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第一章 マーサと共に

01.明け方の夢は正夢

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「ピピピ⋯⋯トゥルトゥルル⋯⋯チュンチュン⋯⋯」

 マーサの手の温もりが消えると、深い眠りの中にいるミリーの手が何かを探し始めた。

(⋯⋯誰もいない⋯⋯また、独りぼっち)





「まあ、大きゅう大きくなって! お兄ちゃんはイケメンじゃし、お姉ちゃんはますます美人になったねえ⋯⋯実里みりちゃんは⋯⋯えーっと、その⋯⋯元気そうじゃねぇ」

 実里と呼ばれた少女は『兄と姉が褒められたなら次はきっと自分の番』と張り切っていたが、年嵩の婦人の苦笑いを見ながら子供心に違和感を感じた。

(お兄ちゃんやお姉ちゃんが言われたのとなんか違う気がする⋯⋯なんでだろ?)

「ブスじゃけん⋯⋯実里だけ褒めようがなかったんだぁ。超ウケるぅ」



 次のシーンにはお正月用の着物を広げる母親と、その手伝いをする実里がいた。

 大好きな着物が着られるお正月を楽しみにしている実里には心密かに狙っている野望があるらしく、興奮と緊張で少し顔を赤くし両手を強く握りしめていた。

(ほんのちょっぴりだけで良いけんってお願いしたら大丈夫かも⋯⋯今年こそ)

 実里の心に浮かんでいるのはもうすぐ目にするはずの簪⋯⋯お正月の準備が終わった頃、一年間大切にしまっている簪を母が出してくるのだが、その簪は姉用と妹用が決まっている。

(丸い玉飾りが一つだけの私用じゃなくて、藤の花が垂れてるお姉ちゃんの簪をさしてみたい⋯⋯今年こそ⋯⋯)

「これ、綺麗じゃねえ。ちょっとだけつけてみたらいけん? 外にはいかんし、つけて鏡で見るだけでええけん」

「ダメダメ! コレはあんたの顔には似合わんけん」



 家族揃っての食事の風景に切り変わると⋯⋯両親が兄と姉の小さい頃の思い出を話していた。

 悪戯っ子だった兄のしでかした騒ぎやご近所まで巻き込んだとんでもない武勇伝。近所に住む老婦人に可愛がられていた姉の逸話の数々と、姉を守る為に兄が奮闘した話。

 楽しそうに目を細めて語る両親だったが、実里の幼い頃の話だけは出てこない。

「ねぇねぇ、私のちっちゃい頃はどんなだった?」

「あんたの事? うーん⋯⋯覚えとらんねえ」

「なんでもええけん、一個くらいないん?」

「あ、そう言えば⋯⋯仕事の邪魔になるけん、腰紐で縛って柱に繋いどったら、涙と鼻水だらけで寝とった。あれは流石に可哀想じゃったねえ。でも、煩いし仕事にならんしで、しょうがなかったんよ。今やったら『虐待だ!』って騒がれたんじゃろうけどねぇ」

 へらっと笑って当たり前のように別の話をしはじめる母と、引き攣った笑いを浮かべる実里。



 次のシーンでは⋯⋯黒くて四角い箱の中で、赤ちゃんが産まれて喜ぶ男女が何か話している。

(そうか⋯⋯赤ちゃんが産まれるって嬉しい事だよね。私の時だってお母ちゃんは喜んでくれたはず⋯⋯)

「妊娠がわかった時? 3人目はいらんかったけんねえ、しもうた~失敗したって思うたんよねぇ。それなのにアンタがなかなか産まれんけん、出産の時に『この子に殺される』って本気で思ったんよ」



 人が来た時に顔を出すなと言われているシーン、父が姉と手を繋いでいる場面が何度も映し出される。

 ある時、実里が勇気を振るって父の手に触れると、思いっきり振り払われていた。

「わ、私もお父ちゃんと手を繋いでみたいな~。片方はお姉ちゃんと繋いどるけど、反対の手はほら、空いとるし」

 父は黙ったまま実里の顔を見つめ、空いた方の手をおもむろにポケットに突っ込んだ。


 小学生の姉を膝に乗せる父に『私も』と強請り、鼻に皺を寄せて横を向かれている実里。


「旦那さんは男前じゃし奥さんは美人じゃし、お兄ちゃんも娘さんも可愛いねえ」

「いや~、上の子らはええんじゃが⋯⋯下の子はのう」

「ほんまにねぇ、誰に似たんか分からんのよ」



 新品の洋服は姉が買ってもらい、妹は姉のお下がりを着るのはごく当たり前の時代らしいが、姉より背が高い実里は何故か男物のポロシャツを着せられていた。

 可愛い服を買ってもらい満面の笑みを浮かべる姉と、兄のシャツを着せられて不貞腐れている実里。

「実里に可愛い服はどうせ似合わんけん、ちょうどええじゃろ?」



 くるくると移り変わるシーンの中で少しずつ成長していく実里達だったが、のびのびと青春を謳歌する兄姉の笑顔の後ろで、実里はいつも暗い顔で唇を尖らせていた。

 理由が分からないまま関心を引こうと試行錯誤している実里。

 見た目はどうにもならないからと勉強を頑張ったが、優秀な兄や姉には勝てず両親の感想は『ふーん』で終わっている。

 没個性なのかもとキャラ作りを頑張っては『なんかウザい』と鼻に皺を寄せられていた。

 明るいキャラに徹すると『うるさい』『たまには静かにできんの?』

 子供は親に愛されるはずだと信じている実里が『私の何かがいけないんだ』と試行錯誤する姿は、夢の中だと分かっていても痛々し過ぎて目を背けたくなる。



 唯一成果を残したのは⋯⋯親孝行な娘バージョンだったが、都合が悪い時の処理係で便利に使われただけ。面倒な事や断りにくい事が起きると⋯⋯。

下の子実里がうるさいけん、うちは手伝えんわ~。ごめんね~』

下の子実里がダメじゃって言うんよ。言い出したらあの子は聞かんけん⋯⋯すぐ癇癪起こすし。ごめんね~』

 そのお陰で、実里は親戚や近所の方から『我儘な子』『癇癪持ち』だと言われ始めたが、実里はそれでも良いと思っている。

(お母ちゃんの役に立てとるけん)



 躾だと言う体罰は3人の中で一番厳しく見えた。叩かれすぎて椅子に座れなくなる、物が飛んでくるのは日常茶飯事だった。

「実里は強情じゃけん、コレくらいせんと意味がないんよ」

「実里はすぐに忘れるけん、これぐらいしといたら次は忘れんじゃろ?」

 一晩中押し入れに閉じ込められるのはよくあるお仕置きだったが、外に追い出されて夜を明かした時よりもマシだと思っていた実里の耳に、母の満足げな声が聞こえてきた。

「実里は暗い所を怖がるけんねえ、これが一番手っ取り早いんよ」



 何をやってもほとんど叱られて終わり、兄や姉からは笑われるだけ。

「あんたがブスでバカじゃけん、いけんのんダメなのよ。超惨め~」

「不細工なくせに要領も悪いし、やるだけ無駄無駄」

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