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13.嘘吐きと石鹸

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「う、噂と真実が違う?」

「ああ、エアリアス様は当事者みたいな者だろ? だから噂じゃなく真実を知っておられた。ブリトニーもリリスティーナの友達なら知ってるだろんだろ? ソイツを話してくれないか?」

「エアリアス様からお聞きしたなら私が話す事なんて何も⋯⋯」

「私は聞きたい。話せないのか?」

 婚約破棄騒動について噂しか知らないブリトニーは下手な事は言えないとほぞを噛んだ。リリスティーナの婚約者はエアリアスの兄なので、エアリアスは間違いなく真実を知っている人物の一人。


「エアリアス様は結婚式にも来てくださってて、結婚式のにお茶会をする約束をしていたんだそうだ。ブリトニーも知ってるだろ?」

「ええ、勿論。でも誰にも会いたくないって言い出したからその約束もお断りしたって言ってたわ。1週間すごく悩んだって」

「そうか、1週間悩んだって言ってたんだ。そう言えばリリスティーナは何が嫌いなんだろう?」

「えっ?」

 デイビッドの話が突然変わってブリトニーは慌てた。真実を話せと言われなくなったのは助かったが、リリスティーナの嫌いなものも分からない。

「ほら、リリスティーナの偏食の話だよ。さっき料理人の問題を話し合ってたとき思ったんだ。嫌いなものが多いなら先に料理長に伝えておこうって。何が嫌いかわかる範囲で教えてくれるかい?」

「リリスティーナが帰ってたら本人に聞いてみましょう。私だってそんなに詳しくないもの。漠然と多いなあって思っただけだから」

「例えば? 料理名でも食材でも何でも構わない。⋯⋯そう言えばチョコレートが苦手だって言ったのは吃驚だったな」

「私も思ったわ。あんなに美味しいのにって」

(これも嘘だ、チョコレートはリリスティーナの大好物だ)


「さっき王宮の夜会の話をしていたね。リリスティーナのドレスを羨ましがって新しいのを作ったばかりだろ? リリスティーナは夜会にでないのに素敵なドレスを作ってたって文句を言ってたね。ブルーのシルクだっけ?」

「そうなの。とってもゴージャスだったわ。でね、今日すごく素敵なネックレスを見つけたからそれに合うドレスを作りたいの。割増料金を払えば今なら何とかなると思うから作っていいでしょ? お願い」

(俺は今までどれだけ嘘を教えられてたんだろう)


 コロコロと変わるデイビッドの話に嫌気がさしたブリトニーだったがドレスを強請るチャンスがきて俄然元気になった。
 今月も予定より買い過ぎている気がするがおねだりすればデイビッドはいつでも『しょうがないなあ』と言いながら買ってくれる。

(なんたって私は次期伯爵の母親だもの。このくらいの贅沢は良いわよね)




「ブリトニー、そろそろ部屋の準備ができてるはずだから休むといい。今日は色々あって疲れた」

「ねえ、自分の部屋で寝んじゃだめ? 客間なんて落ち着かないわ」

「いい子だから今日は客間で寝てくれないか。自分の部屋は子供の泣き声がうるさいって言ってただろ?」

「あの子を客間に移動すればいいのよ。乳母がいるんだもの、私の隣の部屋にする必要ないわ」

 ブリトニーは息子の世話を乳母に任せっきりでオムツを変えたこともない。2歳になった息子はブリトニーの顔を覚えておらず乳母の事を母親だと勘違いしている節があるが、デイビッドもブリトニーも気付いていない。

「仕方ないから今日は客室で休むわね。でも明日は必ず自分の部屋で休ませてもらうから」

「覚えておくよ、おやすみ」

 デイビッドにチークキスをしたブリトニーは機嫌良く居間を出て行った。




「セバス、一つ聞きたいんだけど」

「はい、何でしょうか?」

アレックス息子は私の息子なんだろうか?」

「と仰いますと?」

「ブリトニーから石鹸の匂いがしたんだ」

 デイビッドは明るい茶色の髪に翠眼でブリトニーはストロベリーブロンドに茶色の目をしているが、アレックスは艶やかなブロンドと鮮やかな碧眼。

「アレックス様がお生まれになられた時隔世遺伝だと仰っておいででしたが?」

 今日ブリトニーの嘘がいくつも判明すると今まで気にならなかった事が目につくようになってしまった。
 リリスティーナとブリトニーは友達だと信じていたからブリトニーが話すリリスティーナの事について何でも鵜呑みにしていたが根底が覆されてしまった。

 エアリアスの言葉が蘇った。

『本妻と愛人が仲良く?』

『人は見たいものを見て聞きたいことを聞く。特にディーセル伯爵にはその傾向があるようですわ。ご注意なさいませ』





 翌朝、セバスにブリトニーの部屋のドレスと宝飾品とその他の貴重品について調べるように指示を出した後、もう一度エアリアスを訪ねる事にした。

(今日も先触れなしだが何とかなるだろう。それとポーレット伯爵家にももう一度行って頭を下げないとな)


 1ヶ月前、デイビッドはリリスティーナに生活費の援助を頼んだ。伯爵家の領地経営は順調だが財政は赤字続きで翌月の支払い分がかなり不足していた。リリスティーナは母方の祖母が亡くなった際かなりの資産を贈られているので、困っている夫を助けるのは妻の仕事だと深く考えずに部屋を訪ねた。

(あの時部屋の中に入っていたら違ったのかな?)

 リリスティーナは部屋のドアを大きく開けて中へ入るよう勧めてくれたがデイビッドは入口で話す事を選んだ。

『来月分の支払いなんだけど少し援助してもらえないかと思って。ポーレット伯爵家の支援金を増額してもらうのでも構わない』

 デイビッドの顔をじっと見つめたリリスティーナは小さくため息をついた後少し俯いた。

『来月末は無理ですが、その1週間後に声をかけてもらえますか?』


 約束の日に意気揚々と部屋を訪ねたデイビッドが見たのは必要最低限の家具も置いていない部屋と掃除用具。

 教会から届いた離婚届と、使用人やブリトニーの裏切り。

(白い結婚って⋯⋯そうか、2週間前が丁度3年目だった)

 リリスティーナは資金援助すると言ったわけではなかったなと苦い思いを噛み締めながら馬車に乗り込んだ。

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