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小石井家
麟太郎 15歳 四
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朝。
起床時間は過ぎていたが、麟太郎はまだベッドに寝そべっていた。
もしかしたら、漫画のヒトコマのように、「起きなさいっ」と布団を剥がしに来てくれるのではないかと待ってみる。
……来なかったので、諦めて起き出す。
ギリギリまで待つという選択肢もあったが、朝食を抜く事態も、通学路を全力疾走する事態も避けたかった。
階段を降りかけるともう、いい香りがしていた。
「お蔦さん!?」
キッチンには、あきらが立っていた。
蔦の割烹着を着て。
「おはようございます」
「あ、……おはよ」
蔦の味噌汁の香りと同じ気がした。
キッチンに駆け込んだ自分が恥ずかしく、テーブルの上に開かれたノートに視線を落とす。
そこに書かれていたのは、味噌汁の作り方。
あきらは至極真剣な面持ちで、分量を計測していた。
ノートの他のページには、掃除の仕方や、分別ごみの出し方など、細かく書いてあった。
「なんか、仕事みたい」
「麟太郎さん、味見してくれますか」
差し出された小皿を受け取る。
味見はしなくとも、蔦の味そのままだと推察できる。
香りがそう物語っていた。
麟太郎の食生活は保証された。
「あきらぁ」
麟太郎はぎょっとして振り返る。
今の、甘えた声は、まさか自分の父親だろうか。
パジャマをだらしなく着流し、髪もばさばさ。
隙を見せなかったのは恋人だったからか。
しかし、麟太郎ですらここまでの父親を見たことがなかった。
「おはようございます、昌武さん」
「どうして起こしてくれないの?
寝過ごしちゃったよ」
「えっあっごめんなさい。
よくお休みだったし、まさか」
自分で起きられない人がこの世にいるとは思わなかったので。
と、あきらの顔に書いてあるのを、麟太郎は読んだ。
恐らく、昌武も読んでいたと思う。
しかし、昌武は唇を尖らせるとあきらのそばに立った。
背後から抱きすくめるように密着する。
……ここには、息子もいるんですけど。
「明日からちゃんと起こしてよ。
それから、会社に着ていくのも用意して。
ネクタイ、選んで」
「えっ」
麟太郎は声を出していた。
五十近い大人が、蔦にすらそんなことを云わない父親が、あきらに甘えている。
というより、弄んでいる。
あきらは明らかに困惑していた。
「そ、そんな重大任務を」
「ごはん、おいしそ。
顔洗ってくる」
昌武は弾む足取りで洗面所へ向かった。
麟太郎は信じられないものを見た、という雰囲気のあきらを慰めようとそばへ行く。
だが、あきらが思いの外嬉しそうな表情を浮かべていたので思い留まった。
「……おかあさん、僕のお弁当は」
「はいっ」
「ぼくぅ?」
昌武のからかうような声が聞こえた。
麟太郎はそちらを睨みつけた。
「それから、僕も明日から起こして」
「え、麟太郎さんも?」
「服も」
「制服だよね?」
麟太郎は口を押さえた。
案外あきらは冷静だ。
狼狽えるのは、昌武に対してだけなのだ。
あきらは鼻唄混じりにご飯をよそっていた。
起床時間は過ぎていたが、麟太郎はまだベッドに寝そべっていた。
もしかしたら、漫画のヒトコマのように、「起きなさいっ」と布団を剥がしに来てくれるのではないかと待ってみる。
……来なかったので、諦めて起き出す。
ギリギリまで待つという選択肢もあったが、朝食を抜く事態も、通学路を全力疾走する事態も避けたかった。
階段を降りかけるともう、いい香りがしていた。
「お蔦さん!?」
キッチンには、あきらが立っていた。
蔦の割烹着を着て。
「おはようございます」
「あ、……おはよ」
蔦の味噌汁の香りと同じ気がした。
キッチンに駆け込んだ自分が恥ずかしく、テーブルの上に開かれたノートに視線を落とす。
そこに書かれていたのは、味噌汁の作り方。
あきらは至極真剣な面持ちで、分量を計測していた。
ノートの他のページには、掃除の仕方や、分別ごみの出し方など、細かく書いてあった。
「なんか、仕事みたい」
「麟太郎さん、味見してくれますか」
差し出された小皿を受け取る。
味見はしなくとも、蔦の味そのままだと推察できる。
香りがそう物語っていた。
麟太郎の食生活は保証された。
「あきらぁ」
麟太郎はぎょっとして振り返る。
今の、甘えた声は、まさか自分の父親だろうか。
パジャマをだらしなく着流し、髪もばさばさ。
隙を見せなかったのは恋人だったからか。
しかし、麟太郎ですらここまでの父親を見たことがなかった。
「おはようございます、昌武さん」
「どうして起こしてくれないの?
寝過ごしちゃったよ」
「えっあっごめんなさい。
よくお休みだったし、まさか」
自分で起きられない人がこの世にいるとは思わなかったので。
と、あきらの顔に書いてあるのを、麟太郎は読んだ。
恐らく、昌武も読んでいたと思う。
しかし、昌武は唇を尖らせるとあきらのそばに立った。
背後から抱きすくめるように密着する。
……ここには、息子もいるんですけど。
「明日からちゃんと起こしてよ。
それから、会社に着ていくのも用意して。
ネクタイ、選んで」
「えっ」
麟太郎は声を出していた。
五十近い大人が、蔦にすらそんなことを云わない父親が、あきらに甘えている。
というより、弄んでいる。
あきらは明らかに困惑していた。
「そ、そんな重大任務を」
「ごはん、おいしそ。
顔洗ってくる」
昌武は弾む足取りで洗面所へ向かった。
麟太郎は信じられないものを見た、という雰囲気のあきらを慰めようとそばへ行く。
だが、あきらが思いの外嬉しそうな表情を浮かべていたので思い留まった。
「……おかあさん、僕のお弁当は」
「はいっ」
「ぼくぅ?」
昌武のからかうような声が聞こえた。
麟太郎はそちらを睨みつけた。
「それから、僕も明日から起こして」
「え、麟太郎さんも?」
「服も」
「制服だよね?」
麟太郎は口を押さえた。
案外あきらは冷静だ。
狼狽えるのは、昌武に対してだけなのだ。
あきらは鼻唄混じりにご飯をよそっていた。
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