陶器の人形は夢を見る

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カイルとキャンディス

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 ソフィアが船から飛び降りた事件から一週間がたった。
 捜索は続いていたが手がかり一つ見つからなかった。
 王宮内でももはや生きてはいないだろうという意見がほとんどだった。

 国王夫妻はモリス侯爵夫妻を王宮に招くとソフィアを死に追いやってしまった事を謝罪した。

 「モリス侯爵、ソフィアのことは本当に申し訳なかった。
 まさかそこまで追い詰められているとは思わなかった。
 すべてはカイルをきちんと監督しなかった我々の責任だ。」

 国王夫妻は深々と頭を下げた。

 「カイル!お前も何か言うことがあるだろうが!」

 そう怒鳴られるとカイルは渋々といった感じでモリス夫妻の前に出てきた。

 「えーと、この度は誠に申し訳なかった。
 反省してるし許してほしい。」

 なんとも心のこもらない謝罪だった。

 「あれで謝ったつもりなのかしら。」
 「全然誠意がないな。」
 「余計腹が立つわね。」

 さすがにまわりの貴族達からヒソヒソと非難する声が上がった。

 「うるさい!
 なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ!
 みんな俺のせいだと言うが、全部ソフィアの勘違いだ。
 何度もキャンディスは妹のようなものだと言っていたのに当てつけのように船から飛び降りやがって! 
 俺ばかり責められて俺の方が被害者だ。」

 カイル王子がそこまで言ったところで「黙れ!」と王が一喝した。

 「モリス侯爵、本当に申し訳ない。
 このバカにはきつく罰を与えると約束する。」

 王はまた頭を下げる。
 するとずっと沈黙していたモリス侯爵が話しだした。

 「王様に申し上げます。
 わが娘ソフィアはカイル王子を心から愛しておりました。
 娘は王子がキャンディス嬢と結ばれることを願って自らの命を絶ったのです。 
 どうかカイル王子とキャンディス嬢を絶対に結婚させてください。」 
 
 王と王妃はショックを受けた顔をした。
 そして 王は絞り出すような声で 

 「わかった。必ず2人を結婚させよう。」 
 
 と言った。 

 「キャー!カイル!私達やっと婚約できるのよ!」 

 キャンディスがカイルに抱きついた。 

 「キャンディス!よかった!愛してるよ!」

 抱き合う2人を貴族達は冷ややかな目で見ていた。
 
  

 カイルはソフィアの喪が明けるとすぐにキャンディスを新しい婚約者にすると宣言した。 
 あまりに早い宣言にさすがに世間からは抗議の声が上がった。
 しかし王子は全く気にしなかった。

 「ソフィア自身がキャンディスと俺が結ばれて幸せになることを望んで船から飛び降りたんだ。
 俺たちはソフィアのためにも幸せにならなくてはいけないのだ。」

 そう言って強行した。

 婚約するとキャンディスはすぐに王宮に引っ越してきた。
 王子にねだって南向きの広い部屋を自室にし、何人もメイドを雇い、王家の金で贅沢三昧の生活を始めた。 

 ただし、1週間だけ。

 1週間後、女官長がキャンディスの部屋にやってきた。

 「明日から王妃教育が始まりますのでよろしくお願いいたします。」

 そう言って、時間割を差し出してきた。 

 「何よこれ!朝から晩までずっと勉強じゃない!」

 時間割は朝の7時から夜の10時までびっちりうまっていた。
 食事の時間は(マナー講習)となっていて食事すら授業になっていた。 

 「こんなの無理!なんでこんなに勉強しなくちゃいけないの? 」 

 「王妃となる方には例外なく王妃教育を受けていたただきます。
 拒否はできません。
 ましてあなた様は始めるのが遅すぎるくらいなのですから少々詰め込ませていただきます。
 それでは明日からよろしくお願いいたします。」

 女官長はそれだけ言うと去って行った。

 

 次の日からキャンディスの地獄は始まった。
 いつものようにダラダラ寝ていると女官長に叩き起こされた。
 
 「いつまで寝ているのですか!
 先生はもういらしているんですよ!
 一分一秒も無駄にしないでください!」

 そう怒鳴られてパジャマのまま授業を受けさせられた。

 それからは先生が次々とやってきては授業をするが、学校でも真面目に勉強してこなかったキャンディスにはチンプンカンプンだった。
 1日の最後にはその日の授業内容のテストが行われたが散々な結果だった。
 まだ初日だから基礎的なことしかやらなかったはずなのにほとんど20点くらいしか取れていなかった。
 これには先生達も落胆を通り越して怒りだした。

 「あなたはなぜこんなに物覚えが悪いのですか!」 

 「こんなことソフィア様なら10歳の時にマスターしてましたわ!」
 
 「一体あなたは学校で何をしていたんですか!」

 「あなたはバカなんですか?バカなんですよね?」

 先生達からきつい言葉を浴びせられてキャンディスは号泣した。
 しかしこれはまだほんの序の口だった。

 それから毎日厳しい授業を受けさせられた。
 逃げようとしても女官や警備にすぐに見つかって容赦なく連行された。
 一度などはイスに縛りつけられて授業を受けさせられた。
 寝る間もないほど勉強させられ、先生達からは罵詈雑言を浴びせられてキャンディスは心身ともにズタボロにされた。

 
 ある日の夜中、キャンディスは部屋を抜け出した。

 (こんなところ逃げ出してやる!
 実家に帰ったらすぐに捕まっちゃうからとりあえず元彼や男友達の家をわたり歩こう。)

 そう思って使用人用の通用口を目指した。

 「こんな夜更けにどこに行くのです?」

  突然後ろから声をかけられて飛び上がるほど驚いた。
  声の主は王妃だった。 

 「ちょっと実家に帰ろうと思いまして・・・」 

 「なぜ?」

 「だって!勉強が嫌いなんだもん! 
 あんなに勉強しなきゃいけないなんて聞いてない! 
 私には無理!無理!無理!   
 こんな生活死んだほうがマシよ!」 

 「無理でもやるのよ。」

  王妃は全く同情のかけらもない声で言った。

 「あの時あなたも聞いたでしょ? 
 モリス侯爵は『カイル王子とキャンディス嬢を絶対に結婚させてください』と言ったの。
 そして王は『必ず2人を結婚させる』とお約束なさったのよ。
  王がそう約束したからモリス侯爵は怒りをおさめたの。 
 そうじゃなければ王家に次ぐ権力を持つモリス侯爵家とその派閥の貴族達が報復の反乱を起こしていたわ。 
 そうなったら王国はもたない。
 王国を救うためにはそう約束するしか選択はなかったの。
 だからあなた達は結婚するの。 
 逃げることなんて許されないの。」

 王妃は何の感情もこもらない顔だった。

 かつて王妃自身も何年にもわたる過酷ともいえる王妃教育を受けた。 
 その苦しさは誰よりも身を持って知っているのだ。 
 だからソフィアの努力を無にして死にまで追いやったカイルとキャンディスが許せなかった。 

 「そんなのイヤ!帰らせて!
 王妃になんかならなくてもいい! 
 カイルとは別れる!」 

 キャンディスは足をバタバタさせてみっともなく泣き出した。 
 
 「どうしてもイヤなのね。 
 それなら1つだけ王妃教育から逃れる方法があるわ。」 

 「本当ですか!教えてください。」

  キャンディスは目を輝かせた。 
 王妃はキャンディスに液体の入った小瓶を差し出した。 

 「これは一瞬で死ねる毒よ。 
 ここから逃げ出したいならこの毒をあおるのね。」 

 まるでなんでもないことのように言った。 

 「死んだほうがマシなんだからできるでしょ?」

  王妃がキャンディスの耳元で言うと、ヒィッとキャンディスの喉から悲鳴が出た。 

 「イヤです!死にたくなんかないです!」 

 「そう、なら死ぬ気で王妃教育を頑張りなさい。」 

 そう言うとビービー泣くキャンディスを残して王妃は帰っていった。


 
 カイル王子はカイル王子でキャンディスとの婚約を後悔し始めていた。 
 先生達の報告によるとキャンディスは相当出来が悪いらしい。 
 昨日教えたことも忘れていて全然進まないと。 
 このままでは何十年たっても到底王妃教育は終わらないと断言した。
 先生達の中には授業しても無駄だから辞任したいと言い出す者さえいたが、カイルが何とかなだめていた。 

 最近はカイル王子のキャンディスへの愛もすっかり冷めていた。
 前は甘えん坊で可愛らしかったのに今はいつ会ってもぐずぐず泣いて王妃教育をやりたくないと文句ばかり言う。 
 そして最後にはカイルに対して怒りを爆発させるのだ。 
 その上容姿も激変してしまった。
 前は天使のように愛らしかったのに、今はやつれて目にはクマができて髪や肌はボロボロだ。
 もはや可愛くもないしむしろ嫌悪感すら湧いてくる。 

 (お前の王妃教育が終わらないといつまでも結婚できないんだからちゃんとやれよ!) 

 という言葉が喉まで出てくるが、ぐっと我慢する。 
 でもそろそろ限界だ。 
 もう愛してもいない女のために我慢する気はなかった。 

 カイルは王の執務室を訪ねた。
 ノックをすると王の声で「入れ。」と聞こえた。 
 
 「なんだ?手短に言え。」

 「父上!キャンディスと婚約破棄させてください!」 
 
 「ダメだ。
 用が済んだなら出ていけ。」

 にべもなく断られた。 

 「待ってください!父上! 
 キャンディスには王妃教育は無理です。 
 追い詰められて精神的にもボロボロになってしまっています。
 キャンディスのためにぼくは愛する彼女を解放してあげたいと思います。 
 心を引き裂かれるほど悲しいのですが・・」

 と言ったところでカイルの顔をナイフがかすめた。 
 カイルはギリギリでかわした。
 ナイフを放ったのは王本人だった。

 「父上!何をするんですか!」 

 「キャンディスと婚約破棄するならお前の首をモリス侯爵に差し出す。」

 王の目はすわっていた。 

 「それでなんとか許してもらって反乱を防ぐしかない。」

 「嘘ですよね?」 

 「本気だ。バカ息子1人の首で国が助かるなら安いもんだ。」 

 「でもキャンディスには王妃教育は無理です!
 何年かかっても終わりませんよ!」

 「それでもやるのだ。」

 「このままキャンディスの王妃教育が終わらなかったらどうなるのですか?
 ぼくはいつまでも結婚できない。
 いつまでたっても王になれないじゃないですか!」

 「知らん。」

 王はまるで興味なさそうに言った。

 「知らんって無責任じゃないですか!」

 「私が死んだ後のことは知らん。
 どうにもできん。なるようにしかならん。」

 国王はすっかり諦めたようだった。

 「アフレス王国は私の代で終わりだろうな。
 王国の最期を見ずに死ねるのは幸運だと思うよ。」

 王は自嘲気味に言った。

 「王国の最期って・・・ぼくはどうなるんですか?」

 震える声でカイルはきいた。

 「だから知らんと言っている。
 王妃もいない跡継ぎもいない歳ばかり取った無能な王子をこの国の貴族達がどういう扱いをするか想像もしたくないな。
 さすがに命くらいは助けてくれるんじゃないか?」

 王は何でもないことのように恐ろしいことを言った。

 「そんな!何とかしてくださいよ!あなたの息子ですよ!」

 「お前が蒔いた種だろう?
 王など貴族の支えがなければ成り立たないのだ。
 それを忘れてソフィアにひどい仕打ちをしたのだ。
 自業自得だな。」

 カイルはフラフラと執務室を出た。 
 もう絶望しかなかった。 

 カイルはいつ終わるかもわからないキャンディスの王妃教育が終わるのを待たなくてはならない。
  もし他の女性を好きになってものりかえることなど許されない。 
 それは死を意味するのだ。

 そして父が死んだ後は王位につくことも出来ず、おそらく王宮から無一文で放り出されるのだろう。

 何をどう考えても絶望しかなかった。
 やがて来る身の破滅を待つしかないのだ。
 まるで緩慢な死刑のようだった。
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