fruit tarte

天ノ谷 霙

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ニンゲンの世に起こりし災いを

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真っ暗な部屋だった。その奥に歩を進める黒い影。影がその部屋に飲み込まれるように歩いていた。やがて、その部屋の最も奥に辿りついた。廊下から真っ暗なため、影の持ち主はどこから部屋だったのかなんて覚えていない。ただ、部屋の奥に来たと感じただけだった。それは、静かに聞こえる寝息で判断していた。人、一人いないその屋敷の奥で眠る者がいた。その者に、用があったのだ。
「おい、起きろ…彩画さいが。お前の能力を貸せ」
彩画、と呼ばれた者がゆっくりと目を開く。それと同時に、周りにあったろうそくが一斉に灯った。
「ふぁあ…なぁに、一体」
気持ち良く寝ていたところを起こされて、気を悪くしたかと起こした者は心配したが、そうでもないようだった。体を起こし、相変わらず眠そうに垂れた右目を擦り、じっと凝視する。
「なんだ、”審判”か。ということは、ニンゲンが何かやらかしたの」
手を口に当てながら、じっと審判を見つめた。審判はため息をついて、嫌そうに吐き出した。
「そうだな…政治が荒れてきている。それに、火種の匂いがする」
「火種、ねぇ…」
火種とは、戦争のこと。繰り返してはいけないあやまちのこと。それを愚かにも繰り返そうとしている。それに対して、判決を下さなければならない。そして結果が…。
「ぼくってわけか。前の火種はいつだっけ」
「100年ほど前だ」
「あれ、結構最近だよね。あぁ、でもそっか。ニンゲンの寿命だと知ってる人はほとんどいないのか」
面倒くさそうに、のそっと立ち上がる。片方を上に、もう片方を下に結んだ髪が小さく揺れる。そして、ろうそくを音もなく消し、外に出る。
「ニンゲンは学習しないね。50年に1回くらいは起きてる気がするよ」
「他の奴らはほぼ毎日寝てないんだよ。寝てるのはお前みたいな半世紀眠るやつと、毎日きっちり寝る京樹きんじゅとかくらいだ」
審判がそう言うと、彩画は不機嫌そうに顔を歪めた。
「ぼくの能力は力の消耗が激しいんだ。いつでも起こせる、君たちの能力とは違うんだよ。ぼくだって、こんな、能力…」
ゆらり、と腕に巻いていた包帯が揺れて解けた。そこにしるされている全ての災害。ニンゲンが抗うことも叶わない強い能力。それが彩画の能力だった。
「まずい…っ」
彩画の部屋のろうそくが再び灯る。彩画の意思で動かされる部屋の物たち。
揺れる、揺れるこの世界。
壊れる、そう思った瞬間”ダイメ・リフ”と”音差おとさ夏芽なつめ”が現れた。そして、夏芽が彩画に近付いて手を握る。
「大丈夫、彩画。大丈夫だよ」
「うん…夏芽、なつ、め…」
夏芽が彩画を抱きしめ、背中をさする。彩画は元は捨てられた人形であった。それ故、妖力を持ったところを夏芽に発見され保護。そしてその妖力の規模を知るため天女様の元へ連れて行くと、災害を起こす程の力と判明。自分の力が大きすぎて、他の人と同じように使えないことに優越感と劣等感で板挟みになり精神的に不安定になりやすい。夏芽は保護した本人であり、彩画の名付け親でもあることから懐いており、安定しやすい。そのためよく一緒にいるのだが、彩画が眠ると暫く起きないため、眠っている間はそばにいない。
「もう、審判。うちが夏芽はんの側におらへんかったらどうするつもりやったの。うちがいたから一瞬で来れたんよ?わかってはるん?」
リフはニンゲンの世のニホンというところが好きらしく、その地方の方言で話す。しかしいろいろなところを見ているせいで方言が混ざってしまっている。
「う…それは…」
審判は何も言い返せない。リフは次元の神である。だから次元を操りどの時空でも軽く越えてしまう。その為どこの次元の間かわからない場所にセカイを作り出し、そこに罪のあるニンゲンを送り延々とニンゲンを見せ続ける。良いところを見せて罪悪感を煽り、悪いところを見せて恐怖心を煽る。そして反省させ、救わせる。それで改心させたところでもう一度審判の元へ連れて行く、という流れだ。だからリフと審判は割とよく話している。しかし、稀に社会全体が罪を犯そうとしたり、リフのセカイでも改心しない者がいる。その場合彩画の出番というわけだ。前者の場合はニンゲンのセカイで災害を起こす。後者の場合は離れ小島のような場所に連れて行き、そこのみ災害を起こす。ニンゲンは恐怖と絶望に苦しみ、周りにいる同じ考えの者と共に沈む。そこは深い水のある場所。当然海神がいるため、神に永遠に裁きを下され続けるというわけだ。
「まぁ、次はありまへん。よく覚えておきなはれ」
腕を組んだまま審判に忠告をするリフ。審判は何も言うことが出来ず、素直に答えた。
「以後、気を付けます…」
「よろしい」
審判はこの地に来てまだ浅いため、リフなどの長くいる他の神に怒られると敬語で答える。いつもは自分のより全然長くいる神にも敬語なんて使わないが。
と、審判とリフが話している間に彩画は落ち着きを取り戻していた。
「…それで、ニンゲンのセカイに対して起こせば良いのね…」
「あ、あぁ。頼む」
青白い顔で、役目を確認する彩画。審判は心配になったが、リフも夏芽も心配していなかった。
部屋を移動し、また真っ暗な部屋に彩画が足を踏み入れる。するとろうそくが一斉に灯り、部屋いっぱいに書かれた陣が現れる。
「わっ…」
審判は、彩画がニンゲンのセカイに能力を使うところを見るのは初めてだった。そのせいで、彩画の部屋に足を踏み入れそうになる。そこを夏芽が止めた。
「駄目だよ。彩画が発動出来なくなっちゃう」
「あ、ご、ごめん…」
審判はもう何も言えなかった。ただ目の前で起こることに目を奪われていた。
『地、天、災、害  愚かに火種を孕むニンゲンの世に、天罰を』
陣の真ん中に座り、冷たく瞳を開きながら唱える。そして、唱え終わるとばたんっと倒れてしまった。そこでようやく、夏芽が中に入り抱える。彩画がその部屋から夏芽に抱えられながら出ると、ろうそくがふっと消えた。審判は何もいうことが出来なかった。ただ、呆然と立っていた。
「審判はんは、見るの初めてやったんね」
リフの声が審判に届く時には、もう彩画と夏芽の姿はそこには無かった。陣のある部屋は再び闇に包まれ、唯一の光もリフの手によって閉じられた。
「審判はん、がこの世の最も重き罪を裁く神の声。うちらも罪を犯せば彩画はんに裁かれることもあるんよ」
リフは目を伏せて言った。審判はやっと声を出した。
「そう…だ、な…」
夏芽がひとりでリフと審判の元へ戻ってきた。そして、この屋敷にはニンゲンのセカイの重き罪を裁く神様が一柱。眠りについていた。
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