脱走聖女は異世界で羽をのばす

ねむたん

文字の大きさ
62 / 209

メリーちゃんの冒険

しおりを挟む
それは、リディアがポーション作りに集中しているある日の朝だった。

ふわふわの毛布の中から起き出したメリーちゃんは、いつもと違う空気を感じ取った。リディアは前の晩からずっとテーブルに向かい、ポーションの材料を調合している。

「メェ?」と軽く鳴いてリディアに声をかけてみるが、彼女は集中を切らしたくないのか、ほんの少し振り返って「ごめんね、今日は一日ポーション作りに没頭するの」と申し訳なさそうに苦笑いを見せただけだった。

そこでメリーちゃんは、そっとリディアの横に歩み寄り、鼻先でテーブルの上の薬草をクンクン嗅いでから、うんと頷くように「メェ!」と鳴いた。
どうやら今日は、リディアの邪魔をしないように自分でお散歩に出かけることに決めたらしい。

ふわふわのピンク毛から荷物を取り出す必要もないし、今は手ぶらでOK。そう考えたメリーちゃんは、秘密基地のドアを開けるとふわりとした足取りで外に出た。


秘密基地から続くダンジョンの通路をしばらく進むと、メリーちゃんは森の入り口へとやってきた。

いつもならリディアが一緒にいてくれる場所だが、今日は一人での冒険(?)。少しだけ耳をぴんと立て、周囲の気配を探ったあと、「メェ!」と小さく鳴いて一歩を踏み出す。

森の中は相変わらずしんと静まりかえっているけれど、メリーちゃんは怖がる様子もなく、得意げにあちこちを眺める。
小鳥が枝から枝へ飛び移ると、そちらを見上げて「メェ?」と小さく問いかけるように鳴いた。鳥はメリーちゃんを見つけて、軽く羽ばたきながら更に奥へ飛んで行く。


森を抜け、今度は街へと続く道へ向かったメリーちゃん。

門の前で衛兵が目を丸くしている。「あれ、リディアの羊じゃないか?一匹で出歩いてるのか?」という声を聞いても、メリーちゃんは意に介さず、マイペースに街へ進み入る。

街の大通りは賑やか。
人々が行き交い、あちこちから呼び込みの声が聞こえてくる。メリーちゃんのふわふわな毛に気づく人がいれば、「わあ、可愛い!」と子どもたちが近寄ってきたり、商人が「君は迷子かな?」と声をかけてきたりする。

メリーちゃんは、そんな人々の反応を楽しむかのように尻尾を振り、おとなしく触れられるままになった。

なでてもらったり、飴をおすそ分けしてくれたりする人々に、メリーちゃんは「メェ、メェ!」と嬉しそうに鳴いて感謝の気持ちを示す。


街をしばらく散歩しているうちに、メリーちゃんはアラニスの露店を見つけた。
そこにはカラフルな魔法のキャンディーが並び、甘い香りが漂っている。アラニスは一瞬「リディア?」と声をかけようとしたが、リディアは見当たらず、代わりにメリーちゃんだけがのそのそと近づいてきたので目を丸くした。

「え、メリーちゃん!?一人でお出かけ中なの?」アラニスは驚きつつも、すぐに柔らかな笑顔を見せる。「リディアはどうしたのかしら?」もちろんメリーちゃんは言葉を話せないが、「メェ」と鳴いて首を傾げることで、リディアが忙しいということを伝えようとしているようだ。

「そっか、リディアはポーション作りに夢中なのね。」アラニスは納得したように微笑み、魔法のキャンディーの小袋をひとつ取り出してメリーちゃんに手渡す。「これはリディアにお土産で持っていってあげて。ちょうど新作なのよ!」

メリーちゃんは「メェ!」と満面の笑み(?)を浮かべると、ふわふわのピンク毛を軽く揺らしてその小袋を収納。アラニスは「気をつけて帰ってね」と言いながら見送るが、メリーちゃんはまだもう少し街を散策するつもりらしい。


やがて日が傾き、夕暮れ時の街並みがオレンジ色に染まるころ、メリーちゃんはそろそろリディアの元に戻ろうと街の門を出た。行きと同じく森の道を通り、秘密基地へと戻る。

秘密基地へ帰り着くと、相変わらずリディアはテーブルに向かってポーションの調合をしていた。いっぱいになった試験管や瓶が並び、部屋には様々な香りが混じり合っている。

メリーちゃんは軽く鳴いてリディアに近づき、綿菓子毛からアラニスにもらったキャンディーの小袋を取り出して見せた。「メェ!」という鳴き声が「お土産だよ!」と言っているかのようだ。

「わあ、メリーちゃん、おかえりなさい!わざわざこれも持ってきてくれたの?」

リディアは思わず手を止め、メリーちゃんの綿菓子毛をなでながら嬉しそうに微笑んだ。「ありがとう!アラニス、優しいなぁ。」

そうして、メリーちゃんの小さな冒険の一日は終わった。
リディアはポーション作りの合間にキャンディーをひとつ口に含み、「あまーい!」と幸せそうに目を細める。

メリーちゃんは「メェ」と返事しながら、安心したようにその場に丸くなった。秘密基地の中はふわふわと温かく、いつもの穏やかな夜が訪れようとしているのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

私は、聖女っていう柄じゃない

波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。 いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。 20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。 読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)

若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました

mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。 なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。 不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇 感想、ご指摘もありがとうございます。 なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。 読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。 お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...