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第九章 なんでやねん

10.夢だけど〜、夢じゃなかった〜

「実里に会いたくてもどうにもならないとレオンだって理解していると思うの。でも、諦めきれない気持ちもよく分かるから⋯⋯シモンは大丈夫なの?」

「う~ん、大丈夫かって言われると大丈夫じゃない⋯⋯かな。実里が事業の資料を纏めはじめた頃から、もしかしてって覚悟してたんだけど、いざ会えなくなると寂しくて。一日中思い出してばかりだよ。イリスは?」

「わたくしもシモンと同じ。寂しいけれど、どうにもならないから諦めてるだけで⋯⋯セオドアセオじい様やタチアナターニャ婆様も同じように仰っておられたわ。
オーレリア様は実里が消えてからお部屋に籠っておられて、誰とも会おうとなさらないみたい」



 実里がいなくなりミリーが目を覚ましたと最初に気付いたのは侍女のハンナだった。

「ミリーさん⋯⋯いえ、ミリー様ですね、ここがどこかお分かりですか?」

「うん、ぼやっとだけど見えてたの⋯⋯あなたは侍女のハンナね」

 執事が連絡をするとマーサは取るものも取り敢えずミリーの元に駆けつけ、抱きしめあった2人はお互いの名前を呼び続けながら滂沱の涙を流した。

「マーサ、もうどこにも行かない?」

「はい、実里様のお陰でこれからはずっとお側でお仕えできるようになりました』

「うん、実里はね『必ずマーサに会えるからね』っていつも言ってくれてたの」

 平民となり極刑を言い渡された元ミッドランド侯爵夫妻は牢に収監され、ナイジェルとユーフェミアは修道院に送られた。

 ミッドランド侯爵家が手出しできなくなるまでただ待つ事しかできなかったマーサは、3歳で心を閉じ込めてしまったミリーの心の支えとなり、9年分の知識や常識を学ばせる為にその日からミリーの家で働く事になった。

「実里様はミリー様の目が覚めたら必ず迎えに行くと仰って下さいましたが、もうお会いできないだろうと諦めておりました。実里様への感謝の気持ちを胸に精一杯お仕えさせていただきますね」

 使用人達がミリーの着替えを手伝い食事を運ぶと、ナイフとフォークを見たミリーは途方に暮れていた。

(本当にミリーなんだわ)

 実里のいた世界では貴族は別の国にしかいない遠い存在で『様』をつけて呼ばれるのは居心地が悪い⋯⋯と言っていた実里の希望で使用人達はミリーと呼んでいた。

 目が覚めたミリーの事を使用人達がミリー様と呼ぶのは、今まで仕えていた実里とは別の人格だから。

 使用人との距離感を見誤っては申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、些細な変化にも気付いて礼を言う。真っ直ぐで優しくて臆病だったのが『さん』付けで呼ばれたがった実里。

 年齢よりかなり幼い話し方で屈託のない笑顔を浮かべ、全ての事に興味を引かれては『あれは?』『これは?』と聞きたがる。素直でまっさらなのが『様』付けで呼ばれているミリー。



 読み書きの勉強からはじめなければいけないミリーが心身の疲労により病に倒れたという理由で学園を退学すると、ミリー実里に会いたいテオドール皇子やギルバートが何度も屋敷にやって来るようになったが面会は勿論拒否している。

 実里が蓄えた資産や株などの収入により安定した生活基盤が整っているミリーは、いずれ家庭教師を雇い他国へ留学する予定でいる。

 ミッドランド侯爵家の爵位はミリーが成人するまで王家預かりとなり、アーバスノット公爵は今でもミリーの後見をしている。

『これからミリーがどのように育っていくのか⋯⋯今後を見てからでなければ何も決められないが、当面はこのままで』



「実里があんなに大切にしてたミリーに会ってみたい気もするけど、興味本位で会いに行くのは失礼だと思うし⋯⋯会いたいのは今のミリーじゃないから難しいよね」

「ええ、ミリーは何も悪くないのだけど、ミリーに会えば彼女の言動の中に実里の面影を探してしまいそうなの⋯⋯実里がミリーの事を心配していたから幸せになって欲しいとは思っているし、必要であれば手を貸したいと思っているけれど⋯⋯会うのはもう少し時間が必要だわ」

 オーレリアはまだミリーとの関係を一切断っている。

「実里はわたくしにミリーを会わせたいと願ったの。その理由は分かっているけれど、今のわたくしには荷が重すぎて⋯⋯」



 実里が消えたミリーのいる世界は予想とは少し違っているけれど⋯⋯少しずつ確実に動きはじめている。

 ひとりぼっちの実里は真っ暗な熊の巣穴ギルド長室の隅で膝を抱えていた。

(熊たちは時間が経てば落ち着くはずだし、ミリーにはマーサさんがいるからもう大丈夫⋯⋯私はどうなるんだろう⋯⋯元の世界に戻れるのかな?)










 聞き慣れた音楽と小さな振動音が聞こえふっと目の奥が明るくなった。

「ん、うぅぅ⋯⋯携帯の着信音か」

 丸くなっていた身体を伸ばしてベッドから足を下ろした実里は、パソコンの横に置いた携帯を取り上げた。

「もしもし、あ、お世話になってます。え? あの、ちょっとトイレに⋯⋯はい、すみません。いやいや、大丈夫でしたから⋯⋯はいそうです⋯⋯そうですよね。病院に行って診断書を貰っておきます⋯⋯はい、分かりました⋯⋯えーっと、大丈夫です⋯⋯はい、よろしくお願いします」

 電話の主は弁護士の小寺だった。実里の携帯から送られて来た家族との内容を聞き、慌てて何度も電話していたらしい。

 今後また同じような言動を取られない為に脅迫罪で訴えるべきだと言われてお願いする事にした。



 電話を切った後、キッチンに立った実里は鍋に水を入れて火をつけた。

(あんまり時間は経ってないみたい。多分だけど『夢だけど、夢じゃなかった!』ってやつだよね。映画ではメ◯ちゃんが楽しそうに言ってたよな~)

 夢や妄想ならもっと違った展開になっていた気がする。実里の願いではミリーの周りにはもっと人がいたはずで⋯⋯。

(私が突撃した時とか初めからみんな親切だったから⋯⋯少し時間がかかるって事かもね。マーサさんがいるなら絶対に大丈夫だもん。さあて、ラーメン食べて仕事しなくちゃ。あ、その前に病院かぁ)

 今日のノルマは半分以上残っている。今日は徹夜かもと言いながら、ラーメンの袋を破って湯に放り込んだ。

(卵は⋯⋯う~ん、今日はやめとこう。節約節約)



 長期に渡った裁判は一部が示談となり、その他は完全勝利で終わりを迎えた。これほど長くなったのは高野と松井が控訴したから。

(元凶はお前らだろうがぁぁぁ⋯⋯って叫びたかったよ、マジで)

 これからは、弁護士費用が払えなくなる恐怖に魘されず眠れるようになると、小心者の実里は胸を撫で下ろした。

(長かったなあ。まさかこんなに時間がかかるとは⋯⋯だってもう24歳なんですけど? 今から仕事探し⋯⋯職安にでも行ってみるか。あ、ハローワークだね)



 以前、旅行に行ってオートバイの免許を取ろうかと考えたが『無駄遣い、禁止』だと却下した実里は、今度こそ旅行くらいは行ってみようと気合を入れて近場の温泉地の情報をググりはじめた。

(レンタカーより電車が安い、日帰り温泉⋯⋯近場のスーパー銭湯でいいかも。スーパー銭湯ってどんなとこか気になるし。
う~ん、明日もうちょっと調べてみるかな。お祝いって事で、人生で一度くらい豪勢なおでかけをしてもいいような⋯⋯スーパー銭湯が豪華ってホントに庶民だよな~)

 パソコンの電源を落とした実里は、シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。





「いつまで寝てるの!? さっさと起きなさいよ、仕事が溜まってるんだからね!!」

 バサっと毛布を剥ぎ取られた実里は、仁王立ちしている女性をボケ~っと見上げた。

「えーっと、どなたさん?」

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