ノクティルカの深淵 ーThe Abyss of Noctilucaー

ふたりにとってのしあわせな日常

セラフィーナの不器用なダンス

夜の静けさに包まれた洋館。窓の外には、月明かりに照らされた庭が広がり、風がそっとカーテンを揺らしていた。ヴァレリオは大きな椅子に座り、読書に耽っていたが、ふとした瞬間にセラフィーナの笑い声が耳に入った。

彼女が何かをしている気配がしたので、顔を上げると、セラフィーナが部屋の隅で足を小刻みに動かしているのが見えた。

「セラフィーナ、何をしているんだい？」

ヴァレリオが声をかけると、セラフィーナは驚いたように振り向き、すぐに手を止めた。

「ヴァレリオ！　あ、いや、ちょっと踊ってみようかなと思って…」

彼女は小さな笑顔を浮かべながら、気まずそうに足元を見つめた。

「踊る？」

ヴァレリオは興味深くセラフィーナを見つめた。彼女が踊る姿なんて、あまり想像できなかった。

「ええ、ちょっと、やってみたくて。あの…あなたがたまに踊るとき、楽しそうだから私も。」

セラフィーナは照れくさそうに言った。その言葉を聞いて、ヴァレリオは微笑んだ。

「そうか。君も踊りたいのか。」

「うん。でも、私、あまりうまくないから、恥ずかしいんだけど…」

「それなら、僕が教えてあげるよ。」

ヴァレリオは立ち上がり、優雅に手を差し出した。セラフィーナは少し戸惑いながらも、その手を取ると、二人はゆっくりと踊り始めた。

ヴァレリオは軽やかにステップを踏みながら、セラフィーナを引き寄せた。しかし、セラフィーナは足元がうまくついていかず、何度も足を踏み外してしまう。踏み外すたびに、ヴァレリオが彼女を支える。

「ほら、足をもっと軽く、リズムを感じて。」

「うん、でも、私、足がもつれて…ああ！」

セラフィーナはまたもや足を引っ掛けて転びそうになり、慌ててヴァレリオに支えられる。

「大丈夫か？」

「大丈夫…じゃないかも。でも、もう一回挑戦してみる。」

彼女は恥ずかしそうに頭をかきながらも、再びヴァレリオに身を委ねた。今度は少しだけリズムが取れるようになり、二人のステップがわずかに揃い始めた。

「いい感じだよ、セラフィーナ。」

ヴァレリオの言葉にセラフィーナは嬉しそうに顔を輝かせる。しかし、次の瞬間、彼女はまた足を滑らせて倒れそうになった。

「うう…まだ、うまくできない…」

セラフィーナが顔を赤らめてうつむくと、ヴァレリオは少し考えた後、ゆっくりと彼女を抱き寄せた。

「セラフィーナ、無理にうまく踊る必要はないんだよ。楽しむことが大切だ。」

ヴァレリオの言葉に、セラフィーナは少し照れながらも、心が温かくなるのを感じた。彼の優しさが、何よりも彼女の心に響く。

「ありがとう…ヴァレリオ。」

「どういたしまして。君が楽しいなら、それだけで十分だ。」

二人はそのまま、踊りながら笑い合った。セラフィーナが足元をすくわれて転び、ヴァレリオが受け止めるという微笑ましい光景が何度も繰り返され、夜が更けていった。





翌朝、セラフィーナは顔をしかめながらベッドから起き上がった。足が思うように動かない。ダンスをしたことで、知らず知らずのうちに使った筋肉が悲鳴を上げているのだ。

「うう…これ、やっぱり筋肉痛かも…」

セラフィーナはふらふらと台所に向かおうとしたが、思うように足が進まない。ふと、背後で足音が聞こえた。

「セラフィーナ、大丈夫か？」

ヴァレリオが心配そうに声をかけてきた。昨晩の踊りを見ていた彼は、少しでもセラフィーナが無理をしているのを察していた。

「う、うん…ちょっとだけ痛いだけだけど、大丈夫だよ。」

セラフィーナは無理に笑って見せたが、足を引きずるように歩く彼女の姿に、ヴァレリオはすぐに気づいた。

「無理をしないで、休んだほうがいい。僕が何か作ってあげるから。」

ヴァレリオはすぐに彼女の手を取って、テーブルに座らせた。セラフィーナは照れくさい気持ちで彼を見上げた。

「ありがとう…でも、これくらい大丈夫だから。心配しないで。」

「いや、君の体調が一番だ。今日は僕が全部やるよ。」

ヴァレリオは微笑みながら、セラフィーナの足を軽く触れ、優しく言った。「少し休んで、筋肉が和らぐまで無理しないことだ。」

セラフィーナはその言葉に安心したように頷き、椅子に腰を下ろして目を閉じた。ヴァレリオが台所で料理をする音が聞こえてきて、セラフィーナはふと、彼の優しさが心に染みるのを感じた。

そして、ほんの少しだけ照れながらも、ヴァレリオの手伝いを受け入れ、彼に甘えることに決めた。