君のために僕ができること

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3.独白

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 僕の名前はセドリック・ルメール。
 侯爵家の次男だ。

 僕には幼い頃からずっと愛している人がいる。
 幼馴染のテレーゼだ。

 本が好きで大人しい僕はブランドンを中心とした同年代の男の子グループからは浮いていた。
 そんな僕に優しくしてくれたのがテレーゼだった。
 いつも僕の話をキラキラした目で聞いてくれた。

 しかしテレーゼは10才の時に父親の意向でブランドンと婚約してしまった。
 その時はショックだったけど僕はテレーゼへの愛を消すことはできなかった。
 苦手なブランドンとの結婚を強いられて不安がるテレーゼに僕は言った。
 「大丈夫だよ。君のことは僕が守る。君のために僕ができることは何でもするから。」
 そう言うとテレーゼは少し安心した顔をしてくれた。
 『たとえブランドンと結婚しても僕は一生テレーゼを守り続ける』
 僕はそう誓った。
 
 そのために僕はブランドンの親友ポジションで居続けた。 
 王立高等学園にも一緒に入学し、寮の部屋も隣にした。
 ブランドンも成績優秀で先生達から評判のいい僕と仲良くしておくのは何かと得だと思ったのだろう。僕らはいつも一緒に行動した。
 お互いに思惑があって一緒にいただけだったけどまわりからは幼い頃からずっと仲の良い親友だと思われていた。
 
 入学して数年すると僕の背も伸びて、外見が母上に似て整っていたので女子学生から注目されるようになった。
 中にはラブレターのようなものを渡してくる女子学生も少なからずいた。
 さらに成績優秀者として表彰されて大学に研究生として出入りするようになると将来有望な結婚相手としてお見合いの話もたくさん持ち込まれた。
 しかし僕の心は常にテレーゼのものだった。
 テレーゼと結婚できないのなら誰とも結婚するつもりはなかった。


 僕の愛するテレーゼと婚約しながらブランドンは学園で羽目を外してやりたい放題だった。
 常にお気に入りの女子学生をはべらせて、未成年のくせに街の酒場にまで出入りしているようだった。
 何度か苦言を呈した事があったがのらりくらりとかわされた。
 
 そのうち学園の女神にも選ばれたマノンがブランドンのまわりをウロチョロするようになった。
 常にブランドンの隣にいる僕はマノンがブランドンに意味ありげな流し目を送っていることに気がついた。
 ブランドンもまんざらではない様子で、2人はいつの間にか深い関係になっていた。
 僕は2人がすれ違う時にマノンが右耳に髪をかける仕草をしてプラントンが咳払いをした日の夜、ブランドンが寮を抜け出すという法則に気がついた。

 「ブランドン!お前マノンと付き合ってるだろう?
 夜中に寮の部屋を抜け出しているのも知ってるんだぞ!」

 寮の部屋で僕はブランドに単刀直入にきいた。
 
 「あぁ、付き合ってるよ。」

 ブランドンはあっさり認めた。

 「心配するなよ。マノンはただの遊びさ。
 あんな頭の悪い尻軽女に本気になるわけないだろう?」

 「遊びだったら浮気していいわけじゃないだろう!
 テレーゼにもマノンにも失礼だ!」
 
 僕が言うとブランドンはため息をついた。

 「しょうがないだろう?
 テレーゼはキスすらさせてくれないんだから他の女で発散しないとやってられないよ。」

 テレーゼを侮辱する言葉に思わずブランドンを睨み拳を固めた。

 「そう怒るなよ。結婚後は絶対に浮気なんかしないよ。
 結婚後に浮気しないために今遊んでおくんだ。
 マノンとはテレーゼの誕生日パーティーまでには別れるよ。
 俺はテレーゼの良い夫になる。約束する。」

 ヘラヘラと調子のいい事を言うブランドンを僕は睨みつけ続けた。
 ブランドンはそんな僕の様子にイラッとした顔をした。

 「お前さぁ、イキって俺にたてついてるけどお前にテレーゼが傷つくようなこと言えるのか?
 婚約者が浮気してるなんて聞かされたらテレーゼは傷つくぞ。もしかしたら泣き出すかもな。」

 僕は痛いところを突かれた。

 「知らなきゃテレーゼも傷つかないだろ。
 お前さえ黙っていればみんな幸せなんだよ。
 わざわざ波風立てるようなことするなよ。」

 ブランドンは僕の肩をポンとたたくと出ていった。
 情けないことに僕は何も言い返せなかった。
 

 納得したわけではなかったけど浮気のことはテレーゼにもアルノー侯爵にも告げなかった。
 僕の希望的観測だったかもしれないけど、約束したのだからマノンとは別れてくれるに違いないと信じていた。

 しかしテレーゼの誕生日パーティーの前日夜、また隣のブランドンの部屋から出ていく音がした。

 僕はあわてて部屋から飛び出した。
 小声でブランドンに詰め寄る。

 「ブランドン!またマノンのところに行くのか?
 テレーゼの誕生日パーティーまでには別れると約束したじゃないか!」

 ブランドンは一瞬しまった!という顔をしたがすぐにいつもの余裕の笑顔に戻ると、
 
 「そんなこと言ったか?」

 と、言い出した。

 「ごまかすなよ!いいかげん我慢の限界だ!」

 僕の真剣な表情にさすがに本気だと思ったのか、

 「分かったよ。今日別れてくるよ。
 別れ話のために今日は行かせてくれ。」

 ブランドンはそう言った。

 「ちゃんと別れてこなかったら今度こそアルノー侯爵に全部話すからな。」

 僕はそう言ったが、ブランドンは鼻で笑って片手を上げて行ってしまった。

 (全然信用できない。さすがにマノンと別れていない状態で誕生日パーティーに行かせるわけにはいかない。ちゃんと確かめなければ。)

 僕はブランドンが帰ってくるのを一晩中待っていた。

 しかし朝になってもブランドンは寮に帰ってこなかった。

 (最悪だ!マノンの部屋で眠り込んでいるのか?それとも誕生日パーティーをドタキャンする気か?)

 どうするべきか悩んだ。

 (マノンの部屋に行ってブランドンを連れ戻そう。)

 僕は腹をくくった。
 実は前に2人きりの時に酔っ払ったブランドンが得意気に女子寮に忍び込む方法を語っていたのだ。
 僕は目立たないように黒い服に着替えランプを持って部屋を出た。

 まずは男子寮を出て学園近くの小さな教会に向かった。
 教会に入り祭壇の裏に回る。よく見ると床に一部色の違うところがある。そこをずらすと階段があらわれた。
 階段を下りると地下道が続いていた。ランプ片手にひたすら暗い地下道を進んだ。10分ほど歩くと突き当たりに階段があった。階段を上がって木の蓋を持ち上げるとそこは女子寮の物置部屋だった。
 そもそもこの地下道ははるか昔この寮に王族の姫が暮らしていた時に暗殺者の襲撃から逃れるために作られたものらしい。すでに忘れ去られて久しく、寮監さえ存在を知らないらしいがブランドンは古地図を見ていて気がついたそうだ。
 女子寮に侵入するために何日も図書館で古地図をあさるなんて、その努力を勉強の方に使えばもうちょっとマシな成績がとれただろうにと思った。
 
 ブランドンが言うには物置部屋のすぐ前がマノンの部屋らしい。
 僕は物置部屋のドアに耳をつけて廊下から誰かの話し声や足音が聞こえないか耳をすませた。
 もうすでに学生たちは登校した後らしくて寮内はしんとしていた。
 音がしないようにドアを開けると素早くマノンの部屋の鍵穴に針金をつっこんだ。
 ブランドンは、
 「歴史ある女子寮なんて言ってるけど、ようはオンボロなんだよ。鍵も旧式だから針金1本で簡単に開くよ。」
 なんて言って鍵を開けるコツまで教えてくれたが、今思えば聞いといてよかった。

 カチャッと音がして鍵が開いた。
 僕は素早くマノンの部屋に滑り込んだ。

 そこで僕が見たものは裸で床に横たわるブランドンだった。
 床にはおびただしい血が流れ出ていた。
 声を上げそうになるが慌てて手で口を押さえた。
 恐る恐るブランドンの首筋を触って脈をみる。
 すでに死んでいた。
 
 僕はあまりの衝撃に途方に暮れた。
 まさか死んでいるとは夢にも思わなかった。
 この状況だと殺したのはマノンだろう。
 恐らく別れ話がこじれてマノンが衝動的に殺したのだろう。

 僕はどうすべきかしばらく考えた。
 そしてブランドンの遺体を隠すことに決めた。

 腹を決めると素早く行動した。
 まずドアに耳をつけて廊下に人がいないのを確認した。

 そっとドアを開けるとブランドンの遺体を引きずって物置部屋に運んだ。
 マノンの部屋は再び針金で鍵をかけた。

 物置部屋から地下道にブランドンの遺体を下ろすと遺体を引きずって運んだ。
 ブランドンの遺体は想像以上に重く、汗だくになって必死に運んだ。行きは10分だった道を1時間かけてやっと戻った。
 教会まで戻ってこれたが、遺体をどこに隠すかまったく考えがなかった。
 どうしようと悩んでいると教会の裏の墓地から人の声がした。
 窓から見ると2人の墓堀人が共同墓地で墓穴を掘っていた。

 それを見て僕は『これだ!』と思った。

 墓堀人が穴を掘り終わって棺桶を入れて土をかけはじめたところで僕はわざとランプを教会の床に叩きつけた。そして祭壇の後ろに隠れた。

 ガチャーンと大きな音がしてランプは割れて火が上がった。
 墓堀人達は「何の音だ?」と言いながら教会に入ってきた。
 突然の火事に墓堀人達は慌てて服で叩いたり水をかけたりして消火を始めた。
 その隙に僕は急いでブランドンを引きずって裏口から墓地に出た。
 そのまま引きずってブランドンの遺体を墓穴に落とし、泥まみれになりながらブランドンが見えなくなるまで土をかけた。

 火を消し終えた墓堀人達が戻ってきた。
 「なんでランプが割れたんだ?」
 「誰かいたのか?」
 と、突然の火事を不思議がっていた。
 
 僕はあわてて木の後ろに隠れた。
 墓堀人達はまさか2体目の遺体が入れられたなんて気が付かず、墓穴を埋めると墓標をたてて去っていった。
 
 なんとか遺体の処理が終わった。
 木を隠すには森の中。遺体を隠すには墓の中だ。
 僕はすべて終わってホッとしてへたり込んだ。
 自分が大変なことをしたという自覚はあった。
 しかし立ち止まっている時間はない。
 無事に遺体を隠し終えたがまだやることはある。
 急いでテレーゼの誕生日パーティーに行かなくてはいけない。
 もうすでにパーティーは始まっている時間だ。
 
 僕は走って寮に戻ると汗だくで泥だらけの体を風呂で洗い流した。
 そして礼服を着てプレゼントを持ってアルノー侯爵家に急いだ。

 パーティーでは必死で平静を装った。
 震えそうになる手を押さえてテレーゼにプレゼントの歌集を渡した。
 テレーゼの笑顔を見て自分は間違っていないと言い聞かせた。
 パーティーが終わりに近づくにつれてブランドンがいないことが騒ぎになった。
 来るはずもないことは僕が一番分かっていたけど一生懸命探すふりをした。
 結局ブランドンは来ないままパーティーは終わった。


 ブランドンの父親のコーエン侯爵はどこかで酒でも飲んで眠りこけていると思っていたようだったが、数日たってもブランドンは出てこなかった。
 
 やがて大騒ぎになって警察が捜査する行方不明事件になった。
 僕はブランドンの親友と思われていたから何度も警察やコーエン侯爵家からの事情聴取を受けた。
 その際ブランドンが自由を求めていたという話をほのめかした。
 本当はそんな話は大嘘だ。あいつが侯爵家の権力と財力を手放すわけなんかない。
 しかし僕は信用があったので皆信じた。

 やがてブランドンの失踪は「本人の意志で自由を求めて出奔した」という結論に落ち着いた。
 捜索が打ち切られてホッとした。
 これで良かったのだと思った。
 コーエン侯爵も息子が女子寮で愛人に殺されたなんてことを知るよりも、息子は自由を求めて旅立ったと思った方が幸せだろう。

 『お前さえ黙っていればみんな幸せなんだよ。』
 いつかブランドンに言われた言葉だ。
 皮肉なもんだなと思った。


 それから数カ月後、学園でちょっとした騒ぎがあった。
 ある女子学生が発狂したのだ。
 少し前から何かに怯えてブツブツ言いながら徘徊しているという噂があったが、突然寮の隣室の女子学生に「アンタでしょ!アンタが隠したんでしょ!」と怒鳴りながら襲いかかるという騒動を起こした。
 すぐに取り押さえられ病院に連れて行かれたが、回復の見込みなしと判断され一生出られない修道院に送られた。
 
 可哀想だがしょうがない。罪悪感からは逃れられなかったのだろう。



 その後、僕はテレーゼと結婚した。
 今、彼女は僕の良き妻で子供たちの良き母だ。
 彼女との結婚生活は幸せそのものだ。

 僕はブランドンの遺体を隠した事を後悔していない。
 もう一度あの時に戻ったとしてもまた同じ選択をするだろう。

 僕がブランドンの遺体を隠した理由、それはテレーゼのためだ。
 あの日はテレーゼの誕生日だった。
 あの日ブランドンの遺体が発見されていたらテレーゼの誕生日は婚約者が殺された日として彼女の心に永遠に刻まれていただろう。
 それは抜けないトゲのように一生彼女を苦しめたに違いない。
 
 

 幼い頃に誓った。
 「君のために僕ができることは何でもするよ。」
 この誓いを僕はこれからも守り続ける。
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