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おっさん、革命を支援する
巡礼者来訪
しおりを挟むサルタン率いる一団が、帝国の検問所に差し掛かった。その場所は、いかめしい雰囲気に包まれ、鋭い目つきの兵士たちが一行をじっと見つめていた。近頃、市民が国から脱出を試みる動きが加速しており、検問の厳しさは日増しに強まっていた。巡礼者たちは誰もが緊張した面持ちで、汗ばむ手を衣の袖に隠していた。
先頭に立つサルタンは、手に汗を握りながらも、毅然とした態度を保っていた。その身にはアテナ神を信奉する神官の衣装をまとい、あたかも真の巡礼者であるかのように振る舞っている。彼の後ろには、同じように変装した仲間たちが静かに続いていた。だが、兵士たちの視線が巡礼者たちの荷物や表情を一つひとつ確認しているのを感じるたびに、一行の胸に緊張が走った。
「何者だ?旅の目的を述べよ。」
低い声で問いかけてきたのは、年配の兵士だった。彼は眉間に深い皺を寄せながら、サルタンの顔をじっくり観察していた。
「私たちは、アテナ神を信仰する巡礼の一団です。シナール王国の神殿を目指して旅をしています。」
サルタンは平静を装いながら、兵士の目をしっかりと見据えて答えた。その声には一切の揺らぎがないよう努めていたが、背後で巡礼者の一人が小さく息を呑む音が聞こえた。
兵士はしばらく沈黙し、サルタンを値踏みするかのように睨みつけていた。やがて視線を外し、部下に向かって小声で何かを指示すると、一歩前に出た。
「名簿を出せ。そして、荷物を見せろ。」
緊張が一気に高まる。巡礼者のメンバーは、神官の名簿と共にあらかじめ準備していた物資を慎重に兵士たちに差し出した。荷物の中身が一つずつ検査されるたびに、心臓が跳ね上がる。もし偽装が見破られれば、全員が捕らえられ、あるいはその場で命を奪われる可能性すらあった。
兵士たちの手が、最後の袋にかかった。袋の中には、信仰を示すための小道具が詰められており、全てが巡礼者にふさわしい内容になっていた。しかし、一瞬の判断ミスが命取りになる状況に、サルタンは息を詰めて様子を見守っていた。
「……アテナ神のご加護を。」
そう言うと、年配の兵士は無言で頭を下げ、一歩下がった。
「通れ。」
その一言に、一団の間に安堵の波が走った。表には出さなかったものの、巡礼者たち全員がほっと胸を撫で下ろした。しかし、その場を立ち去るまで気を緩めるわけにはいかなかった。彼らは深々と礼をし、できる限り自然な動きでゆっくりと検問所を通り抜けて行った。
背後で兵士たちが何か話している声がかすかに聞こえたが、振り返ることはできなかった。緊張が解けるのは、ほんの少し先のこと。誰一人、声を発することなく、足音だけが静かに響いた。
検問所を抜けた瞬間、サルタンは振り返ることなく、一言だけ呟いた。
「……無事に通れた。」
その声に応じて、後ろから仲間たちの安堵のため息が重なった。彼らは再び隊列を整え、静かに前進を続けた。道の先には、希望を信じて目指すシナール王国が広がっていた。
こうして無事に出国したサルタンたちは、3日後にシナール王国の王都にたどり着いたのだった。
かつて城壁の門前に広げられた捕虜のキャンプは姿を消し、全員が帰国や新しい生活に移行できたことを示していた。
門番は王都に入る目的、巡礼者の名簿を求め、いつも通りの手続きを進めたが、一つだけ異なることがあった。それはカイト様宛の親書が手渡されたことだった。
昼食を終えて執務室に戻ると、リッキーが手紙を携えて待っていた。
「パラギン帝国からの巡礼者がこれをカイト様にって。」
「ありがとう、ちょっと待っててね。」
リッキーから手紙を受け取った僕は、それを丁寧に開封した。中に収められていた数枚の「写真」と記事、そして一通の手紙が入っていた。
アテナ神眷属 カイト様
私はパラギン帝国の市民団体の代表をしておりますサルタンと申します。帝国では王侯貴族の支配に抵抗する市民運動が起こりつつあります。ご存じの通り、コレット事件を端に発した王侯貴族たちの横暴に対する市民の抵抗運動を始めたのですが、権力を振りかざし、兵士による尋問や自由を求める市民を投獄するなど、さらに弾圧を強める結果となってしまいました。
カイト様がわたくしたちにお示しくださった共存、共栄の国造りも、権力に支配されたわが国には難しいものだったと思わざるを得ません。
このままでは、富と権力をもつ王侯貴族に市民運動がなかったものにされてしまいます。しかし、自由を求める市民たちの熱意は日に日に増しております。
どうか我らにお知恵を授けてください。
「……」
僕は無言でその内容に目を通した。写真に写る少女の惨状と、無情に綴られた記事の言葉が、胸を深く抉るようだった。サルタンの手紙には、彼らの希望と苦しみが綴られている。そして、彼らの期待が僕に向けられていることをひしひしと感じた。
「これは……責任が重いな。」僕は無意識に、リネットとリリーの笑顔を思い浮かべた。彼らのためにも、僕は答えを出さなければならない。
僕はリッキーを城門へ遣いに出し、サルタンたちにガゼル亭に宿をとるように伝えた。
サラさんにはリネットと話がしたいとお願いすると、
「間もなくやってくるでしょう、お嬢様はいつもこのくらいの時間には、カイト様がいるかどうか確認に来ますので。」
リネットは、リリーと一緒に親衛隊の訓練の監督をしていた。リリーは飛行が安定し、上空から親衛隊の訓練の様子を見て、リネットとともに親衛隊に的確な指示を出していた。また、リリーも親衛隊と一緒に戦闘訓練にも参加するようになった。午前中の訓練が終わり、昼食の後には必ずここに来ていた。
「ねぇサラ、カイト様はいますか?」とドアを開けてリネットが入ってきた。
「なんですかお嬢様、いつもノックをしてから入ってくださいとお願いしているではありませんか。」
「あ、カイト様だ」と言ってリリーが嬉しそうに僕の胸に飛び込んできた。その体は以前よりも少し大きくなっているようだった。
リリーは帝国の侵攻以降は王城でリネットとともに暮らしている。僕と暮らすよりも、王城でルセフィ教授の支援を受けながら暮らしていく方がよいということになり、リネットも一緒なので、安心していた。何よりもガゼル亭の煮込み肉がなくなってしまうという懸念も解消された。
「今日、帝国の市民運動活動家、リーダーのサルタンさんが王都に着いたという知らせがあったよ。だから今夜はガゼル亭に泊まるように案内をしたところだ。もしよければリネットたちも来るかい?」
「ええ、カイト様の妻ですから。」リネットはちょっとぷりぷりしていた。妻であれば当然と思っていたところを「もしよければ」なんて、いつまで他人行儀なので、誘われてうれしくもあり、また少し距離を置かれたようで寂しさを感じていた。
最近の僕はよく軍議や会議に呼ばれるようになり、ここ執務室にいることもあまりなくなっていた。会議の中心はコレット事件とその後の市民運動を見守りつつ、どのように彼らを支援していくか、また国際的にシナール王国による侵攻にならないためにはどのような手順を踏んでいくかが議論されていた。
そんなこともあって、リネットやリリーと会うのも久しぶりのような気がした。それを察してサラさんが、
「カイト様、お嬢様は今日、どのような服装で参加すればよろしいのですか?」
「えっと……護衛じゃないので、この前のかわいい私服でお願いします。」
「ええ、喜んで。」リネットは明るく返事をした。
僕たちはガゼル亭で一緒に夕食をとることを約束して、それぞれ家路についた。リッキーは先行してガゼル亭にリネットの来訪を知らせていた。
ガゼル亭の前には煮込み肉を求める人達が並んでいた。熱気とともに、煮込み肉の香ばしい香りが辺りに漂っている。店先には「本日は貸切りのため、夕方以降の煮込み肉の販売を終了します」と書かれた案内看板が掲げられていた。
ミナが整理券を配りながら、笑顔で対応していた。
「ただいま、ミナ。お手伝いかな?」
「今日は難しいお話になるから、お店のお手伝いはいいから、リッキーちゃんと遊んでおいでって、お父さんが言うの。」
「そう、もう少しだね、頑張って。あと、リッキーとは僕のお部屋で遊んでもいいからね。」
「え、いいの?ありがとう。」
僕の部屋にはリッキーに計算を教えるための教材があった。二人で仲良く勉強をしてくれればありがたい。
「ただいま戻りました。」と店内のガゼルさんたちに声をかけると、
「今日も姫様が来るんだって?そりゃ張り切らないとな、カイト殿。」
「ええ、それもそうですが、サルタンさんたちは到着されていますか?」
「さっき到着して、すぐに王城へ向かったぞ。バル国王に手紙を渡すって。」
「まぁ、さっきリネットには事情を話しておいたので、すんなり取り次いでもらえるとは思いますが。」
「そうか、なら夕食は早いな。おい、サキ、さっきの客はもうすぐ帰ってくるってよ。夕飯の支度をしておいてくれ。」
「あいよ、煮込み肉でいいかい?」と厨房の奥からサキさんの声がする。
「ええ、それでお願いします。」と僕が答えると、
「なんだい、カイト様はお帰りだったかい。風呂が沸いてるよ。今日もかわいい奥さんが来るんだろ?」といつもからかって来る。僕が、
「ええ。」とそっけない返事をすると。
「たまには格好のいい服を着てみるもんだよ。自分のために普段と違う格好をされるとね、それだけでときめいちまうもんだ。女の子はね。」
女の子なんて言われると、耳まで赤くなってしまう。
「今日は会談なのだから、しっかりしなくては。」そう言って、身支度を整えた。服装は先日、王城でもらった着替えを身に着けることにした。
リッキーとミナが、僕が造ったパズルで遊んでいる。ということはもう客人が来ているのだな。階下からリネットの声もする。
「うん、これでいい。」と、服装を確認して、会談に臨むことにした。
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