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7.イルゼの旅立ち

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 花祭りの翌日、朝食の席でアランはイルゼの様子がおかしいのに気がついた。
 心ここにあらずといった感じでふさぎ込んでいる。
 10歳でこの家に来てから実の妹のように大切に守ってきた大事な従姉妹である。
 ささいな変化にも気がついた。

 「イルゼ、昨日何かあったのか?」

 「昨日?とても楽しかったわよ。」

 「でもなんだか無理して笑っているように見えるぞ。」

 「何もないわ。アランの思い過ごしよ。」

 イルゼはそう言って笑ったが目が笑っていなかった。


 (絶対にイルゼは何かを隠している。)

 アランは確信した。

 (さて、どうしたらいいかな・・・
 俺が聞いたところでまたはぐらかされるだけだろう。
 誰かイルゼが心の内を打ち明けられる人物はいないかな。)

 アランは良い人物を思いついた。

 (ウォルター先生に相談してみよう。)

 アランは学校の帰りに王立病院に寄った。

 ウォルター先生はイルゼの主治医だ。
 まだ30歳の若さで王立病院の医師として働いている。
 煙を吸って瀕死の状態で運び込まれたイルゼを懸命に蘇生してくれて、その後も恐怖がフラッシュバックして錯乱するイルゼを心配して定期的に様子を見に来てくれた。
 常に患者の心に寄り添ってくれて、とことん向き合ってくれる心優しい医師だ。

 ウォルター先生の診察室に通されるとアランは椅子に座った。

 「アラン君、どうしましたか?」

 いつものように柔らかな落ち着く声だった。

 「先生、イルゼの様子が変なんです。」

 「イルゼさんが?
 具体的にどんなふうに変なんですか?」

 「何か思い悩んでいて心ここにあらずという感じです。」

 「なるほど、最近何か生活に変化はありましたか?」

 「変化といえば婚約しました。」

 ウォルター先生は一瞬驚いた顔をしたがすぐにいつもの顔に戻った。

 「意にそまない婚約ということはないですか?」

 「それはないと思います。
 婚約者は僕の目から見ても容姿も性格も家柄も申し分のない相手ですし、イルゼに『気に入らなければ断ってもいいんだぞ。』ってしつこいくらい何度も言いましたから。」

 「そうですか。それでは近いうちに診察にうかがいますよ。」

 「ありがとうございます。お待ちしております。」

 アランは何度もお礼を言って診察室をあとにした。


 次の休日ウォルター先生は約束通りバーンズ家を訪れてくれた。

 「ウォルター先生!いらっしゃいませ!」

 イルゼも幼い頃から信頼しているウォルター先生が来てくれて久しぶりに嬉しそうだった。

 「イルゼさん、久しぶりに様子を見に来ました。お体は大丈夫ですか?」

 ウォルター先生がそう言うと少しイルゼの顔が曇った。
 やはり様子がおかしい。

 「イルゼ、俺はちょっと用事があるからウォルター先生をお願いするよ。」

 アランはそう言うとウォルター先生に目配せした。

 ウォルター先生は小さく頷いた。

 イルゼとウォルター先生は応接室に入っていった。


 しばらくしてアランはこっそりと応接室を覗いた。
 イルゼはウォルター先生にすがりついて激しく泣いていた。

 「どうした!イルゼ!」

 思わずアランは部屋に飛び込んだ。

 「アラン、ごめんなさい。
 私やっぱり自分の気持ちに嘘はつけないわ。
 私はウォルター先生が好きなの。」

 イルゼの告白にアランはショックを受けた。

 「イルゼ!何を言っているんだ!」

 「私、ずっとウォルター先生が好きだった。
 でも誰にも言えなくてあきらめてたけどエドワードと婚約して結婚が近づくにつれてやっぱりウォルター先生以外の人と結婚するのは耐えられないと思ってしまったの。」

 「ウォルター先生!どういうことですか!」

 「アラン君、私も今聞いて驚いているところだよ。
 でも私もイルゼさんのことをずっと愛していたんだ。
 もちろん年齢も離れているし、私は貴族ではないし、何よりイルゼさんは私の患者だ。あきらめて自分の気持ちにフタをしていた。
 でも今イルゼさんの気持ちを聞いて私も自分の気持ちに嘘はつけない。」

 騒然としている中、バーンズ夫妻がやって来た。

 「いったい何の騒ぎだ?」

 「ごめんなさい。叔父様、叔母様。
 私はウォルター先生を愛しています。
 これからの人生はウォルター先生と歩んでいきたいです。
 どうか先生と結婚することを許してください。」

 バーンズ伯爵は激昂した。

 「何を言っているんだ!
 お前はルフェーブル伯爵家の一人娘なんだぞ。
 家を再興するんだろう?」

 「ずっとそう思ってきました。それが亡くなった両親の無念を晴らすことだと、育ててくださった叔父様達へのご恩返しだと。
 でも自分の気持ちに嘘はつけません。
 ウォルター先生を愛しています。私が人生を共にしたいのはウォルター先生だけです。
 私は今までいろいろな人に助けていただきました。でもこれからは私も人を助けるような人間になりたいです。
 看護師になって先生と一緒に病気の方を助けたいです。」

 「何を言っているんだ!目を覚ませ!」

 「バーンズ伯爵申し訳ありません。
 ですがどうか私たちの結婚を許してください。」

 「お前!純粋なイルゼをたぶらかしおって!」

 そう言うとバーンズ伯爵がウォルター先生に殴りかかった。
 ウォルター医師は逃げなかった。

 その時バーンズ伯爵の拳をアランが掴んだ。

 「父上、認めてあげましょう。
 このまま無理やりエドワードと結婚させてルフェーブル家を再興させてもイルゼは幸せになれない。
 私達はずっとイルゼの幸せを願ってきたじゃないですか。 
 イルゼの幸せはウォルター先生と一緒になることなんですよ。」

 「あなた、もうやめてください。
 ルフェーブル伯爵夫妻に対する一番の供養はイルゼが幸せになることですよ。
 イルゼはもう自分の幸せを自分で見つけたんです。
 親代わりとして祝福してあげましょう。」

 バーンズ夫人が夫を優しく抱きしめた。

 バーンズ伯爵はガックリと膝をついた。



 それからしばらくしてイルゼとエドワードの婚約破棄が発表された。
 イルゼの婚約破棄が知れ渡ると世間に衝撃が走った。
 学校内でも賛否両論でイルゼとウォルター医師を応援する意見と、無責任だという意見が半々だった。

 バーンズ家が婚約破棄を申し出るとヘイズ侯爵は激怒した。
 自慢の息子がコケにされたのだから怒るのも当然だった。
 慰謝料請求の上、ウォルター医師とイルゼを不貞罪で訴えると息巻いた。
 それを止めたのはエドワード本人だった。

 「イルゼ嬢は世間から批判されるのを覚悟の上で自分の信念を貫いたのです。
 私は尊敬します。慰謝料請求や裁判など望みません!」
 そう言い張った。

 エドワードは別にイルゼに同情したわけではない。
 ただなんとなくジュディスの顔が頭に浮かんだのだ。
 イルゼやバーンズ家を苦しめるようなことはジュディスは望まないだろうなと思ったのだ。

 結果的にヘイズ侯爵を諌めたことでエドワードの評判は更に上がった。
 『自分を裏切った婚約者を許した上に助けた』と言われ、お見合いの申し込みが大量に舞い込んだ。
 学校を歩けば女子生徒に熱い視線で見つめられ、剣術の練習場は入り切らないほどの見学者であふれた。

 ヘイズ侯爵はすぐにでもお見合いをしたがったがエドワードは

 「しばらく自由でいたい。」

 と言って断った。   

 ヘイズ侯爵は

 「誰か意中の令嬢でもいるのか?」

 としきりに聞いてきた。

 なぜだかわからないがエドワードの頭の中にジュディスの面影が浮かんだ。

 (まさか、あんな風変わりな令嬢なんて好きになるわけないよな。)

 そう思ったがつい練習場の女子生徒の群れの中にジュディスはいないかと探してしまうのだった。



 その後、イルゼはバーンズ家を出て寮のある看護学校に入学した。
 卒業して看護師になったらウォルター先生と結婚する予定だ。

 アランはイルゼに、

 「何か困ったことがあったら必ず相談するんだぞ。
 家を出てもイルゼが大切な家族であることは変わらないんだから。」

 と言った。

 イルゼは笑いながら

 「相変わらずアランは心配性ね。
 大丈夫よ。私は幸せになるわ。」

 と言った。

 その顔はしっかりしていて自分の足で自分の道を歩き始めているんだなと思った。
 アランはずっと守ってきたイルゼがついに自分の手を離れたのを感じた。
 それは嬉しくもあり寂しくもあった。




 イルゼの件が落ち着くとアランは本格的にジュディスとの関係改善に乗り出した。

 しかしジュディスはボランティア部の活動が忙しくてろくに話す時間もなかった。


 仕方なくアランもボランティア部の活動に参加することにした。

 孤児院に行ってみたがジュディスはやはり忙しそうでほとんど話せなかった。

 (ジュディスと話せないんじゃ来た意味ないじゃないか。)

 そんな事をボヤきながらアランがブラブラしていると剣術指南で来ていたエドワードにつかまった。

 「アランじゃないか。
 ちょうどいい。お前も剣術指南を手伝えよ。
 弟子が増えて人手がほしいと思っていたんだ。
 お前も貴族なんだから少しは剣術できるんだろう?」

 「は?お言葉ですが学年では1番の腕前ですが?」

 「そうか、そうか。そこそこできるんだな。」

 そう言うと、

 「みんな!このお兄ちゃんに剣で一太刀浴びせたらご褒美やるぞ!」

 と怒鳴った。

 「わ~い!ヤッター!」

 と言って木刀を持った子供達がアランを追いかけだした。

 アランはあわてて逃げた。
 でも走っても走っても子供達は追いかけてくる。
 子供の体力は無尽蔵で結局その日はずっと走らされた。
 その間エドワードは優雅にお茶を飲みながらアランを見て笑っていた。

 アランはムカついて、いつか間違えたふりしてエドワードに切りかかってやろうと思った。
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