【完結】婚約者取り替えっこしてあげる。子爵令息より王太子の方がいいでしょ?

との

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33.知らないことがいっぱい

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 本を前にカチカチに固まっているエリーの横でマイラはエリーを急かす事なく別の本を読んでいる。

「今がヨーソローよね。ガレオン船を見に行った時マイケルがまっすぐ進む時の掛け声だって教えてくれたんだもの。進む方向間違ってない時はヨーソロー」

 小声でぶつぶつと独り言を呟くエリーの横でマイラは気付かないふりをしていた。エリーは内心で『やっぱり確定ね』と思いながら今後必要になりそうな本のタイトルと筆者名を書き写していった。


 印章に記載されている紋章と本に記載されている紋章は逆になっているので並べて見てもエリーには全くわからなかった。周りの目を伺いながらこっそりと印章を紙に押して確認してみると、大きさが違うだけで細かい紋様までピッタリと合っていた。

「お祖母様の仰った通りでした。お祖母様はチラッとご覧になっただけなのにどうしてお分かりになったのかしら。とても複雑な紋様なのに」

 エリーが不思議そうに首を傾げるとマイラが口元を覆い笑いを堪えた。

「その国特有の特徴とか色々見分ける方法があるんですって」

 貴族や聖職者位しか使わなくなった印章だが識字率の低かった時代にはギルドや農民まで印章を使っていた。作られた時代によってはラテン語が入ったものだったり簡単な図案や頭文字だけの物もあった。

「お母様は昔からお仕事で色々な印章を見かけることがあったから段々と見分けがつくようになったそうよ。但しこの話をするとお母様はご機嫌が悪くなるから内緒。ご自分の年を思い出すからお嫌なんですって」

 印を押した紙を丁寧に畳んでポケットにしまい図書館を出た。

「お母様のお気に入りのパンデピスを買って帰りましょう」

「パンデピス?」

「香辛料と蜂蜜のはいったお菓子でね、向こうの通りに凄く美味しいお菓子屋さんがあるの」

 図書館のある大通りから左にそれて細い道を歩くと窓にレースのカーテンのかかった可愛いお店が見えてきて甘い香りが漂ってきた。

「桃の匂い! 確かお祖母様はお好きだったような気がします」

「大正解、桃のタルトがあったらパンデピスと一緒に買って帰りましょうね」


 6人程の列に並び店の中に入ると品よく並べられた沢山の種類のお菓子が目に入った。香ばしいバターの香りや甘い砂糖と季節の果物の匂いが漂い、コンフェッティ焼き菓子はプレーン・チョコチップ・アーモンド。タルトもラズベリー・オレンジ・桃等々。

「それぞれのお菓子の数が少ないでしょう。ここにあるのは見本のようなものでね、注文すると奥から持ってきて包んでくれるのよ」

 この方法だと売り子には余分な手間が増え一人一人の接客にも時間がかかるが、日の当たる店先に並べておくよりもそれぞれのお菓子に適した保存状態に置いておきたいと言う店主のこだわりらしい。
 オープンしてから繁忙期も含めてこのやり方を徹底しているので休日やお祝いの時期には店の前に長い行列が出来る。

「我が家でもしょっちゅう並んでるけど今日はまだ混む前でラッキーだったわ」

 エリーは大ぶりなグラスに立っている揚げパンのようなものを見つけて立ち止まった。

「叔母様、これは?」
「それはチュロチュロス。羊飼いがパンの代用として作りはじめたって言われててナバホ・チュロって言う羊の名前からチュロって名付けられたんですって。
少し買って帰る? 濃いホット・チョコレートに浸して食べると美味しいのよ」

 その横にあるのはマカロンダミアン。アーモンドペースト・卵・蜂蜜から作られアプリコットジャムやバニラエッセンスを加えたものが並んでいた。


 いくつかのお菓子をラッピングして貰い店を出るとさっきよりも行列が長くなっていた。

「この国には遠くの国からやって来た学生や研究者がいっぱいいるから、彼らがその国の特産品とかを教えてくれるの。お陰で珍しいお菓子やお料理が沢山あるのよ。気を付けないとあっという間にドレスが入らなくなりそう」


 大通りをタウンハウスに向かって歩いていると何かを食べながら歩いている数人の学生とすれ違った。ふわっと漂ってきた油の匂いにエリーが首を傾げた。

「あれはオリークックドーナツ。小麦粉・砂糖・卵で作った生地を酵母で発酵させてラードで揚げてあるの。安くて腹持ちがいいから学生に人気のおやつなの」

(サロニカに来て2年以上経ったけど知らないことがいっぱい・・)


 タウンハウスの近くまで帰ってきた時コーチと呼ばれる4頭立ての4輪大型馬車が近くを通り過ぎるのが見えた。高位貴族が乗っているのだろう、派手な装飾と家紋をつけた馬車は窓のカーテンをきっちりと閉めて混雑した馬車道を強引に進んで行く。
 交差点で道を横切ろうとしていた人に警笛を鳴らしスピードを落とすことなく走り去って行った。

「随分と乱暴ね。あれじゃあ怪我人が出ちゃうわ」

 マイラは眉を顰め小さくなった馬車を睨みつけた。



「マイ・・彼はどうしてあんな大切な物を持ってたんでしょうか? それに私に預けるなんて」

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