【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との

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70.ミュウVSジルベルト 人間って焦ったいんだもん

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【今回の件で、ジルベルトはロクサーナを駒として利用してきた、教会側の人間と判断したから】

 精霊は忖度などしない。好きか嫌いか、興味があるかないか、中庸と言う概念とは程遠く、優しさよりも冷酷さの方が際立っている。

「違う! 私はそんなつもりでは⋯⋯ロクサーナを守りたいとずっと思ってきたんです! ロクサーナが独り立ちできるまで見守りたいと、本気で思ってきました」

【ロクサーナの為に昇進を断って? ロクサーナ以外の子達を担当しない代わりに、他の人の書類仕事も抱え込んで?
ロクサーナの為だなんて⋯⋯そう言うのを偽善者って言うんじゃなかったっけ】

「偽善者⋯⋯そうかもしれません。教会を離れる勇気もなく決断もできないでいた。でも、ロクサーナに会って守ると決めた気持ちは本物なんです。
私の危険予測が甘かったのは認めます。仰る通り、最大の注意を払うべきだった。でも、教会に阿ったわけじゃない。俺⋯⋯私はロクサーナの為に教会を利用することしか考えていませんでした」

 神託の儀は結果が出ると同時に枢機卿へと送られる。多少の誤魔化しや改竄もできるが、流石に10歳で『聖女』と判明した少女を聖王国が放っておくはずがない。

 教会も聖女も嫌だと言うロクサーナを連れて逃げても、すぐに見つかり捕まってしまうだろう。最悪のパターンは帝国に拉致される事。

(ロクサーナには逃げ道がない。昔の俺と同じように⋯⋯)

「逃げるなら、逃げ切れるくらいになってからの方が安全だと考えました。魔法についてとか自分の能力についてとか。後は、生活する為の一般常識とか。
教会内なら少しは司祭としての立場で守れますから、その間に準備をするのが最善だと思ったんです」



 薬草の知識があると知って⋯⋯。

『庭師にガンツと言う男がいて、薬草に詳しいんだ。ちょっと変わってるけど見に行ってみるかい?』

 聖王からブローチを下賜される前に⋯⋯。

『下賜されるのは非常にブローチだから、所有者登録をする前にしてみるのもいいんじゃないかな』

 ロクサーナの名前が漏れはじめたと知り⋯⋯。

『冒険者ギルドって知ってるかな? Cランク以上になれば自由に国を移動できるんだ。Sランクはあちこちの国が注目するからAランクでやめるのか正解だね。
しかもで登録できる』

 その後、薬師ギルドと魔導具士ギルドにそれぞれ別の名で登録するよう誘導した。

(これで、どれかひとつがバレても他の名が使える)



【⋯⋯知ってるけどね、僕達からしたらまどろっこすぎなんだよね】

「それは、そうかもですね⋯⋯」

 本気でジルベルト司祭を敵認定しているわけではなかったが、『曖昧』『中庸』が理解できない精霊には、ジルベルトの行動がもどかしくて堪らない。

 助けたいなら助ける、守りたいなら守る。それ以外の者には『無関心』か『排除』が、精霊の考え方だから。

【グラウコス⋯⋯奴が海の中から邪魔をしていたんだ】

「グラウコス? 確か、漁師から海神になった変わり種だったはず」



 グラウコスは漁師だった頃に薬草を食べて海神になった。

 青緑色の長い髪と長い髭、水色の腕と魚の尾を持った姿をしているが、傷ついた身体には貝殻や海藻、岩などが付着した醜い姿をしている。

「それがシーサーペントと関係が?」

【それはちょっとややこしい話だから、ロクサーナが起きてからでいいんじゃないかな。奴は陸には上がれないから、今日みたいに海にダイブしなけりゃいいだけ】

 ロクサーナがセイレーンやスキュラ達をどうするつもりでいるのか⋯⋯はっきり決めるまでミュウは口出しするつもりも、ネタバラしするつもりもない。

【このままだと衰弱するばかりだから、目を覚まさせなくちゃ⋯⋯リラって言う竪琴を知ってるよね、あれならロクサーナの目を覚まさせられる。弦の数は7本でよろ~】

 リラのフレームは中空の共鳴箱からなっている。そこから立ち上がる2本の腕は前方に優美な曲線を描き、横木によって上端で連結されている。根元にある横木が弦の振動を共鳴箱に伝える。

「それなら、すぐに取ってきます!」

 心配して台所から顔を覗かせていたカジャおばさんの前を、ジルベルト司祭が走り抜けた。

「ありゃ、スープはできとるのに⋯⋯あんとうに急いでどこに行くんかねぇ?」

 転移門はロクサーナの家の地下⋯⋯途中から半地下に変わったが⋯⋯に設置されている。

 作りかけでまだ誰も住んでいない家の玄関を開けて、地下に降りる階段を飛び降りた。

(リラ⋯⋯二度と見たくなかったけど、俺の過去が役に立つなら少しは許せるかもな)

 ジルベルト司祭は黒と銀が渦巻く転移門に飛び込んだ。

 


 リラは執務室のチェストの一番奥にしまいこまれていた。

(弦は張り替えないとダメそうだが、本体はまだ使えるはず)

 ローブを深く被り購買部までは隠蔽をかけて向い、なんとか弦を手に入れた。

 そのまま執務室の転移門に飛び込んで島に戻ったジルベルト司祭は、弦を張り替えてからロクサーナがいるカジャおばさんの家に飛び込んだ。

「おや、帰ってきたんね。ほんなら、ちいとなんか食べんさい⋯⋯って言いよるうちに、おらんようになった。ま、あれだけ元気ならまだ大丈夫じゃろう」

 呑気なカジャおばさんは『若い言うのはええねえ』と言いながら箒を手にした。



「ミュウ、持ってきました! 7本の弦のリラです」

【お、久しぶりに見たなぁ。後はジルベルトの腕次第。心が震えるくらいの音色を聴かせられたら、ロクサーナの目が覚めるはず】

「こ、心を!?」

【そう。例えばだけど⋯⋯セイレーンの歌声にでさえ惑わされなくなるくらいの音色だね】

「もう何年もブランクがあるので⋯⋯いや、やります。絶対に成功させてみせます」

 椅子に座ったジルベルト司祭が大きく深呼吸してリラを構えた。足で小さくリズムをとりながら真剣な顔でリラを弾きはじめた。

 音がずれたりリズムが乱れたりしながら弾き続けるうちに、少しずつ指が思い出してきたらしい。

 透き通るような繊細な音色が心を揺さぶる切ないものに変化し、静かにゆるやかに流れていく。

 魂が歓喜するとまでいわれたリラの音色が、ドワーフの村を超えてドラゴンの住む山や、深い海に深く染み入るように届いていく。



 何時間引き続けているのか⋯⋯夕闇が迫り、普段は賑やかなドワーフ達が耳を澄ませて仕事終わりの酒を酌み交わしている。

 森の動物達が争いをやめ、巣の中で子供を抱えて穏やかな眠りにつく頃⋯⋯ロクサーナが胸を膨らませるように大きく息をした。

【ロクサーナ、早く戻ってこないとスコーン全部食べちゃうぞぉぉ】

【ピッピは、あの焼いたお肉がいいの~】

【ジルベルト司祭がロクサーナの作りかけのお家探検したいって】

「⋯⋯め⋯⋯まだ⋯⋯な⋯⋯の」


  ギュウン⋯⋯


「あ! やだ、弦が!」

 張り替えたばかりの弦が切れて不快な音が響いた。

「⋯⋯ふふっ⋯⋯ジル⋯⋯ベルト司祭⋯⋯慌て⋯⋯」

 口元にうっすらと笑みを浮かべたロクサーナの目がゆっくりと開いた。

「ロクサーナ、目が覚めたのね! 声は聞こえてる!? 何か話して、お願いよぉぉ」

「聞こえてる。ジルベルト司祭のオネエ言葉⋯⋯久しぶり」

「やだ! ゴホン、目が覚めてよかった。喉は乾いてないかな?」

「お」

「お?」

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