君のために僕ができること

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1.消えたブランドン

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 マノンは鳥の声と窓から差し込む朝日で目を覚ました。

 起き上がろうとして自分が裸でブランドンのたくましい胸に抱かれていることに気がついた。
 
 (そういえばブランドンが来ていたんだわ。)

 昨夜の熱い一夜を思い出して幸せな気持ちになった。
 ブランドンを起こさないようにそっと腕から出ようとする。
 突然ブランドンの腕にギュッと抱きしめられて無理矢理ベットの中に引き戻された。

 「マノン、どこへ行くの?」

 「ブランドン!起きていたの?
 そろそろ起きないと。寮監に見つかっちゃうわ。」

 「まだいいだろう?もう1回しようよ。」

 ブランドンが甘えるように言った。

 「ダメよ。早く男子寮に帰らないと本当に見つかって退学になっちゃうわよ。」

 「チェッ!」

 ブツブツ文句を言いながらブランドンもベッドから出た。

 ここは貴族の子女が通う王立高等学園の女子寮だ。
 女子寮だからもちろん男子禁制。
 だけどブランドンは抜け道を知っていてこうして月に数回マノンの部屋に忍び込んてくる。
 見つかったら大変なことになるというスリルと、隣にクラスメイト達がいるところで愛し合うという背徳感で昨夜も2人は燃え上がった。

 「ねぇ、今日は学校終わったあと街に遊びに行かない?」

 「無理。今日は俺学校休むんだ。どうしても抜けられない用事があるんだよ。」

 「用事って何?」

 「テレーゼの誕生日パーティーなんだ。」

 『テレーゼ』という名前を聞いてマノンの幸せだった気分がしぼんでいった。
 テレーゼはアルノー侯爵令嬢でブランドンの婚約者だ。
 大人っぽく官能的と言われるマノンとは真逆で、清楚で可憐な令嬢だった。

 「テレーゼの誕生日会なんて理由をつけてキャンセルすればいいじゃない。
 今日は私とデートしようよ。」

 後から抱きついてブランドンの背中にハダカの胸を押し付ける。
 今までこうしてブランドンがマノンの言うことを聞いてくれなかったことはない。だからマノンは今回もブランドンは言いなりになるはずと思っていた。
 しかしブランドンはうるさそうにマノンを押しのけた。

 「無理言うなよ。婚約者の誕生日パーティーをドタキャンなんてしたら父上に怒られるよ。」

 「テレーゼ、テレーゼってなんなのよ!
 いつになったら婚約破棄してくれるの?」

 マノンはついに爆発した。

 「貴族の婚約なんて家同士の契約みたいなもんなんだからそんな簡単にいかないんだよ。もう少し待ってくれよ。」

 ブランドンが機嫌を取るようにマノンのおでこにキスをした。
 しかしマノンは引かない。

 「今日こそはちゃんといつまでに婚約破棄をするか期限を決めて。
 そうじゃないと許さない。」

 ブランドンはため息をついた。

 「なんか面倒くさくなってきたな。俺たち別れようぜ。」

 まるでなんでもないことのように言った。

 「何言ってるの?冗談はやめて!全然笑えない!」

 「冗談じゃない。本気だよ。」

 「私のことを愛してるって言ったじゃない!
 絶対にテレーゼとは婚約破棄するから待っててくれって言ったじゃない!」

 「そんなベットの上でのリップサービス本気にしてたの?」

 「リップサービス!?」

 「そう。悪いけど君みたいな尻軽女は適当に遊ぶのにはいいけど妻にするのはちょっとね。
 君なんかと結婚したら仲間に笑われるよ。」

 マノンはワナワナ震えた。
 こんな屈辱は生まれて初めてだ。
 学園内でも目立つ美人のマノンは常に男子学生たちから羨望の目で見られていた。
 特に昨年の学園祭で『学園の女神』に選ばれてからは数え切れないほどの男子学生から言い寄られた。

 その中でマノンの心を射止めたのが大富豪で名門侯爵家の令息ブランドンだった。

 ブランドンはマノンのために惜しみなく散財し、『君のために絶対に婚約破棄するから僕の妻になってくれ!』と口説いた。
 ブランドンの財力と身分、そして何より甘いルックスにマノンは恋に落ちて2人は男女の関係になった。

 ブランドンに対して怒りがわいたがここはブランドンの機嫌をとっておかないとまずい。
 この魚は逃したら大きすぎる魚なのだ。

 「私、あなたに捨てられたら悲しくて私達の関係を誰かに相談しちゃうかも。
 そしたらあなたは困ったことになるんじゃない?
 私はあなたを傷つけるようなことはしたくないのよ。」

 マノンは甘えるように言った。
 
 ブランドンはマノンに背中を向けて昨夜脱ぎ散らかした服を探し始めた。

 「脅迫する気かい?こんな事が世間に知れたら困るのは君のほうじゃない?
 ぼくは男だから『結婚前の火遊び』くらい大したことにはならないよ。
 父上からは説教されるだろうけど、結局世間は男なんだからちょっと浮気するくらいはしょうがないって思ってくれるよ。
 テレーゼも君と違って従順で男を立てることを知っているから謝れば許してくれるさ。
 でも君の方はどうかな?学生時代に男子禁制の女子寮に婚約者持ちの男を連れ込んでヤリまくっていたなんて知られたらこの先まともな結婚話はないだろうね。
 金持ちジジイの後妻か、どっかの貴族の愛人くらいがいい所じゃない?
 残念だなぁ。君がもう少し賢かったら愛人にでもしてやろうと思っていたけど、侯爵家の僕を脅迫しようなんてあんまり賢くなかったみたいだね。
 本当は卒業式で別れようと思っていたけど君の体にも飽きたしめんどくさいことばっかり言うようになってきたからもう別れよう。
 きみには色々高価なものを買ってあげたし、高級な場所にも連れて行ってあげたんだから満足でしょ?
 マノン、楽しかったよ。ありがとう。さよな・・・」

 そこまで言ったところでブランドンが床に崩れ落ちた。

 マノンは自分の手を見て驚いた。
 その手には血まみれのクリスタルの置物を握っていた。
 マノンは自分が置物でブランドンの頭を殴ったことに気がついて、ビックリして悲鳴を上げそうになった。

 悲鳴をあげたら人が来るかもしれないと思いあたって懸命に口を手で押さえた。


 みるみる間にブランドンの頭の下に血だまりができる。

 ブランドンはピクリとも動かない。 

 「ねぇ・・・ブランドン?大丈夫?」

 震える手で恐る恐る揺すってみる。ゴロンと転がってブランドンの顔ががこちらを向いた。
 ブラントンは目を開いたまま完全に事切れていた。

 (うそ!うそ!うそ!うそ!)

 マノンはヘナヘナとその場に座り込んだ。

 (死んだの?本当に死んだの?私が殺したの?)

 自分がしたことが信じられなかった。
 ブランドンのあまりにもひどい言葉にカッとなって殴ってしまった。殺すつもりなんてなかった。

 (私、殺人犯になっちゃうの?)

 自分が殺人犯として逮捕させるところを想像してゾッとした。
 
 (ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!)

 なんとかしなくちゃと焦るけど、どうしたらいいかわからなくて絶望してただ泣いていた。

 どれくらい時間が経っただろうか、ドアをノックする音がして飛び上がるほど驚いた。

 「マノン?まだいるの?早く食堂に行って朝食食べないと遅刻するわよ。」

 隣の部屋のララの声だった。

 「ありがとう。すぐ行くわ。」

 声が震えそうになるがなんとかいつもの声を出した。

 (落ち着け!落ち着いてなんとか助かる方法を考えよう。
 とりあえずいつも通りの行動をとって不審に思われないようにしなくちゃ。)

 マノンは制服に着替えると厳重に鍵をかけて部屋を出た。
 食堂に行ってクラスメイトたちと笑顔で挨拶を交わし、おしゃべりしながら朝食をとる。

 (みんなまさか自分たちの頭の上に死体があるなんて夢にも思わないよね。)

 そんなことを思いながらみんなと普通におしゃべりしている自分が信じられなかった。
 こうやっていつもの朝の風景に溶け込んでいるとブランドンを殺したのは何かの夢なんじゃないかとすら思えてくる。
 でも現実は部屋にブランドンの物言わぬ遺体が転がっているのだ。

 「いつまでもおしゃべりしていないで学校に行きなさい。遅刻しますよ。」
 
 寮監に声をかけられて皆バタバタと席を立った。
 マノンも鞄を持って皆と寮を出た。


 とりあえず学校に来て授業には出てるけど、マノンの頭の中はブランドンの遺体のことでいっぱいだった。

 (とにかくあの遺体をなんとかしなくちゃ。隠すなり捨てるなりしなくちゃ身の破滅だわ。)

 マノンに警察に届けるとか寮監に話すという選択肢は微塵もなかった。
 あんな最低な男のために自分が犯罪者になるなんて絶対に納得がいかないと思った。
 
 (殺人ってどれくらいの刑になるんだろう?
 未成年の学生なんだから軽い刑にしてくれるかも。)

 そんな楽観的な考えが浮かんだけどすぐにそんな事ありえないと思い直した。
 ブランドンは名門侯爵家の令息だ。侯爵は可愛い跡取り息子を殺した男爵令嬢なんて絶対に許さないだろう。いろいろな所に手を回して良くて一生刑務所、悪くて死刑にされるだろうと思った。
 それだけじゃない。実家の男爵家も取り潰されて両親と兄は路頭に迷い、一生後ろ指さされて生きていくことになるだろう。
 そこまで考えて絶望した。

 (絶対に絶対に遺体を隠さなきゃ!
 でもどうしたらいいんだろう…)

 1日中遺体の処理方法について考えていたが、結局良い考えなんて浮かばず帰る時間になった。
 

 自分の部屋の前でマノンは躊躇していた。
 このドアを開ければブランドンの遺体があるのだ。

 (どうしよう。遺体ってどれくらい経つと腐り始めるのかな?
 もう変な匂いとかしてるかな?虫とかネズミがわいていたらどうしよう。)
 
 想像が膨らんでドアを開ける手が止まる。
 でもこんなところで立っていたら誰かに不審がられるかもしれない。

 マノンは意を決して細くドアを開けさっと部屋の中に滑り込んだ。
 そして恐る恐るブランドンの遺体を見た。

 しかしそこに遺体はなかった。

 (へ!?どういうこと?
 ブランドンがいない!)

 何がなんだか訳がわからなかった。
 今朝部屋を出るときは確かに部屋の床に裸のブランドンが転がっていたのだ。

 (どこ?どこ?)

 あわてて部屋中を探す。トイレ、クローゼットの中、ベットの下。
 隠れられそうなところは全部探した。
 でもブランドンは見つからなかった。

 (もしかして全部夢だったの?)

 そんな都合のいい事を思ったけど、ブランドンが倒れていた床を見れば血だまりは残っていて否が応でもブランドンが死んだのは現実なんだと思わされる。
 とりあえず証拠隠滅のために散らばったブランドンの衣服や靴をまとめた。
 そしてありったけのタオルで血だまりを拭いた。
 時間がたったせいか固まりかけていてなかなか拭き取れなかったけど何度も何度も拭いてやっと血痕がなくなった。

 床にブランドンを殴ったクリスタルの置物が転がっていた。
 それは『学園の女神』に選ばれた時にもらったトロフィーだった。
 机の上の一番目立つところに飾っていたのが災いして今朝はこれでブランドンを殴ってしまった。
 宝物だったのに殺人の凶器になってしまったのが悲しくて涙が出た。
 泣きながらトロフィーを拾い上げると血とブランドンの金髪がこびりついていた。吐き気がしたけどマノンはそれもきれいにふき取った。

 全て終わるとマノンはブランドンの服と血を拭いたタオルを袋にまとめてこっそりと寮の隅にある焼却炉に走った。
 
 焼却炉の中に袋を押し込むとマッチで火をつけた。
 煙突から細く煙が上がる。
 とりあえずブランドが部屋にいた痕跡はなくなった。

 しかし最大の謎が残っている。
 部屋に戻るともう一度部屋中を確認した。
 さっきも探したトイレやクローゼットやベットだけじゃなく、すみずみまで念入りに確認した。
 しかしブランドンの遺体はどこにもなかった。

 (ブランドンの遺体はどこへ行ったのだろう?)

 ベッドに腰掛けて可能性のありそうなことを考えてみる。

 (もしかして死んでなかったとか?死んだと思ったのは勘違いで私が部屋を出た後息を吹き返して男子寮に帰ったとか?)

 そこまで考えてそんな馬鹿なことはないと思った。
 人がどれくらい出血したら死ぬかなんてわからないけど、あんなに出血したら生きていたとしてもただでは済まないはずだ。普通に歩けるはずがない。
 それに女子寮の中を全裸で血まみれの男がフラフラ歩いていたら大騒ぎになるだろう。

 (誰かが処分してくれたとか?)

 次に考えつくのはその可能性だけど、そうなると誰が処分してくれたんだろうという疑問が浮かぶ。

 寮監、メイド、掃除婦。寮で働く人を思い浮かべてみるけどブランドンの遺体を処分する理由がない。
 普通なら見つけたらすぐに警察を呼ぶだろう。 

 (寮生の可能性は?)

 それこそありえない。寮生は皆貴族のお嬢様だ。全裸の男の血まみれ遺体なんか見たら悲鳴を上げて倒れるだろう。 
 『マノンのために遺体を隠さなきゃ!』なんて発想になるわけない。
 
 遺体を隠すなんてことがどれくらいの罪になるかわからないけどきっと軽くはないだろう。
 自分のためにそんなことをしてくれる人はいるかなと考えてみる。
 最初に思い浮かぶのは家族だ。
 両親と兄がいるけど遠く離れた田舎の領地にいる。こんなところまで来るはずがないし、来ていたら連絡があるだろう。
 
 (他に誰がいる?元カレ?過去に振った男?)

 元カレはブランドンと付き合う時にマノンの方からかなり一方的に別れたから恨んでいる可能性が強い。
 過去に振った男が自分を振った女のためにそこまでしてくれる理由も考えつかない。

 そこまで考えて思いついた。

 (もしかして私を脅迫するつもりなの!?)

 それならあるかもしれないと思った。
 そのうち『バラされたくなかったら言うことを聞け!』とか『金を持ってこい!』とか言われるかもしれない。

 (脅迫されて体を弄ばれたりお金を取られたりするのと殺人犯として逮捕されるのどっちかマシなんだろう?)

 答えは出なかった。
 (とりあえず今は相手の出方を見るしかない。)
 そう思った。


 それからしばらくマノンは脅迫者からの連絡を待った。
 なんだか周りの人やすれ違う人皆が怪しく思えた。

 その間にブランドンの失踪は大騒ぎになった。
 警察や侯爵家の人々がやって来て寮はもちろん学校中を捜査していた。
 ブランドンと親しかった人は一人一人呼び出されて事情聴取もされたみたいだった。
 マノンとブランドンの交際は徹底的に隠していたからマノンに捜査の手は及ばなかった。

 先生たちから「誰かブランドンの行方を知っている者がいたら名乗り出るように。」と言われたけど、もちろんマノンは知らんぷりを決め込んだ。


 こうして脅迫者からの連絡を待ったけどいっこうに連絡はなかった。

 (脅迫目的じゃないの?)

 また疑問の振り出しに戻った。

 (ブランドンの遺体はどこにいったの?
 誰が遺体を隠したの?
 本当にブランドンは死んだの?)

 いくら考えても答えは出なかった。
 
 マノンは自分はこれからの人生、答えのでない疑問を抱えたままおびえて生きていくのかと暗い穴に落ちていくような気持ちになった。
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