気まぐれ令嬢と微笑みの調停役〜お兄様もいるよ！

愛と冒険の日々

強さの秘訣

ガイウスの朝のトレーニングは、兄妹の住む屋敷近くの丘陵地帯で行われた。青空の下、涼やかな風が吹く中、ガイウスはいつものように準備運動を済ませる。だがその後ろには、珍しくクラリスとルシアンの姿があった。

「お兄様のトレーニングを見て、私もスパイの技術を磨くのよ！」
クラリスが胸を張って宣言すると、ガイウスは豪快に笑った。
「いい心掛けだな！見学どころか、お前たちも一緒にやってみるか？」

「もちろん！」とクラリスは即答したものの、ルシアンは微笑を浮かべながら一歩引いて様子をうかがっている。

最初のメニューは崖の上のランニングだった。ガイウスが軽やかな足取りで断崖を駆け抜ける中、クラリスはヒールを脱ぎ捨てて全力でついていく。だが10分もしないうちに、彼女は足元の石につまずいて転びそうになった。

「クラリス、大丈夫か？」
「だ、大丈夫よ！ちょっとだけ休むだけだから！」

その隣で、ルシアンは崖の端で座り込んだクラリスを手伝いながら、小声でぼやく。
「これはもうスパイ訓練じゃなくて、生存競争だよ」

次は巨大な岩を持ち上げる力試しだ。ガイウスが片手で軽々と岩を持ち上げてみせると、クラリスは目を輝かせた。
「お兄様、すごい！私もやってみるわ！」

彼女は岩に手をかけたが、びくとも動かない。何とか動かそうとするも、力が入りすぎたせいか、勢いよくバランスを崩し後ろに倒れこんだ。
「おっと！」とルシアンがすかさず支えるが、その拍子に二人は一緒に地面に倒れ込んだ。

ガイウスはそんな二人を見て豪快に笑う。
「クラリス、スパイ訓練どころか筋トレから始めなきゃダメだな！」

「もう！お兄様ったら、生意気ね！」とクラリスがむくれる横で、ルシアンが疲れた顔で言葉をつぶやいた。
「こんなの付き合ってたら命がいくつあっても足りないよ」

それでも、どこか微笑ましさを感じさせる朝のトレーニングは、今日も賑やかに幕を閉じたのだった。



午後の陽射しが柔らかく市場を照らす中、賑やかな声が通りを包んでいた。ガイウスは新しい武具を探しに、クラリスとルシアンを連れて市場を巡る。露店には剣や盾、槍など、様々な品が並び、通りを行き交う人々も活気に満ちている。

「お兄様、あれ見て！なんて素敵な剣なの！」
クラリスが指差したのは、鞘に派手な装飾が施された長剣だった。店主が得意げに手渡すと、ガイウスは重さを確かめるように持ち上げる。

「なかなかの重量感だな」
ガイウスは振り下ろす真似をしてみせると、クラリスが目を輝かせる。
「すごい！お兄様、それならどんな敵も一瞬で倒せそうね！」

「いや、待って、クラリス」
ルシアンが困ったように口を挟むが、クラリスはもう次の露店に目を向けていた。

「お兄様、今度はこっちよ！」
そこにはトゲ付きのハンマーや奇妙な形をした双剣がずらりと並んでいる。ガイウスはクラリスの期待に応えるように、ハンマーを持ち上げて軽く振るう。

「ほう、これも悪くない」
その迫力ある姿に周囲の客が足を止め、次第に人だかりができ始めた。

「お兄様ったら、どんな武器でも似合うのね！」
クラリスが煽るたびにガイウスは新しい武具を手に取り、実演を繰り返す。巨大な槍を振り回したり、盾を構えたりと、次第にその実演はエスカレートしていく。

「クラリス、これ以上は……！」
ルシアンが焦った声で止めようとするが、すでに遅い。市場の客や店主たちも巻き込まれ、「ガイウス様の試し切り大会だ！」と歓声が上がる。

「おいおい、これが本物の力だ！」
ガイウスは大きな木製の槌を持ち、手頃な丸太を叩き割る。拍手喝采が巻き起こる中、クラリスは胸を張って言い放つ。
「さすが私のお兄様！最強だわ！」

だが、その場にいた全員が彼女に同意したわけではない。
「クラリス、これ以上は迷惑になるよ！」
ルシアンが必死に声を張り上げるが、ガイウスは楽しそうに笑いながら槌を置き、次の武器を探していた。

最終的に、ガイウスが市場の店主たちと武具の使用感を語り合い、気に入った一品を購入したところで騒ぎは一段落。市場は活気を取り戻しつつも、どこか名残惜しそうな視線をガイウスに送る者たちが多かった。

帰り道、ルシアンが深いため息をつく。
「全く……市場全体を巻き込むなんて、さすがお兄様だね」

「でしょ？」とクラリスが得意げに返すと、ガイウスは豪快に笑った。
「冒険者ってのは、どんな場所でも目立つもんさ！」

「普通は目立たないようにするもんだけどね」とルシアンがぼそりとつぶやく中、クラリスはまだどこか物足りなさそうに市場を振り返っていた。