「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん

文字の大きさ
2 / 23

2

しおりを挟む
セシルは少しだけ目を細めてリリエットを見つめた。

「……お兄様のこと?」

リリエットは、カップの中で揺れる紅茶を見つめながら、小さく笑った。

「ばれてる?」

「ええ、だってリリエットが遠い目をするときって、たいてい兄様のことを考えているもの」

セシルは、校庭に咲き誇る花の一つを手に取り、茎を指でなぞるように撫でた。

「それに……もう学園中の人が気づいてるわ。兄様がリリエットにだけ冷たいって」

リリエットの指が、カップの縁をなぞる。否定することはできなかった。学園に入ってから、その事実はあまりにも明白になった。クラウディオは、誰に対してもそつなく優雅に振る舞う。どんな貴族子女にも一定の礼儀を持って接し、決して不快にさせるようなことはしない。けれど、リリエットに対してだけは違った。

短く、そっけなく、冷たい。まるで、自分の存在自体が疎ましいと言わんばかりに。

「どうしてなのかしら……」

リリエットはぽつりと呟いた。

「私、何か気に障ることをしたのかな」

「そんなことないわ。リリエットは、何も悪くない」

セシルはきっぱりと言い切った。

「兄様がああなのは、きっと兄様の問題。リリエットのせいじゃないわ」

「でも……」

そう言いかけて、リリエットは言葉を飲み込んだ。

――本当にそうだろうか。

思えば、彼が冷たくなったのは学園に入る前からだった。婚約が決まった頃から、クラウディオはずっとこんな調子だった。それまではどうだったかといえば、そもそもまともに会話を交わす機会もなかった。舞踏会で一目見て惹かれ、婚約が決まった後は、ただひたすら彼に近づこうとしたのはリリエットの方だった。

茶会を開けば来てくれた。でも、ほとんど話さなかった。何か質問すれば答えてはくれるけれど、それ以上の言葉はない。目を合わせても、すぐに逸らされる。

「私、婚約が決まったときは……本当に嬉しかったの」

リリエットは、ぽつりと本音を漏らした。

「彼が、私の婚約者になってくれるって思っただけで、夢みたいで。ずっと彼のことを知りたくて、近づこうとしてた。でも……」

彼との距離は、縮まるどころか遠ざかる一方だった。

セシルは、リリエットの手をそっと握った。

「リリエットは、本当に兄様のことが好きなのね」

「……ええ」

迷いなく、そう答えた。

どれだけ冷たくされても、傷つくことがあっても、その気持ちは変わらなかった。好きになったときの気持ちも、婚約が決まったときの喜びも、何一つ偽りではなかったから。

けれど、彼の心はどこにあるのだろう。どうすれば、少しでも彼の気持ちに触れることができるのだろう。

「リリエット」

セシルが、少しだけ真剣な顔になった。

「もし……もしよ? 兄様が、ずっとそのままだったら、どうするの?」

リリエットは、風に揺れる花を見つめた。

――それでも、私は彼を好きでいられるだろうか。

答えは、まだ見つからなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

天然と言えば何でも許されると思っていませんか

今川幸乃
恋愛
ソフィアの婚約者、アルバートはクラスの天然女子セラフィナのことばかり気にしている。 アルバートはいつも転んだセラフィナを助けたり宿題を忘れたら見せてあげたりとセラフィナのために行動していた。 ソフィアがそれとなくやめて欲しいと言っても、「困っているクラスメイトを助けるのは当然だ」と言って聞かず、挙句「そんなことを言うなんてがっかりだ」などと言い出す。 あまり言い過ぎると自分が悪女のようになってしまうと思ったソフィアはずっともやもやを抱えていたが、同じくクラスメイトのマクシミリアンという男子が相談に乗ってくれる。 そんな時、ソフィアはたまたまセラフィナの天然が擬態であることを発見してしまい、マクシミリアンとともにそれを指摘するが……

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

気づいたときには遅かったんだ。

水瀬瑠奈
恋愛
 「大好き」が永遠だと、なぜ信じていたのだろう。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...