脱走聖女は異世界で羽をのばす

初出動

昼下がりの秘密基地、リディアはお気に入りのクッションに座り、魔法のキャンディーをくわえながらホットミルクを飲んでいた。平穏な時間が流れているようで、胸の奥には小さな波紋が広がっていた。

テーブルの上に置かれた一通の封書。それは、契約冒険者として初めて舞い込んだ騎士団からの要請だった。重みのある羊皮紙に記された内容は、近郊の森で発生した異変を調査してほしいというもの。

リディアは封書を見つめたまま、ため息とも深呼吸ともつかない息を吐く。「とうとう来ちゃったか…」

メリーちゃんがそばに寄ってきて、「メェ」と小さく鳴いた。その声に背中を押されるように、リディアは気持ちを切り替えた。「そうだよね、メリーちゃん。私、契約したんだからちゃんとやらないと！」

それでも心のどこかで、不安が渦巻いている。騎士団との接触は、過去の忌まわしい記憶を思い出させる部分があった。けれど今は、メリーちゃんがいる。秘密基地に戻れるという心強さが、少しだけ勇気を与えてくれる。

「森の異変かぁ…どんな状況なんだろうね？」リディアはメリーちゃんの綿菓子毛を撫でながらつぶやいた。「でも、メリーちゃんがいればどんなに危なくてもきっと大丈夫だよね！秘密基地にひゅんって戻れちゃうんだから！」

一瞬で秘密基地に転移する能力を持つメリーちゃんの存在は、リディアにとっての最強のお守りだ。だからこそ、怖さよりもわくわくした気持ちが少しずつ大きくなっていく。

リディアは立ち上がると、カバンをメリーちゃんの綿菓子毛に吸い込ませ、簡単な準備を整えた。「よし！いっちょ行ってみるか！」と、笑顔を浮かべながら秘密基地を後にした。

契約冒険者としての初出動。その扉を開けた先に何が待っているのか、リディアにはまだわからない。でも、彼女の中で小さな冒険心が芽吹き始めていた。




冒険者ギルドのダンジョン支部にて。

外観は控えめで目立たないが、内側は迷路のように広がる部屋と廊下で溢れ、冒険者たちの拠点として活気に満ちていた。

リディアは、メリーちゃんを連れて指定された部屋へと足を運んだ。カラン、と扉を開けると、既に待機している騎士たちの姿が目に入った。

「おお、遅かったじゃねえか！」豪快な声を響かせたのは熊騎士、ハーゲンだった。逞しい体躯で椅子に座り、腕を組んでいる。傍らには、端正な顔立ちのセリルが優雅に立っていた。

「待ち合わせ場所がややこしかっただけだよ！ほら、ちゃんと来たもん！」リディアは抗議するように言いながら、にっこり笑ってみせた。

ハーゲンは鼻を鳴らし、「まあいい。で、その羊はなんなんだ？」とメリーちゃんを指差した。

「メリーちゃんだよ！私の大事な相棒。何でも持ってるすごい子なんだから！」リディアは胸を張る。

セリルは興味深そうに目を細めた。「ふむ、確かにただの羊には見えませんね。リディアさんのことだから、きっと特別な力を持っているのでしょう。」

「でしょ！メリーちゃんがいれば何が起きても安心！」とリディアがメリーちゃんを撫でると、メリーちゃんは「メェ」と小さく鳴いて答えた。

ハーゲンは苦笑しながら立ち上がり、「安心するのはいいが、俺たちの任務は簡単じゃねえぞ。森の異変がどれだけ厄介か、まだ何も分かっちゃいねえんだからな」と語気を強めた。

セリルも頷き、「報告によれば、魔物だけでなく、森そのものの動きが奇妙だとか。植物が自ら動き、侵入者を拒むような現象があると聞いています。」

「へえ、それはちょっと面白そうかも！」リディアは目を輝かせた。「でも、危なくなったらすぐにメリーちゃんの力で戻れるから、みんな安心して！」

「戻る気満々なのかよ！」とハーゲンが呆れたように突っ込むと、部屋の空気が少し和らいだ。

そして、全員が準備を整えたところで、ハーゲンが「よし、出発だ！」と力強く声を上げ、調査隊は森へ向けて冒険者ギルドを後にした。

リディアは軽い足取りで、メリーちゃんとともに一行の後ろをついていく。
心の中には不安と同じくらい、わくわくした気持ちが膨らんでいた。