家ごと異世界ライフ

ねむたん

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「森の案内所&紬の手帖」

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春の柔らかな風が森を包み込む頃、紬は自宅の庭に座っていた。頭の中には村と森のこれからについての思いが巡っていた。温泉宿や農場が整い、外の街や漁村との交易も順調だ。けれど、訪れる人々や住民たちがもっと楽しめるような、新しい何かが必要だと感じていた。

「何か、みんながワクワクするようなことを……」
紬は庭の木漏れ日を見上げながら呟いた。その声に応えるように、足音が近づく。振り向けば、無骨なドワーフのグレンが静かに立っていた。

「考え事か?」
「うん、最近、森に来る人も増えてきたでしょ?みんながもっと楽しめる場所を作りたいんだけど、何がいいかなあって。」

グレンは腕を組んで少し考えると、短く言った。
「案内だな。」
「案内?」
「ああ。森を見せる場所を作り、その後で村のことを教える。たとえば……料理とか。」

紬の目がぱっと輝いた。「料理!それいいかも!森の案内ツアーと料理教室をセットにするなんて最高だね!」

その日の夕方、紬は早速案内所の建設計画を住民たちに相談した。広場に集まった住民たちは紬のアイデアに大賛成だった。妖精たちは飛び回りながら「案内所には私たちの地図を飾るのがいい!」と言い、獣人の少女ミアは「私も料理教室で手伝いたい!」と目を輝かせた。

ドワーフたちは建設作業を引き受け、案内所の設計が始まった。丸太を運び、細やかな装飾を施し、木材の温もりが感じられる小さなログハウスが完成した。

入口には「森の案内所&紬の手帖」と書かれた手作りの看板が掲げられ、可愛らしい鳥や花のイラストが添えられている。建物の中には森の地図や名所の紹介が並び、紬が描いたほのぼのとしたタッチのポスターが壁を彩った。

初めてのツアーと料理教室

記念すべき初めての案内ツアーの日、紬は少しだけ緊張していた。参加者は外の街から来た若い夫婦で、森の噂を聞いてやってきたという。紬は明るい声で二人を迎えると、森の展望台や温泉へ案内した。

「この展望台から見える景色は、村一番の自慢なんです!」紬は満開の花が咲き乱れる森を指差した。夫婦は目を輝かせながらその景色に見入った。

案内の最後には、案内所に戻って料理教室が始まった。その日のメニューは「森のキノコとハーブのパイ」。紬が自らアレンジしたこのレシピには、森で採れた新鮮な食材がふんだんに使われている。

「まずはこのパイ生地をこねてくださいね。それから、こちらのキノコを細かく刻んで……」
紬の丁寧な説明に従い、夫婦は楽しそうに料理を進めていく。妖精たちは手元を光で照らしたり、たまにキッチンの上で小さなダンスを踊ったりして場を和ませた。

焼き上がったパイを食べた瞬間、夫婦は驚きと感動の声を上げた。「なんて美味しいの!これは街でもきっと人気になりますよ!」

その日を境に、「森の案内所&紬の手帖」はすっかり評判になった。外の街や漁村からも人が訪れ、ツアーと料理教室を楽しむ人々で賑わうようになった。村の住民たちも教室に興味津々で参加し、特にミアは「次は私が教えてみたいな!」と目を輝かせている。

ある夕暮れ、案内所の片付けを終えた紬がふと外に出ると、グレンが木の影に寄りかかっていた。
「どうだ、悪くないだろ。」
「うん、とっても楽しいよ!」紬は笑顔で答えた。

そして、ふと思いついたように続けた。
「次はみんなで森の収穫祭をやりたいな。いっぱい食べて、遊んで、幸せで森を満たせたらいいなって!」

グレンは静かに頷き、その目にはどこか期待と温かさが浮かんでいた。

翌日、紬は広場に住民たちを集めて森の収穫祭について話し合いを始めた。「森で採れるものをみんなで持ち寄って、大きな宴を開こうと思うの」と提案すると、住民たちは一気に沸き立った。

「収穫祭なら、私たち獣人の歌や踊りを披露しようかしら!」とミアが手を挙げた。彼女は村の中でも明るく元気な存在で、祭りとなると真っ先に意気込む。
「いいね、ぜひお願い!」紬が目を輝かせて応えると、ミアは尻尾を大きく振りながら「準備は任せて!」と走り去っていった。

収穫祭の準備は、村全体を巻き込んだ一大イベントとなった。農業エリアでは新鮮な野菜や果物が集められ、温泉宿エリアでは特製のお菓子や温泉まんじゅうが作られた。海産物の缶詰も漁村から大量に届けられ、「森と海の味覚」が祭りのテーマに加えられることになった。

ミアは祭りの中心広場で、獣人たちと一緒にリハーサルを始めていた。独特のリズムと軽快な足取りで踊りながら、獣人らしい伸びやかな声で歌い上げる。その姿を見ていた紬は、思わず手を叩いて歓声を上げた。
「ミア、本当に素敵だね!これならみんな大喜び間違いなし!」
「でしょ?」ミアは得意げに胸を張り、ふわふわの耳をピンと立てた。「紬も一緒にどう?少しだけ踊りを覚えてみない?」
「えっ、私が?」紬は驚きながらも、ミアに手を引かれ、簡単なステップを教えられた。ぎこちない動きにみんなが笑い出したが、それもまた楽しいひとときだった。

収穫祭当日。広場は鮮やかな飾り付けに彩られ、森中から住民たちが集まってきた。妖精たちは空を舞いながら光を灯し、子供たちはその後を追いかけて歓声を上げている。

ミアたち獣人による歌と踊りが始まると、一気に会場の熱気が高まった。優雅でありながら力強いリズムに、見ている誰もが心を躍らせた。そして、ミアに手を引かれた紬がステージに立つと、広場はさらに沸き立つ。ぎこちないながらも一生懸命踊る紬の姿に、住民たちから大きな拍手が送られた。

「紬、意外とやるじゃない!」とミアが笑いかけると、紬は汗をぬぐいながら「もう勘弁して!」と返した。その会話にさらに笑いが広がる。

祭りの夜、住民たちは焚き火を囲んで食事を楽しんでいた。温泉宿の特製スープや、森で採れたハチミツを使ったパイ、漁村から届いた干物が次々と振る舞われる。紬は住民一人ひとりの笑顔を見ながら、心から幸せを感じていた。

「この村がこんなに賑やかになるなんて、夢みたいだね」と呟く紬に、そばに座るグレンが静かに頷いた。「お前がやったことだ、誇れ。」
「……ありがとう。でもみんなのおかげだよ。」紬が微笑むと、グレンは口元にほんの少し笑みを浮かべた。その姿に紬は少しだけ心臓が跳ねるのを感じたが、何も言わず焚き火の炎に目を向けた。

その夜遅く、ミアが紬の元に駆け寄ってきた。「紬!次は春の収穫でピクニックをしようよ!それでまたお祭りを……」
「あはは、少し落ち着こうよ、ミア!」紬は笑いながら答えたが、その目にはまた新しい未来への期待が浮かんでいた。

森の村は今日も、住民たちの笑顔とともに少しずつ成長していく。その温もりが、紬の胸の中にしっかりと灯っていた。
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