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しおりを挟む「お前は俺の妻になる」
ヴァルター・フォン・エルンスト公爵の宣言によって、私は婚約破棄されたその日に、帝国最強の男に「攫われる」形となった。
舞踏会場を後にした私は、気がつけば公爵の私邸へと連れてこられていた。
……え、どういうことなの?
ヴァルター公爵邸は、王宮から少し離れた高台にそびえる壮麗な屋敷だった。
通常、軍人の邸宅といえば質実剛健な造りが多いものだが、ここは違う。
異様に豪華。そして異様に厳重。
門番は騎士団の精鋭たち。
敷地内には戦士たちの訓練場まであり、まるで城塞のような雰囲気を放っている。
……え、これ、軍の拠点じゃないの?
戸惑っていると、公爵は無言で私を部屋へと案内した。
そして、豪奢なソファに座るよう促し、自らも向かいの椅子に腰を下ろす。
「話せ」
突然の命令口調に、思わず眉をひそめる。
「話せ、と言われましても……私は何も知らないのですが」
「お前は覚えていないかもしれないが、俺はお前に借りがある」
彼は先ほど舞踏会でも言っていたことを繰り返す。
幼い頃、私が彼を救った? そんな記憶、私にはない。
「……申し訳ありません。どのようなことだったのか、お聞かせ願えますか?」
私がそう言うと、ヴァルター公爵は静かに目を細めた。
「12年前。お前は幼いながら、俺を助けた」
——12年前?
その言葉を聞いて、私の脳裏に遠い記憶がよみがえった。
あれはまだ私が6歳のころ。
ある日、父に連れられて王宮へ訪れた帰り道のことだった。
ふとした瞬間、私は庭園の奥で血まみれになった少年を見つけた。
身体中に傷を負い、息も絶え絶えなその少年は、地面に倒れていた。
「……大丈夫?」
怖がりながらも、私は咄嗟に彼に近づき、自分が持っていたハンカチを差し出した。
「……行け。俺に関わるな」
少年は、低い声でそう言った。
けれど、幼い私は怯えるどころか、彼のそばにしゃがみこんでいた。
「だめだよ。こんなに血が出てるのに……」
私は必死に彼の傷を押さえ、自分のハンカチで拭っていた。
やがて、彼は微かに目を細め、小さく息を吐いた。
「……変なやつだな」
——あれって、まさか?
ヴァルター公爵は、無表情のまま続けた。
「当時の俺は、継母に殺されかけたところだった。父の正妻ではない女が俺を消そうとしたんだ」
私は息をのんだ。
貴族社会では、嫡男であっても政争に巻き込まれることは少なくない。
ヴァルター公爵も例外ではなかったのだろう。
「だが、お前は俺にとって初めて……俺を純粋に助けようとした人間だった」
公爵は、ゆっくりと私を見つめた。
「だから、お前が婚約破棄されたと聞いたとき、俺はすぐに動いた。
——今度は俺がお前を救う番だからな」
その言葉に、私は言葉を失った。
……え、そんなこと、私、全然覚えてなかったんだけど!?
呆然とする私の前で、ヴァルター公爵はさらに衝撃の一言を放った。
「レティシア、お前は俺の妻として、ここで暮らす」
「ちょ、待っ……!?」
言葉を挟む間もなく、彼は淡々と続ける。
「お前が拒否する理由はないはずだ。婚約破棄された今、お前には行く当てがない」
ぐっ……それは否定できない。
だが、それにしても強引すぎない!?
「いえ! いくらなんでも突然すぎます!」
私は必死に反論する。
「私、まだ公爵と結婚するなんて決めたわけじゃありません!」
すると、ヴァルター公爵は薄く笑った。
「そうか。だが、お前の返事はどうであれ……俺はすでに王に婚約を申し出た」
——は???
「い、今、なんと?」
「婚約の許可はすでに降りている。よって、お前は俺の婚約者だ」
まるで「今日の天気は晴れだ」とでも言うように、淡々と告げる。
……いやいやいや、そういうのって、普通は私の意思を確認してから決めるものでは!?
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなの……」
「……嫌なのか?」
ふいに、公爵の表情が曇った。
その顔を見た瞬間、私は言葉を失う。
——普段、無表情で冷酷な彼が、どこか不安そうに見えたからだ。
「……お前が望まないなら、強制はしない」
彼は低い声でそう呟く。
「だが……お前を他の誰かに渡すつもりはない」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
——なにこれ、怖い。いや、怖いんだけど……。
でも、それ以上に、彼のこの言葉が、私の胸をざわつかせる。
私を、手放すつもりはない?
これは……どういうことなの?
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