【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との

文字の大きさ
79 / 126

71.もしかして、女をどこかに置き忘れた?

しおりを挟む
「やだ! ゴホン、目が覚めてよかった。喉は乾いてないかな?」

「お」

「お?」

「おしっ⋯⋯トイレェェェ!」

 ベッドから転げ落ちたロクサーナは、受け止めようとしたジルベルト司祭を振り払って、よろよろとしながら飛び出して行った。

【う~ん、流石はロクサーナだね。ここは普通、感動のシーンのはずだけど】

【感動のラブラブはぁ、ロクサーナには無理だね~。ジルちゃん、がんば】



「ふ、ふはっ⋯⋯良かった、間違いなくロクサーナでした」

 ロクサーナにほぼ突き飛ばされた状態で、床に座り込んでいるジルベルト司祭が、泣き笑いしていた。

「ほんとに良かった⋯⋯俺じゃダメかもって⋯⋯目が⋯⋯目が覚めてくれて、ありがとう」

【かなり重症だねえ。ピッピ、実体化できるなら頭なでなでしてあげたくなったよ】

【やめとけ、ジルベルトがチリチリになったらロクサーナが怒る⋯⋯うーん、怒るかな?】

 首を傾げたミュウが、実験したそうな顔でジルベルト司祭の顔をまじまじと見て、ニヤリと笑った。

【よし、試してみようか】




「あのぉ⋯⋯先ほどは大変失礼をいたしまして」

 ドアからそっと顔を覗かせたロクサーナが赤い顔で頭を下げた。

(めちゃめちゃ恥ずかしいっす。目が覚めた途端ジルベルト司祭を突き飛ばして、トイレって叫ぶとか。うっかり、女の子廃業してたのかも)

【ロクサーナ、正座! んで、反省!】

「はいっ!」

 ぴょんと飛び上がり部屋に飛び込んだロクサーナは、ミュウの言いつけ通りに正座して⋯⋯手はお膝で、背筋を伸ばした。

「あの、できれ⋯⋯」

【ロクサーナは海に飛び込んだ3日⋯⋯ほぼ4日前から説明するからね】

「えーっと、飛び込んだのではなくですね。あ⋯⋯」

【だーまーれー! 地面がなくなってるのに気付かない間抜けだったから、海に落ちた⋯⋯の方がいい?】

「あ、いえ、ごめんなさい」

「あの、できれば話のま⋯⋯」

【ミュウがお小言する時は、ピッピも入れないの~。『待て』ができないと叱られちゃうの~】

 ジルベルト司祭の話を完全に無視するミュウと、チラチラと司祭を横目で見ながら何も言えないロクサーナの間で、話が進んでいった。



 海に落ちた場面からはじまり目が覚めるまでを、ミュウが淡々と説明をするとロクサーナの顔がどんどん青ざめていった。

「そそ、そんなに経ってた? え、あ、ええーっ、マジっすか!! ジルベルト司祭、お仕事休ませてごめんなさい。執務室が書類でとんでもないことになってたらどうしよう⋯⋯簡単な計算とかなら⋯⋯他にお手伝いできるのはな、なんだろ⋯⋯うう、ジルベルト司祭の仕事内容が分かんないよお」

「あの、できれば話の前に何か飲むか食べるかしよう。ずっと寝てたからね」

「い、いえいえそれよりも、ホントの本当にごめ⋯⋯」


  グウ~


【プハッ!】

【プププッ!】

「くくっ」

 こういう場面でお決まりの音が鳴り響き、真っ赤な顔になったロクサーナがお腹を抑えた。

「⋯⋯もうやだぁ、タイミング最悪~」

「カジャおばさんがスープを作ってくれたはずなんだ。もらってくるから待ってて」

 腰を上げかけたジルベルト司祭の腕を掴んで、ロクサーナが腰を上げた。

「自分で行ってきます。これ以上ご迷惑はかけられませんから」

「病み上がりは大人しくして、ベッドで待っていな⋯⋯」

「いやいや、ジルベルト司祭こそ今世紀最大のクマを飼育し⋯⋯」

 2人がモタモタと言い合っている間に、開いたままのドアから美味しそうな匂いが漂ってきた。



「ロクサーナちゃんの目が覚めたみたいじゃけん、お水とスープを持ってきたよ~。食べれそうなら食べてみんちゃい。ミュウちゃんとピッピちゃんのも司祭さんのもあるけんね~」

 身体のサイズに見合わない大きなトレーに、アレコレと山盛りに乗せたカジャおばさんが部屋に入ってきた。

「司祭さんはそこのテーブルをこっちに⋯⋯重たいけん、気をつけんさいね。ほんで、ロクサーナちゃんはクッションを持ってきんちゃい。ほら⋯⋯そこの隅にあるじゃろ? んで、ミュウちゃんとピッピちゃんは応援団じゃね。
ほれほれ、さっさと座りんちゃい。夜はちいと冷えるけんねえ、クッションの上じゃないといけんよ。
さてと⋯⋯あとは⋯⋯ほうじゃ、スプーンはここじゃけんね。熱いけん、気をつけて食べんにゃいけんよ」

 テキパキと指示を出してササっと料理を並べ終わると、スタスタと部屋を出ていくカジャおばさん。2人はテーブルに向かって座りスプーンを手にした。

「カジャおばさん、ありがとう」

「司祭さんにええ音楽を聞かせてもろうたけん、サービスでプリンもつけといたけんね」

 ヒラヒラと手を振ったカジャおばさんが『ふっふふ~ん』と鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。

「今のメロディ⋯⋯」

「凄いですね、あっという間に覚えたなんて」

【⋯⋯(半日以上聴き続けたら覚えると思うけどなぁ)】

 そんなに長い時間弾き続けた自覚のないジルベルト司祭は、素直に『ドワーフは耳もいいのか』と感心していた。

【食べる?】

「うん」

「そうですね」



 胃が小さくなっているのか。久しぶりの食事は少ししか食べられなかったが、ロクサーナとジルベルト司祭の顔色は格段に良くなった。

 山の奥に住んでいたドワーフはずっと肉メインの料理ばかりだったが、島に来て魚介に目覚めたカジャおばさん達の進化が目覚ましい。

『ロクサーナちゃん、過去にどんな料理を食べたか吐きんちゃい! おばちゃん達がぜ~んぶ再現したげるけんね!』

『肉とおんなじで、魚も骨まで使い倒してやるけん!』

 ロクサーナが行く先々で手当たり次第に集めまくり、モグモグ自慢の畑に植えまくった野菜も、おばさん達の手で料理され⋯⋯その手腕はプロの料理人並み。

『山の奥じゃ楽しみもあんまりないじゃろ? 男らは飲んでばっかりじゃしねえ。女で集まって、料理して⋯⋯亭主らをこき下ろすんが、一番の楽しみじゃったけんね』




「リラかぁ⋯⋯」

 プリンにスプーンを突き刺したロクサーナがポツリと呟いた。

「って事は⋯⋯敵認定だよね~。そんなつもりじゃないですって言ったら、許してくれるかなぁ?」

「ねえ、何故リラが有効だったのか⋯⋯リラじゃないといけなかったのか、教えてくれないかな?」

「リラの音色はセイレーンの歌声を打ち消すことができるんです。ただ、セイレーンが岩礁を離れられるはずはないと思うんですけどね~⋯⋯て事は、誰かが手を貸した。う~ん」

 歌を聞かせて生き残った人間が現れた時には死ぬ運命と定められていたセイレーンは、キルケーの入れ知恵でオデュッセウスが生き残った後、海に身を投げて自殺した。

【岩になって岩礁の一部になったからね】

【セイレーン、可哀想だよ~】

「リューズベイにセイレーンがいたなんて初めて知った⋯⋯ホントに、ちゃんと話を聞いておけば良かった」

 肩を落として項垂れたジルベルト司祭がミュウに向かって頭を下げた。

「大変申し訳ありませんでした」

【貸し一個だから、楽しみにしてるよ~】

「ミュウ、貸し借りは良くないんだよ~。いつでもニコニコ現金払いってね」



 ジルベルト司祭にとってミュウ達精霊は敬い奉る存在なので、とても腰が低い。

 ロクサーナにとっては愛すべき家族なので、とても話し方が雑⋯⋯ゲフンゲフン⋯⋯距離が近い。

「それよりグラウコスねぇ⋯⋯となると⋯⋯でも、リラだよねぇ」

「ん?」

しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

冤罪で処刑されたら死に戻り、前世の記憶が戻った悪役令嬢は、元の世界に帰る方法を探す為に婚約破棄と追放を受け入れたら、伯爵子息様に拾われました

ゆうき
恋愛
ワガママ三昧な生活を送っていた悪役令嬢のミシェルは、自分の婚約者と、長年に渡っていじめていた聖女によって冤罪をでっちあげられ、処刑されてしまう。 その後、ミシェルは不思議な夢を見た。不思議な既視感を感じる夢の中で、とある女性の死を見せられたミシェルは、目を覚ますと自分が処刑される半年前の時間に戻っていた。 それと同時に、先程見た夢が自分の前世の記憶で、自分が異世界に転生したことを知る。 記憶が戻ったことで、前世のような優しい性格を取り戻したミシェルは、前世の世界に残してきてしまった、幼い家族の元に帰る術を探すため、ミシェルは婚約者からの婚約破棄と、父から宣告された追放も素直に受け入れ、貴族という肩書きを隠し、一人外の世界に飛び出した。 初めての外の世界で、仕事と住む場所を見つけて懸命に生きるミシェルはある日、仕事先の常連の美しい男性――とある伯爵家の令息であるアランに屋敷に招待され、自分の正体を見破られてしまったミシェルは、思わぬ提案を受ける。 それは、魔法の研究をしている自分の専属の使用人兼、研究の助手をしてほしいというものだった。 だが、その提案の真の目的は、社交界でも有名だった悪役令嬢の性格が豹変し、一人で外の世界で生きていることを不審に思い、自分の監視下におくためだった。 変に断って怪しまれ、未来で起こる処刑に繋がらないようにするために、そして優しいアランなら信用できると思ったミシェルは、その提案を受け入れた。 最初はミシェルのことを疑っていたアランだったが、徐々にミシェルの優しさや純粋さに惹かれていく。同時に、ミシェルもアランの魅力に惹かれていくことに……。 これは死に戻った元悪役令嬢が、元の世界に帰るために、伯爵子息と共に奮闘し、互いに惹かれて幸せになる物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿しています。全話予約投稿済です⭐︎

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

婚約を破棄され辺境に追いやられたけれど、思っていたより快適です!

さこの
恋愛
 婚約者の第五王子フランツ殿下には好きな令嬢が出来たみたい。その令嬢とは男爵家の養女で親戚筋にあたり現在私のうちに住んでいる。  婚約者の私が邪魔になり、身分剥奪そして追放される事になる。陛下や両親が留守の間に王都から追放され、辺境の町へと行く事になった。  100キロ以内近寄るな。100キロといえばクレマン? そこに第三王子フェリクス殿下が来て“グレマン”へ行くようにと言う。クレマンと“グレマン”だと方向は真逆です。  追放と言われましたので、屋敷に帰り準備をします。フランツ殿下が王族として下した命令は自分勝手なものですから、陛下達が帰って来たらどうなるでしょう?

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

聖女は王子たちを完全スルーして、呪われ大公に強引求婚します!

葵 すみれ
恋愛
今宵の舞踏会は、聖女シルヴィアが二人の王子のどちらに薔薇を捧げるのかで盛り上がっていた。 薔薇を捧げるのは求婚の証。彼女が選んだ王子が、王位争いの勝者となるだろうと人々は囁き交わす。 しかし、シルヴィアは薔薇を持ったまま、自信満々な第一王子も、気取った第二王子も素通りしてしまう。 彼女が薔薇を捧げたのは、呪われ大公と恐れられ、蔑まれるマテウスだった。 拒絶されるも、シルヴィアはめげない。 壁ドンで追い詰めると、強引に薔薇を握らせて宣言する。 「わたくし、絶対にあなたさまを幸せにしてみせますわ! 絶対に、絶対にです!」 ぐいぐい押していくシルヴィアと、たじたじなマテウス。 二人のラブコメディが始まる。 ※他サイトにも投稿しています

悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。 ……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。 「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」 「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」 ※※※ 冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...