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氷の彫刻大会
しおりを挟む冬の夜、村の広場には人々の笑い声が響き渡っていた。今年初めて開催される氷の彫刻大会に向け、住民たちはそれぞれ思い思いの作品を彫り上げている。大きな雪山を削り出す音や、子どもたちの歓声が辺り一面に賑やかさを添えていた。
「紬、この形でいいかな?」
グレンが雪に覆われた両手で振り返る。その手元には、すでに可愛らしい小動物の形をした氷の彫刻が姿を現していた。
「いい感じ!グレンってこういうのも得意だったんだね」
紬は感嘆の声を上げながら、慎重に細部を整える。隣では妖精のトリスがひらひらと舞いながら、氷の表面に光の粒を落としていた。
「私たち妖精の光を上手に使うのがコツよ。光が氷の中で反射して、もっと綺麗に見えるから!」
トリスが笑顔で指先からさらに小さな光を散らすと、彫刻の動物の目がきらりと輝く。まるで生命を宿したかのようだった。
周囲では、他の参加者たちも個性的な作品を完成させつつあった。巨大な氷のドラゴン、優雅な天使の彫像、さらには村のシンボルである木を模したものまで、どれも美しいものばかりだ。
夕暮れが過ぎ、いよいよ完成した彫刻たちに雪灯りが灯される時間が訪れた。
村の妖精たちが一斉に現れ、小さな手で光を灯していく。その瞬間、広場全体が幻想的な光で包まれた。氷の中で雪灯りの光が乱反射し、作品たちはまるで命を持ったかのように生き生きと輝き始める。
「すごい……こんなに綺麗になるんだ」
紬は感動のあまり言葉を失い、グレンも隣で静かに頷いていた。
やがて、全ての灯りが揃ったところで村長が舞台に立ち、大会のフィナーレを告げた。すると、妖精たちが一斉に空高く舞い上がり、夜空に光のアーチを描き始める。光のアーチは虹色に輝き、村全体を幻想的な空間へと変えた。
「これ、妖精たちが村のために特別に作ったんだって」
隣でトリスが少し誇らしげに呟いた。
「ありがとう、トリス。それにみんなのおかげでこんな素敵な夜になったよ」
紬は微笑み、グレンにも視線を向ける。グレンは少し照れたように目をそらしつつも、「悪くないな」と小さく呟いた。
大会が終わり、広場には名残を惜しむように人々が集まっていた。各々の彫刻の前で写真を撮る者、光る氷の前で温かい飲み物を手に語り合う者、そのすべてが冬の夜を華やかに彩っている。
紬とグレンも自分たちの彫刻のそばで人々の声を聞いていた。
「この動物の彫刻、可愛いなぁ!表情がすごくリアルだよ!」
「氷の中で光が跳ね返る感じ、まるで生きてるみたいだね」
賞賛の声が聞こえるたびに、紬はほっと胸を撫で下ろした。一緒に作品を作り上げた喜びが、じんわりと心に広がっていく。
「グレン、良かったね!こんなに褒められてるよ」
嬉しそうに言う紬に、グレンは照れくさそうに目を伏せたまま応じた。
「ああ……まあ、悪くない気分だ」
その低い声に紬は小さく笑った。「グレンらしいな」と心の中で思いながら。
その後、広場の片隅で妖精のトリスが二人を呼び止めた。
「ねえ、紬、グレン。少し時間ある?ちょっとだけ見せたいものがあるの」
「何?」と首を傾げる紬をよそに、グレンが軽く肩をすくめる。「行くしかないだろう」
トリスはくるりと宙返りをしながら、二人を村外れへと導いた。雪に覆われた森の中を抜けると、そこには小さな丘が広がっていた。夜空を仰ぐと、妖精たちが作り上げた光のアーチが、まだ静かに輝いていた。
「ここから見るのが一番きれいなんだよ」
トリスが指差す先には、村の広場とその彫刻たちが光に包まれている様子が一望できた。
紬は息を呑んだ。広場で見る景色も素晴らしかったが、こうして少し離れて眺めると、村全体が星空の一部となって輝いているように見えた。
「すごい……こんな風に見えるなんて思わなかった」
隣で紬の感嘆を聞いたグレンも、短く「いい眺めだ」と呟いた。彼の表情は穏やかで、どこか安心しきっているようだった。
トリスは満足げに頷きながら宙を舞い、「こういう時間、たまには必要だよね」と笑った。
その後、紬とグレンはしばらく言葉を交わすことなく、その景色を眺めていた。冬の冷たい空気の中で、二人の距離がほんの少し近づいたような気がした。
雪まつりの喧騒がひと段落し、帰路につこうとしたとき、それまで穏やかだった空模様が急変した。
「風が強くなってきたな…」
グレンが低い声でつぶやいた瞬間、雪が舞い上がり、視界が一気に白一色に覆われる。
「これは…吹雪?」
紬が目を細めて言うと、グレンは顔をしかめながら大きく頷いた。
「どうやらそのようだ。今は無理に進むより、近くで風をしのげる場所を探したほうがいい」
二人は周囲を見渡しながら歩き始めた。幸い、グレンの勘が冴えていたおかげで、近くに雪に覆われた古びた木小屋を見つけることができた。中に入ると、隙間風は多少あるものの、外の吹雪からは逃れられる。
「よかった…これで少しは安心だね」
紬が肩をなで下ろすと、グレンは静かに頷きながら、背負っていたリュックを降ろす。中から取り出したのは携帯用の火打石と乾燥させた薪だった。
「少し火を起こす。冷えきる前にな」
慣れた手つきで火を起こすグレンを見つめながら、紬はふと尋ねた。
「ねえ、グレン。吹雪の中での避難って慣れてるの?」
グレンは手を止め、一瞬考えるような表情を浮かべたあと、静かに言った。
「慣れている、というより…以前、鉱山の近くで急な吹雪に遭ったことがある。それからは何が起こるかわからないと思って準備を怠らないようにしているだけだ」
焚き火がぱちぱちと音を立て、温かな光が二人の顔を照らす。紬はその光景を見つめながら、グレンの横顔に感謝と尊敬の念を抱いた。
「グレンって頼りになるね。私ももう少し準備をちゃんとする癖をつけないと」
紬が微笑むと、グレンは珍しく口元を緩めた。
「お前も十分しっかりしている。けど、こういう時は頼ってくれればいい」
少し照れたように視線を逸らすグレンの様子に、紬はくすりと笑った。焚き火の温もりと二人の何気ないやり取りが、厳しい吹雪の中でも不思議と心を穏やかにしてくれた。
そして、風が収まり始めた頃、紬は外の音に耳を傾けながらぽつりと言った。
「雪がやんできたみたい。でも、あの静けさって好きだな。雪が降り止んだ後の森って、何もかも吸い込むみたいに静かで…」
グレンはその言葉に頷き、木小屋の隙間から見える外を一瞥した。
「森の静けさには力がある。あの静寂を知っている人間は、この土地に対する敬意を持てるようになる」
そんな風に語るグレンの言葉に、紬は頷きながら心を打たれた。
吹雪の中、木小屋で過ごしたこの短い時間は、二人の間に新たな絆を芽生えさせる特別なひとときとなった。外がようやく穏やかになり、二人は再び歩き出す。けれど、この吹雪の日の記憶は、長く二人の心に残り続けるだろう。
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