【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

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30.ジルベルト司祭のクマが育ちすぎてる

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 薬草の手入れの後、ジルベルト司祭の執務室で契約書を作り直した。

「じゃあ、夕方までに宿を取って連絡する」

「うん、気をつけてね。子供ひとりだと悪い大人がまとわりつきそうだからさ」

「昔みたいに簡単に騙されたりしないからね。冒険者証のランクはAだから大丈夫だと思うよ」

 魔獣の素材を買い取ってもらうために作った冒険者証がまた役に立つ。

 ランクAなら確実に強いと言われるレベルで、子供だと舐めてかかればタダでは済まないと分かるはず。

 冒険者として活動する時は、聖女や魔法士と思われそうな魔法は人前では使わないが、身体強化や付与くらいはいつも使っている。

「育ててる薬草を見にこなくちゃいけないから、今まで通り朝一回は顔を出すしね」

「うん、顔を見たくなったらガンツのとこで待ってるよ」

 目の下が真っ黒のジルベルト司祭がにっこり笑った。

「⋯⋯少し手伝おうか?」

 驚いたジルベルト司祭が目を見開いた。

 ロクサーナが仕事以外で人と関わるのは珍しい。声をかけられれば返事をするが、食事やお茶に誘われても滅多に参加しない。

 能力については話さない(これは他の聖女も同じ)が、説明が書かれている本や資料を教えるくらいには親切。但し、自分からリアクションを起こすことはない。

 顔を見れば会釈はするが挨拶にはいかないし、ジルベルト司祭以外の人がいる会議や打ち合わせでは、認識阻害をかけている事がほとんどなので、ロクサーナがどんな仕事をしているのか知っている人はほとんどいない。

「ど、ど、どしたの? 自分から関わろうとするのなんて、初めてじゃない!」

「だって、目の下のクマ⋯⋯ヤバすぎだもん」

「凄い⋯⋯初めて会って5年とちょっと⋯⋯ロクサーナが、あのロクサーナが私の心配してくれた! とうとう心が通じ合ったのかしら⋯⋯友達認定とかかも! 嬉しすぎて泣きそう」

 握りしめた両手がプルプルと震えて、目のふちを赤くしたジルベルト司祭が『お祝いしなくちゃ』と騒ぎ、棚に飛びついてお菓子の袋を取り出しはじめた。

「朝からチョコレートは胃に重すぎ? 確か、こないだもらったアーモンド入りのクッキーがあったはずだし、後は何⋯⋯何が良いかしら」

「ジルベルト司祭、おやつより一緒にサンドイッチを食べようよ」

 ピタリと動きを止めたジルベルトが、ギギギと音を立てながら振り向いた。

「⋯⋯もしかして偽物? それとも私が、寝てるとか死んでるとかなのかしら?」

 ロクサーナが朝食に誘うなんてありえないと言いたいらしい。

(そう言えば、人を誘うのって初めてかも)

 寮では集団行動しなければいけないだろうと考えて、サブリナ達に声をかけて食事に行くこともある。

 教室移動の時や先に帰る時にも声をかけて、必要があれば『一緒に行く?』と誘う事もある。

(仕事の一環? 円滑に依頼を終わらせる為の最低限のルールだと思っているから)

 船の上でのイカ焼きパーティーをウルサ達に提案したのも、次の依頼をスムーズに進める為の処世術だと思っている。

(イカ焼きパーティー、思ったより楽しかった⋯⋯)

 ウルサ達のお陰でほんの少し成長した事にロクサーナはまだ気付いていない。

(シーミアのオネエ言葉⋯⋯ジルベルト司祭と2人のお喋り聞いてみたら面白そう)

「変異種のアラクネの話、聞く?」

「ええっ! なに、何それ。見たい聞きたい触りたいのレアな遭遇じゃない!! くうぅぅ、羨ましぃ~!」



 ソファに座って公国産のサンドイッチを食べながら、泣き出したアラクネが可愛かったと話すと、ジルベルトがドン引きした。

「どんだけ追い詰めたら魔物が泣くんだよ。ロクサーナって時々鬼畜になるよな~」

「鬼畜違うし⋯⋯物欲の振り幅が時々大きめなだけだもん」

「ちょっと? ちょっとかなあ。あっ、その魔糸ってどうすんの? 売るなら買いたい!」

「ローブ作る予定だけど多分余るし、欲しければもらいに行ってくるし?」

「もらいに行くのはやめとこうね。怯えて森から逃げ出したら大惨事だから」

 仲良くなれば定期的に魔糸をもらえるし、将来のスローライフ仲間になれたらいいと思っていたロクサーナは、ガックリと肩を落とした。

(ミュウ達にも禁止されたしな~)




「サブリナとセシルには声をかけなきゃダメかな?」

「うーん、問題はそれなんだよね。最近の様子を記録映像で見たから、心情的には『ほっとけ』って言いたい。でもなぁ」

 ソファの背にもたれ、サンドイッチを食べ終わって満腹になったお腹をスリスリしていたジルベルトが、カップを持ち上げながら提案してくれた。

「じゃあ『急な仕事がはいった』って魔鳥飛ばしとこう」

 魔鳥は遠方で仕事をしているメンバーに連絡を取る方法のひとつ。手紙だと間に合わない時や、手紙が届けられない場所にいる時限定で使う。

 使役できている魔鳥は数が少なく、よっぽどの時しか使用許可が降りない。

 ロクサーナとジルベルトが使っている通信鏡は、ロクサーナ作でまだ一般公表していない貴重品。

 特殊な素材が必要でかなり高額になるが、公表したらあちこちから横槍が入るのは間違いない。特許だの仕様変更だの無償提供だの⋯⋯言い出すのは誰か⋯⋯かなりの人の顔が目に浮かぶ。

「魔鳥って手続き面倒だよ?」

「今回は仕方ないよ。あっちにもこっちにも説明に行かなきゃいけなくなりそうだからね」

 サブリナと王家に魔鳥を飛ばし詳細は手紙を送る事に決まった。

「学園とセシルとレベッカはサブリナ担当でいいだろう。で、退学でいいの?」

「学園での私の仕事は終わってるから、戻る必要ないと思うんだよね」



 荷物は全て異空間に収納し、部屋は全て元通りにしてある。少し前ならサブリナとセシルには挨拶くらいは行っていたと思うが、今は挨拶に行かずに済むなら嬉しい。

 積極的に仲間外れにしようとしてくるわけではないが、声をかけると微妙な空気が漂い周りの目を気にしはじめるのが正直ウザい。

 その後で友達に、言い訳めいたことを言っているのを聞いた事もある。

『いつも一人じゃ可哀想じゃん。だから⋯⋯』

『一応、一緒に来た留学生ですもの。だから⋯⋯』

(最近じゃあ、座学で近くに座るのは私のノートの為だしな~。一緒に国外に来ている⋯⋯同じ仕事を請け負っているチームだと思うと、円滑な人間関係をキープしたかったんだけどね)

 仕事内容が2人は婚活でロクサーナは調査と大きな違いがあるが、表向きは同じ仕事。目的が違うのだから、ロクサーナと2人の行動が違ってくるのは仕方ないとは思う。

 友達とお茶をしたり出かけたりするのはサブリナ達には必要だが、ロクサーナはその時間がもったいない。

 明るい時間帯に調査ができるのは限られているから、ロクサーナには放課後カフェに行く暇はないし、休みの日のショッピングに参加するはずもない。

(好みも違うし仕事内容も違うから、すれ違いが増えるのは仕方ないんだけどさあ。顔を見たら『宿題が』とか『課題を』しか言わないのって⋯⋯ちょっと違うよね)



 そんなわけで⋯⋯宿題を写させて欲しいと言われても、提出課題を手伝ってと言われても断れない。

(手伝いと言っても、ほぼほぼ丸写しできるまでやらされるから、ストレスが溜まるんだよ)

 夜な夜な魔の森で大型の魔物を探して遊ぶのも、週末は朝早くから夜中まで魔物と戯れるのも、調査にかこつけたストレス発散の場になっている。



「うん、魔鳥飛ばしてくれると助かる」

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