【完結】婚約してる? 婚約破棄した? ところであなたはどなたですか?

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32.メイソン夫妻とボルゾイ

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「この子達はボルゾイって言う犬種なの。名前の意味は。主人に対しては温厚で従順だけど他の動物に対しては結構攻撃的だから飼育の初心者には扱えないわ」

 ボルゾイを飼っているメイソン夫妻は帝国に程近いオルフェラード伯爵領から数年前に王都にやって来た。

 領地の毛織物を一手に扱い手広く商売をしていたが、戦争終結から帝国との輸出入に力を入れた。その後伯爵の後押しを受けて次男と共に王都へ進出した【メイソン商会】は、王都の大通りに大きな店舗を構え定番のウール羊毛リネン亜麻以外に高価なシルクも扱っている。


「本店で長男が頑張ってるからって言って次男が張り切っているから私達は暢気なもんだよ」

 貴族街に近い場所に立つ瀟洒な二階建ての屋敷は高い塀に囲まれ、広い庭には綺麗に刈り込まれた芝が敷き詰められていた。屋根付きのテラスの近くの花壇には色とりどりの薔薇が咲き綻んでいる。

「ボルゾイ達は我が子同然だからね。孫達をおかしな人に譲るわけにはいかないんだ」

 この人ったらボルゾイの赤ちゃんの為に今日と明日仕事を休んだのよと言いながら夫人はソフィーに笑いかけた。



「狼を狩る犬として有名だがコイツは・・まだ赤ちゃんじゃないか」

 白と黒・白と茶・真っ白・・塊になって寝ているのは生後1ヶ月のボルゾイの赤ちゃん達。番犬を飼うと聞いていたレオはピスピスと鼻を鳴らす仔犬達を見て途方に暮れた。

(ボルゾイってのは確かにいい選択だとは思う。思うが、コイツらじゃ子供のおもちゃにされて終わるぞ?)

 チラリと横を見ると蕩けたような顔でしゃがみ込んだソフィーの目は仔犬達に釘付けになっている。

(あー、終わったな。あの顔じゃあ別の犬を勧めても無理そうだ)


「ボルゾイは獣猟に用いられていた地犬に熊狩りのベアハウンドや牧羊犬のロシアンシープドッグを掛け合わせた犬だと言われてるの」

「この子達は毎日の運動や散歩が必要なんだ。長めの散歩の後に短い距離を全力疾走させるような運動が出来れば最高だね。
それか室内犬として飼って庭で自由に動き回らせてやるか。被毛の手入れは週に2~3回のブラッシング。夏場は脱水症状や熱中症に気を付けないといけないんだ」

「ソフィー?」

「ああ、ごめんなさい。あまりにも可愛すぎて仔犬達に見惚れてしまいました。実は仔犬を近くで見たのは初めてなんです」

 飼い主夫妻は顔を見合わせて溜め息を吐いた。

「ボルゾイの飼育は想像以上に大変だから初めての方には勧められないわ。デレクの紹介だからと思ったんだけど」

(デレク? そいつは誰だ? もしかしてソフィーの・・)

 王都の店舗と屋敷も【ソラージュ不動産】が手掛けたが店舗の施工担当がデレクだった。作業現場に再三足を運んでいた夫妻は無口なデレクをことの他気に入り今でも時間を作ってはデレクに声をかけていると言う。


「あっ、従業員の1人が以前勤めていたお屋敷でボルゾイのお世話を担当していた事がありますし、屋敷と庭は充分な広さがあります。二度手間になって申し訳ないのですが、明日の朝担当の彼が最終確認に来るので話して頂けますでしょうか? その時、飼育に問題がないと判断して頂けたら譲って頂きたいと思います」

「ソフィーは世話をしないということ?」

 てっきり夢中で仔犬を見つめているソフィーが飼いたくて犬を探しているのだと思っていた夫妻は少し驚いた。

「本当は自分でお世話したいのですが知識不足な上に仕事で屋敷を離れることが多いので、知識のある専任者がメインでお世話をできた方が良いと思っています」

(こんなに可愛いなんて離れられなくなりそう。ちっちゃいうちは連れて帰れるけど・・部屋は余ってるから学校に引っ越ししようかな)

 誠実なソフィーの対応にメイソン夫妻は安心して仔犬を送り出すことにした。

「では明日の午前中お待ちしていますね。どの子が良いか決めて行く?」

「はい・・えっと・・どうしよう、あー、みんな可愛くて」

「抱っこしてみる? 相性を知るにはそれが手っ取り早いから」

 ソフィーの膝の上に乗せるとそれまでうつらうつらしていた仔犬達はどの子もソフィーを見上げてクンクンと鳴いて纏わりついた。
 散々悩んだ挙句ソフィーは最後までそばを離れなくなった2匹を選んだ。

「第一希望は白い子で第二希望はこの薄茶の子でお願いします。可能なら2匹ともお願いしたいけど、無理なら1匹でいいです」





「番犬を飼うんだと思ってた」

 屋敷を辞した後レオは辻馬車を探しながらソフィーについ苦言を呈した。

「はじめは成犬を探そうと思ってたんだけど、みんなと話し合って仔犬にしようって決めたの。子供達の為にもその方がいいんじゃないかって。
それに、あっという間に大きくなるわ。仔犬の時から飼った方が信頼度とか親密さとか違うと思うし」

「・・だったら塀と鍵を早めに何とかしないとだな」

 幸せそうなソフィーを見ているとそれ以上何も言えなくなったレオは塀の強化を急ごうと決めた。漸く辻馬車が見つかり2人して乗り込んだ。


「変更点を決めたら最速で見積もりをもらって資材の発注をかけるつもりなの。どうか宜しくお願いします」

「知り合いでもいるのかい?」

「うちの会社は古い家やアパートを修理して貸してるの。業者さんとはしょっちゅう取引してるから何とかなると思う」

「えっと今更なんだが資金は大丈夫か? 保育学校ははじめたばかりだって言うし、結構物入りだったんじゃないか?」

「学校の設備投資用に予定してた資金がまだ残ってるからそれを充当すれば大丈夫」

「そうか、それなら安心だな。ところでさっき名前が出てたデレクって言うのは誰?」

「仕事仲間の1人で工事責任者でメイソンさんのとこの店舗の担当をした人なの」

(仕事仲間で、恋人じゃない・・恋人は別の人・・とか?)

 レオはデレクが仕事仲間だと聞いてホッとしたことも、ソフィーには恋人がいるのかも知れないと思ってモヤっとした事にも気付いていない。今まで感じたことのない妙に居心地の悪い気分だけを味わっていた。

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