂しくないよ。僕はずっと一緒に居るからね。」
わたくしもほっとしたやら、うれしいやらで、涙があふれてきました。
佐々木さんはわたくしが店を続けていくことを快く認めてくれました。
お店には立ちませんが、マネジメントは勉強されているので、実践したいとか、客としてお店で人脈を培いたいとか、どちらかといえば乗り気でかかわってくださいます。
将来、もし子供が生まれたら、昼間はわたくしが子供を見守り、夜は佐々木さんがお店に関わりながら支えてくれると言ってくださいました。その言葉が、何よりもうれしく心強かったのです
その響きに、どれほど胸が熱くなったことでしょう。
もちろんお店でそういうことを言うのは迷惑にもなるのでしょうが、佐々木さんは店に誰もいなくなる時間を見計らってやってきます。
店にお客様がいるときには、カウンターの隅でハイボールを飲んで店が終わるのを待っています。
こうして私たちが会うようになって二月、くだんの部下の女性もめでたくゴールインする話を聞かされますと、わたくしたちもそろそろと思うのです。
でも、佐々木さんにはわたくしと旦那様のことが気になるようで、それでいて聞いてはいけないと思っているのか、なかなか結婚の話に進んでいけません。
なので、わたくしからお話をすることにいたしました。
カウンターで飲んでいる佐々木さんに、立ち話をするように話しかけました。
「少しお話ししましょう。」
「佐々木さん、わたしのこと、どう想っていらっしゃいます?」
「急にそんなことを言われても」と戸惑っておられましたが、
「貴方さまが気になさっていることを、おはなししたいとおもいます。」
「ええ。」貴方さまには当然心当たりのある話でしょう。わたくしもこの話をしなければ、前には進めないと思っておりました。
貴方さまは、こうしてわたくしに会いに来てくださっているのに、手も握ってくださらない。そんな状況から抜け出していきたいのです。
「まず、旦那様とお呼びしている社長は、わたくしの母がお付き合いをしていた男性です。わたくしのいわゆるパパではありません。」
わたくしは佐々木さんのほうをまっすぐ見て、話を切りしだしました。佐々木さんは驚かれているというか、ほっとしたご様子でした。
「先日、旦那様がおっしゃっていた通り、わたくしの母は、私が十九の時に交通事故に遭い、長い入院生活の末に旅立ってしまいました。一時はよくなっていたのですが、病室で母は旦那様にわたくしのことを託していました。店の金庫の鍵を渡し、どうかこの子の面倒を見てくださいと。」
佐々木さんは、黙って聞いていました。
「当時大学に通っていましたが、その後の学費や生活費、家賃なんかもお世話していただき、学校を卒業しました。」
佐々木さんは涙もろい方のようで、目頭をぬぐっておりました。
「その後、旦那様の会社に入るように勧められましたが、母の残したこの店を守りたいと申し出をしましたところ、旦那様がお客様を連れてこられるようになり、今では生意気にも紹介制のクラブとして成り立つようになったのです。」
少し話が長くなるので、佐々木さんの隣に座って話をします。
「もともと栄養学や調理の勉強をしており、小学校の栄養士になることが夢でした。私なりに料理やお酒の勉強をして、このお店を継ぐことにしたのです。」
「それから経営の指南にと、旦那様が引退したクラブのママさんを連れてこられまして、接客でわからないことはお任せできるようになっています。」
「お客様も身元にしっかりした方や、旦那様のご友人を中心にお世話になっております。ですからここには若い娘はいないので、いわゆる浮いた話はなく、商談などにちょうど良いところになったのです。」
佐々木さんは食い入るようにこの店の成り立ちの話を聞いていました。
「それから十年が過ぎ、お勤めしていただいているママさんの勧めもあって、わたくしも結婚してみたいなぁと旦那様にお話ししたところ、『若くて気のいいやつを連れてくるから、好きなのを選んでいい。俺が連れてくるのは身元保証付きだぞ。』とおっしゃって、商談でお付き合いのある貴方さまを連れてこられたのです。」
佐々木さんとはもっと仲良くなりたい、わだかまりをなくしたい。そう思って一生懸命勇気を出して話をしました。あとは佐々木さんがどう思うのかしら?
こんな商売をしているからまともな人生は送れないだろうと思っていましたが、佐々木さんと幸せになりたいって、そう願うようになりました。
「ただいまって言っておいて、帰ってしまうあなたの背中を見て、おいていかないでって、思っていました。」
そう言葉を絞り出すと、佐々木さんは涙を浮かべながらわたくしを強く抱きしめてくれました。その温もりに、これまでの孤独が溶けていくようでした。
「ごめんね、晶子さん。もう大丈夫、寂しくないよ。僕はずっと一緒に居るからね。」
わたくしもほっとしたやら、うれしいやらで、涙があふれてきました。
佐々木さんはわたくしが店を続けていくことを快く認めてくれました。
お店には立ちませんが、マネジメントは勉強されているので、実践したいとか、客としてお店で人脈を培いたいとか、どちらかといえば乗り気でかかわってくださいます。
将来、もし子供が生まれたら、昼間はわたくしが子供を見守り、夜は佐々木さんがお店に関わりながら支えてくれると言ってくださいました。その言葉が、何よりもうれしく心強かったのです
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる