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第九章 なんでやねん

02.病んでますね。かなり重症化してます。

 母親に絶縁宣言をかました実里は、絶賛引きこもり中。ベッドの上で頭から布団を被り、時々顔を出しては電源を落とした携帯を睨みつけ、狂信者のようにぶつぶつと呟き続けていた。

「かけない、かけない、絶対にかけない。かけない、かけない、絶対にかけない。あーもー、やだあぁぁぁ」



 携帯をクローゼットに放り込んだ実里は、シャワーを浴びて外出の準備をはじめた。

「財布と免許証とハンドタオルにティッシュがあればいいか。新しい携帯を買って外でご飯を食べて⋯⋯日本食! 今日はファミレスじゃなくて本格的な日本食にしよう。懐石はハードルが高いから、お高くないしゃぶしゃぶの店を探すとか。お肉よりお魚だから、お寿司屋さんが良いかも。回るとこなら近くにありそうだし。醤油にわさび、苦手だった酢の物が恋しくなるとは思わんかったな~。
場所をググって⋯⋯は、新しい携帯をゲットしてから考えよう、うん。キャリアも変えたら気分一新だね」

 実里の頭の中には久保◯利伸のあの歌が流れている。

(まわれ、ま~われ、メリー⋯⋯遊園地でも行ってみるか? ボッチの遊園地⋯⋯いや~ないわ~)



 エレベーターで一階に降り、フロントを通り過ぎて自動ドアを通り抜けた。

(帽子とマスク⋯⋯いや~、マスクって最強じゃん。ネットにメンが割れててもマスクがあれば怖いものなし!)



 クルマのエンジン音と青信号のピヨピヨ、懐かしい排ガスの臭いの中に独特な茹でた麺の臭いがする。

(へえ、近くにラーメン屋があるんだ。あんまり外に出なかったからかなぁ、気付かなかった。
そう言えば、通りゃんせのメロディが流れる『メロディ式信号』って減ったんだよね。今は『ピヨピヨ』とか『かっこう』の鳴る『擬音式信号機』
視覚障害者の人の為の⋯⋯そう言えば点字とか手話とかがあれば。違った、もうあっちの世界は関係なかったんだ)



 混雑した歩道を歩きながら辺りを見回した。紳士服の店のディスプレイを変更している店員さん、ハンバーガーの店の自動ドアが開くと嗅ぎ慣れたポテトの匂いが漂う。パン屋、メガネ屋、ドラッグストア。2階には内科や皮膚科の看板が掛かっている。

(便利だよね。欲しいものはなんでもある⋯⋯欲しいものがないから、店には用がない。ちゃんちゃん)

 昼過ぎの時間なのが良かったのか、駅ビルの中にある携帯ショップに入るとカウンターで商談中のお客さんしかいない。

「ご予約の方ですか?」

「いえ」

「では、番号札を取ってお待ちください」

(待ってる人、いないのに?)

 なんとなくモヤっとしながらソファに腰掛けてぼーっとして待つ事1時間。新しいお客さんは来ないし商談中のお客さんはとうの昔に帰った。カウンターの中のスタッフ3人はお喋りに興じている。

(予約のお客さん待ち? 別の店にすれば良かったなぁ。携帯がないと暇も潰せないし、本屋に寄ってくれば良かったなぁ)



 ようやく番号を呼ばれた時には2時間近く経っていた。

「お待たせしました。どのようなご用件でしょうか?」

「新しい携帯を買おうと⋯⋯」

 機種の希望を聞かれなんとなく新機種を選び、免許証を出して⋯⋯。慇懃無礼な店員に見送られて店を出た。

「次回のお越しの際は是非ご予約を」

(次回はここに来ないと思います)



 心が荒んでるなぁと思いながら携帯を立ち上げた実里は、信号待ちしながら店を探した。

(日本食で入力して⋯⋯えーっと、結構遠いなぁ。じゃあ蕎麦屋で検索してみよう。あ、そ~ですか)

 ホテルと反対方向に歩いて大きな交差点を渡り、階段を登って入った店はガ◯ト。ここは1階が駐車場で2階が店舗になっている座席数の多いファミレス。

「いらっしゃいませ~、お好きなお席にどうぞ」

 お昼を過ぎていても結構人がいて、店員さんは忙しそうにしている。

 店の奥にトイレが近い2人席を見つけ、鞄を置きつつ席に座った。

(和食もあるしデザートも、ドリンクバーが最高じゃん)

 生粋の庶民な実里はタブレットを操作しながら呟いた。

(お蕎麦屋さんも遠かったし、リーズナブルなファミレスが一番。帰りにお酒でも買って帰るかな。今の私は成人してるもんね~。セオじいに日本酒を持って行ったら喜ぶだろうなあ。江戸切子のグラスをセットにしたら『綺麗じゃのう』とか言ったりして。あ、焼き魚の定食がある)

 ほわっと湯気が上がっている白米と味噌汁が心に染みる。焼き魚についている大根おろしに醤油をかけて一口パクリ。

(くうぅぅぅ! これぞ日本の味。大根ってあるのかなぁ。煮てよし炒めてよし、葉っぱも食べられる庶民の味方なんだけど。蕪はあったから探せば大根もあったかもね~)

 付け合わせまで完食してデザートは白玉あんみつをチョイス。ドリンクバーから持ってきたのはもちろん緑茶で、2杯目はほうじ茶を狙っている。

(日本茶と紅茶とウーロン茶は同じ葉で作るんだよね。発酵させるかさせないかとかで変わったはず。紅茶しかなかったから、日本茶とウーロン茶を⋯⋯あんみつ、美味しい)

 ふとした瞬間に向こうの世界のことを考えていると気付いた実里は、考えるのをやめてお茶のおかわりを取りに立った。

(しばらくはリハビリかな。旅行に行くのが良いかも。温泉でまったりして、浴衣で散歩して。そうだ、レンタカー借りてドライブしよう。体感では何年も運転してないからね。
旅行から帰ってきたら、今度こそオートバイの免許に挑戦しようかなぁ。いや~、自動車学校って高そうだし、オートバイはもっと高いし⋯⋯無駄遣いは庶民の敵。乗馬体験とかならどうだろ、免許いらんし。熊の牧場で馬に乗せてもらう約束してて、楽しみにしてたんだよな~。あ、いや、うん。
それよりそろそろアパートを借りれるかどうかが問題だよね。どうやって調べたら良いんだろう)

 かなり重症の実里。



 腹ごなしをかねてタイムセールの始まる時間まで町をぶらついた。スーパーで20%オフのお弁当と焼き鳥を見つけて、期間限定の缶チューハイと一緒にカゴに入れてセルフレジに向かった。

 並んでいる日本酒の前は迂回して。

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