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5.侯爵代理
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数年後、ラッセル侯爵家にはある問題が持ち上がっていた。
ラッセル侯爵も国政に携わる名門貴族であるから会議や領地経営、社交などやることはたくさんある。
しかしエルシーのわがままがひどくなって、朝から晩まで両親を離さないのだ。
ラッセル侯爵が会議や領地視察で出かけようものなら、
「お父様は私のことなんてどうでもいいのね!私は愛されていないんだわ!死んでやるー!」
と大騒ぎする。
そうするとジャクリーン夫人も
「あなた!娘の命よりも仕事がだいじなの?」
と侯爵を責める。
侯爵は予定をキャンセルするしかなくなるのだ。
おかげで侯爵家の仕事はストップしている。
優秀な執事や秘書達ががんばってフォローしてはいるのだが、やはり侯爵本人が出席しなくてはならない仕事も多い。
度重なるキャンセルにラッセル侯爵家の信頼は失墜し、いくつかの取引が破談になった。
悪い評判が広がり始め、ラッセル侯爵家の財政をじわじわと悪化させていた。
そんな中、ついに王立学院を卒業したクラリスが帰ってくることになった。
またジャクリーン夫人とエルシーが不機嫌になる日々が始まるのかと侯爵は頭を抱えた。
「ハァー。憂鬱だ。」
思わずつぶやいた。
「旦那様、いかがいたしましたか?」
第一秘書のイーサンが尋ねた。
「もうすぐクラリスが帰ってくるんだ。また喧嘩が始まるなぁと思ったら憂鬱にもなる。」
「なるほど。でも逆によかったのではありませんか?
侯爵家は今、侯爵のお仕事が滞って大変困っております。幸いにもクラリス様は学院の成績はとても良く経済学などの授業もとっていたようですので侯爵代理として仕事をやらせては?
世間には侯爵は病気療養中ということにすれば問題はないでしょう。
クラリス様を執務室閉じ込めておけば奥様やエルシー様と顔を合わせることもないでしょうから喧嘩も起きませんし、一石二鳥ですよ。」
「それは名案だな。早速クラリスが帰ってきたら仕事を仕込んでやらせてくれ。」
「かしこまりました。」
こうしてクラリスは帰ってくるなり侯爵代理として忙しく働く日々が始まった。
屋敷の端っこにクラリスの執務室が作られ、食事や睡眠などもその部屋で取るように言われた。
もともと真面目で努力家なクラリスは執事や秘書達のサポートのもと一生懸命仕事を覚えた。
会議や視察、商談などでも勉強熱心なところや細やかな気配りができるところが相手に好感を与え、ラッセル侯爵代理のクラリス嬢の評判は上々だった。
ある日、クラリスが執務室で仕事をしているとエルシーがやって来た。
「あーら、お姉様。朝から書類に囲まれて大変ね。
毎日書類仕事するだけの人生なんてつまんないわね。お姉様って何のために生きているの?
でも地味で暗くて何の取り柄もないお姉様にはピッタリね。私だったら退屈で耐えられないけど。」
クラリスはエルシーを無視して書類仕事を続けた。
「少しくらい世間からの評判がいいからって調子に乗らないでね。
まぁ、私が贅沢な暮らしをするためにせいぜいかんばってよね。
お・ね・え・さ・ま!」
そう言ってエルシーは大事な書類の上にわざとインク瓶を倒して笑いながら出ていった。
クラリスは小さなため息をつくと黙ってインクを拭いた。
「失礼いたします。」
クラリスの仲良しのメイド、メグがお茶を持ってやって来た。
「クラリス様、またエルシー様に嫌がらせされたのですか?」
「大丈夫よ。書類はまた書き直せばいいわ。」
「まったく!自分達が遊んで暮らしていられるのは誰のおかげだと思っているのかしら!」
「メグ、いいのよ。」
「ちっともよくないです!お嬢様だって他の令嬢のようにパーティーや観劇に出かけて楽しんでもいいじゃないですか!
それなのに毎日毎日仕事ばかりであんまりです!」
「私のために怒ってくれてありがとう。
でも私ね、侯爵代理のお仕事けっこう楽しんでやっているのよ。
会議に出席して政治や国際問題について話し合ったり、ラッセル領の領民の生活改善について考えたり、新しい事業を計画したり。責任は重いけどやりがいがあるわ。」
「でもそれは侯爵様のお仕事ですよね。クラリス様に全部押し付けて自分は奥様やエルシー様と遊んで暮らしているのに全然感謝してないじゃないですか。
せめてエルシー様の嫌がらせを怒ってやめさせてくれればいいのに。」
「私は押し付けられたなんて思ってないわ。
代々のご先祖様達が守ってきた侯爵家を次の世代に継承するのは今を生きる私達の責任なのよ。
私は侯爵家を守りたいの。」
「本当にクラリス様はお人好しですね。もっと怒っていいと思いますよ。」
「私の代わりにメグが怒ってくれたからもういいわ。
それより今日のお茶は何かしら?」
「今日はリラックスしていただこうと思ってハーブティーとイチゴのマフィンをご用意いたしました。」
「うれしい!ちょうど甘い物欲しかったのよ!」
クラリスはニコニコしながら優雅な手つきでメグが入れてくれたお茶を飲んでパティシエ特製のイチゴマフィンを食べた。
ひどい目にあっているはずなのにのんきなクラリスにメグは呆れてため息をついた。
でもそんなクラリスがメグは大好きで、なんとか少しでも助けになりたいと思うのだった。
メイドの自分にできることなんておいしいお茶をいれることぐらいしかないけど。
ラッセル侯爵も国政に携わる名門貴族であるから会議や領地経営、社交などやることはたくさんある。
しかしエルシーのわがままがひどくなって、朝から晩まで両親を離さないのだ。
ラッセル侯爵が会議や領地視察で出かけようものなら、
「お父様は私のことなんてどうでもいいのね!私は愛されていないんだわ!死んでやるー!」
と大騒ぎする。
そうするとジャクリーン夫人も
「あなた!娘の命よりも仕事がだいじなの?」
と侯爵を責める。
侯爵は予定をキャンセルするしかなくなるのだ。
おかげで侯爵家の仕事はストップしている。
優秀な執事や秘書達ががんばってフォローしてはいるのだが、やはり侯爵本人が出席しなくてはならない仕事も多い。
度重なるキャンセルにラッセル侯爵家の信頼は失墜し、いくつかの取引が破談になった。
悪い評判が広がり始め、ラッセル侯爵家の財政をじわじわと悪化させていた。
そんな中、ついに王立学院を卒業したクラリスが帰ってくることになった。
またジャクリーン夫人とエルシーが不機嫌になる日々が始まるのかと侯爵は頭を抱えた。
「ハァー。憂鬱だ。」
思わずつぶやいた。
「旦那様、いかがいたしましたか?」
第一秘書のイーサンが尋ねた。
「もうすぐクラリスが帰ってくるんだ。また喧嘩が始まるなぁと思ったら憂鬱にもなる。」
「なるほど。でも逆によかったのではありませんか?
侯爵家は今、侯爵のお仕事が滞って大変困っております。幸いにもクラリス様は学院の成績はとても良く経済学などの授業もとっていたようですので侯爵代理として仕事をやらせては?
世間には侯爵は病気療養中ということにすれば問題はないでしょう。
クラリス様を執務室閉じ込めておけば奥様やエルシー様と顔を合わせることもないでしょうから喧嘩も起きませんし、一石二鳥ですよ。」
「それは名案だな。早速クラリスが帰ってきたら仕事を仕込んでやらせてくれ。」
「かしこまりました。」
こうしてクラリスは帰ってくるなり侯爵代理として忙しく働く日々が始まった。
屋敷の端っこにクラリスの執務室が作られ、食事や睡眠などもその部屋で取るように言われた。
もともと真面目で努力家なクラリスは執事や秘書達のサポートのもと一生懸命仕事を覚えた。
会議や視察、商談などでも勉強熱心なところや細やかな気配りができるところが相手に好感を与え、ラッセル侯爵代理のクラリス嬢の評判は上々だった。
ある日、クラリスが執務室で仕事をしているとエルシーがやって来た。
「あーら、お姉様。朝から書類に囲まれて大変ね。
毎日書類仕事するだけの人生なんてつまんないわね。お姉様って何のために生きているの?
でも地味で暗くて何の取り柄もないお姉様にはピッタリね。私だったら退屈で耐えられないけど。」
クラリスはエルシーを無視して書類仕事を続けた。
「少しくらい世間からの評判がいいからって調子に乗らないでね。
まぁ、私が贅沢な暮らしをするためにせいぜいかんばってよね。
お・ね・え・さ・ま!」
そう言ってエルシーは大事な書類の上にわざとインク瓶を倒して笑いながら出ていった。
クラリスは小さなため息をつくと黙ってインクを拭いた。
「失礼いたします。」
クラリスの仲良しのメイド、メグがお茶を持ってやって来た。
「クラリス様、またエルシー様に嫌がらせされたのですか?」
「大丈夫よ。書類はまた書き直せばいいわ。」
「まったく!自分達が遊んで暮らしていられるのは誰のおかげだと思っているのかしら!」
「メグ、いいのよ。」
「ちっともよくないです!お嬢様だって他の令嬢のようにパーティーや観劇に出かけて楽しんでもいいじゃないですか!
それなのに毎日毎日仕事ばかりであんまりです!」
「私のために怒ってくれてありがとう。
でも私ね、侯爵代理のお仕事けっこう楽しんでやっているのよ。
会議に出席して政治や国際問題について話し合ったり、ラッセル領の領民の生活改善について考えたり、新しい事業を計画したり。責任は重いけどやりがいがあるわ。」
「でもそれは侯爵様のお仕事ですよね。クラリス様に全部押し付けて自分は奥様やエルシー様と遊んで暮らしているのに全然感謝してないじゃないですか。
せめてエルシー様の嫌がらせを怒ってやめさせてくれればいいのに。」
「私は押し付けられたなんて思ってないわ。
代々のご先祖様達が守ってきた侯爵家を次の世代に継承するのは今を生きる私達の責任なのよ。
私は侯爵家を守りたいの。」
「本当にクラリス様はお人好しですね。もっと怒っていいと思いますよ。」
「私の代わりにメグが怒ってくれたからもういいわ。
それより今日のお茶は何かしら?」
「今日はリラックスしていただこうと思ってハーブティーとイチゴのマフィンをご用意いたしました。」
「うれしい!ちょうど甘い物欲しかったのよ!」
クラリスはニコニコしながら優雅な手つきでメグが入れてくれたお茶を飲んでパティシエ特製のイチゴマフィンを食べた。
ひどい目にあっているはずなのにのんきなクラリスにメグは呆れてため息をついた。
でもそんなクラリスがメグは大好きで、なんとか少しでも助けになりたいと思うのだった。
メイドの自分にできることなんておいしいお茶をいれることぐらいしかないけど。
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