上 下
49 / 59

49.

しおりを挟む
 応接間──応接というより交渉の席ですが──に通された私は、すぐに要件を切り出しました。

「王太子殿下夫妻が僻地から帰還されたばかりのこの時期に、王弟妃である私が王太后様のもとを訪れた意図はご存知だとは思われますが、改めて申し上げます。王弟殿下を王位に就けるため、助力をいただけないでしょうか」
 私がセオドアであろうがなかろうが、難しい話題であるのは重々承知の上です。

「もし私がここで王弟派に付かず、王太子派に付くと言えば……禍根は残れども、戦乱によって多くの民草が生命を落とす可能性は減るでしょう」
「そう、ですか……」
 いえ、王太后様の仰ることももっともです。不用意に戦乱の種を蒔いても、国益を損なってしまいます。しかし、旦那様の様子を見る限りではどちらにせよ玉座を手に入れなければ争いは起きかねないような気がするのです。

「……私が王弟派に加わった時、勢力が拮抗せず、王弟派有利に傾くようであればそのようにするのはやぶさかではありません。それまでは、ええ、この話は保留としておきましょう」
「! ありがとうございます」
 悪く言えば勝ち馬に乗るという宣言、良く言えば戦乱を引き起こすことなく平和に政権移行することを望む王太后様の言葉で、少し希望が見えてきました。
 要するに、王弟派の勢力を伸ばし、王太子派に比肩するような規模に……ほぼ振り出しに戻ったような気もするのですが、前進は前進です。

「その時が来れば、またお話しましょう? 今は、貴女の作品に興味があるの」
「恐れながら、ひとつだけお聞きしても宜しいでしょうか?」
「構わないわ」
 皆様、私の作品を高く評価してくださったりするのはありがたいのですが、疑問もあります。

「私は活動をあまり公にはしていなかったと思うのですが、どうして知れ渡っているのでしょうか」
「フリードリヒが『セオドアという職人は素晴らしい』とあちこちで触れ回っているの。もしかして、知らされていなかったの?」
 旦那様!?
 知りませんでした。一言くださいな。びっくりしますから……と、旦那様への愚痴を心の中中で呟くのでした。

 進展としてはあまりありませんでしたが、王太后様は私に好意的な態度を示してくださいました。それに、このまま順調に勢力の拡大を続ければ王位継承権第一位を再び得るための助力をしてくださるということも、確定ではないですが光明が見える話でした。

 旦那様には……何故宣伝をしていたのか聞きたいところではありますね。
しおりを挟む

処理中です...