【完結】不貞三昧の夫が、『妻売り』すると聞いたので

との

文字の大きさ
8 / 8

08.変わりゆく女達

「へえ、トンプソン侯爵家は伯爵家の乗っ取りを企てているのかな?」

 聞き覚えのある声に驚いた者達が、入り口に向かって一斉に頭を下げた。

「ア、アーノルド殿下! トンプソン家はそのような事など考えてもおりません。あの女が勝手に言っているだけでして⋯⋯」

(あ、トンプソン卿だわ。今までどこにおられたのかしら⋯⋯最近は特に頭が薄く⋯⋯影が薄くなられたから、気付かなかったわ)

 デレクがやらかし始めてから、ベンディング公爵家の護衛に捕まっていたせいで、何も出来ずにいたトンプソン卿は、この状況をどうすればいいのか必死で考え始めた。

(このままあの女のせいにして押し切る。それがダメなら⋯⋯アイラに押し付けるか。騒ぎを大きくして、枢機卿や議員を怒らせてるんだし⋯⋯いや、待てよ。ここでアイラを庇って恩を売れば、クロムウェルが機嫌を良くして、融資の話に乗ってくるかも⋯⋯)

 嫡男と一緒に事業の立て直しに奮闘していたトンプソン卿は、デレクの教育を妻に丸投げしていた。元々『たかが愛人如きで騒ぐなんて』と思っていた事もあり、気にするほどのことではないと思っていた。なにしろこの国の男達共通の考えは⋯⋯。


『男の不貞は許される。不貞如きでは誰にも裁かれない』


「はぁ、だから言ったのに⋯⋯アーノルド殿下に聞かれたんじゃ褫爵ちしゃく確定だな」

 トンプソン家嫡男の溜め息と呟きが聞こえてきた。嫡男のハワードは父に何度も『デレク』をなんとかしようと言っていたが、今はそれどころじゃないと聞く耳を持たなかった。

「あらあら、アーノルド殿下は優秀だと聞いておりましたのに⋯⋯案外、抜けておられるのねぇ。残念な方だわ」

 夫と息子が夜中まで仕事をしていても全く気にせず、自分とデレクは勝手放題しているテレーザは、いまだに現状が理解できていない。


『仕事仕事⋯⋯二言目にはそればかりで、話し相手になってくれるのは、デレクだけだもの』

『たかが愛人を作ったくらいで騒ぐなんて⋯⋯女が本を読むのは家庭不和の元だと言うのは本当ね』


 聡い女は嫌われる、勉学など必要ないと言われて育った弊害がここに出ている。不貞が許されるのは男の特権だと、刷り込まれて育った貴族の見本でもある。



「愛人のせい? デレクが『妻売り』を言い出したと聞いたが?」

(マズいマズい⋯⋯この場をなんとか誤魔化して⋯⋯いや、やっぱりアイラのせいにするしか!)

「あ、あ、あれは⋯⋯単なる冗談で⋯⋯デレクはすぐに辞めるつもりでしたが、アイラが話を大きくしたのでございます。ベンディング公爵家のパーティーで騒ぎを起こすなど、貴族としてあり得んですなあ。は、はは」

 トンプソン卿は、デレクが大声で話し始めた瞬間から、自分達がベンディング公爵家の護衛に捕まっていた事をすっかり忘れている。それはデレクが騒ぎを起こす事を知っていて、止める気がなかった⋯⋯止めさせないようにしたという事なのだが。

「アーノルド殿下、デレクの目論見を知る証人がおりますの。レオン・マーベラスとビリー・ノッティスとケニー・バーミングハムの3人は殿下の御前へ」

 ベンディング公爵夫人の冷ややかな声で、真っ青な顔で恐る恐る前に出てきた3人は、アーノルドの前で膝をついた。

「「「申し訳ございません!」」」

「さて、詳しく話してもらおうか?」



 デレクから『妻売り』の競りに誘われた経緯をレオン達が語り始めた。

「酒の席での戯言だと思っていたのですが⋯⋯競りに参加して欲しいと言われ⋯⋯ですが、あれが本当の話だとは、今日の今日まで想像もしておりませんでした」

((終わった⋯⋯トンプソン侯爵家はもうお終いだ))

 トンプソン卿と嫡男は呆然と立ち尽くした。

「あ、あの! 今日の事もレオン達に話した事も⋯⋯父上が申し上げた通りほんの冗談だったんです。アイラが遮らなければ、ちょっとした悪ふざけだとお伝えするつもりでした! アイラもクロムウェル伯爵家も愛人如きで文句を言うんです。この国の法律が理解できてないから、短絡的な奇行に走ったんだと思います。すごく残念な頭の持ち主だと言わざるを得ません」

 殿下の叱責を恐れたデレクが父親の話に乗っかってきた。





「アーノルド殿下、発言を宜しいでしょうか」

「もちろん」

「今回の『妻売り』については、なんの問題ないと思っております。デレクの企みは事前に把握しておりましたので、両者の合意と言っても過言ではないと思います。ただ、競りが本当に行われても、誰にも買われるつもりなどなく⋯⋯自分で自分を競り落とすつもりでおりましたが。
夫と妻のどちらかが強行した『妻売り』は不幸を呼ぶでしょうが、両者が共通した考え待っていたのですから、今回は祝福すべき祝い事に近いのではないでしょうか。
デレクは私を売って愛人のキャロさんと結婚したいと考え、私は不貞しかしない夫と縁を切るチャンスだと捉えました。『夫売り』になりましたが⋯⋯『妻売り』が長い間、庶民の方々の中で生き続けてきた理由を、垣間見た心地でございます。
今回、『妻売り』の当事者の身にされると聞いてから、色々と考えて参りました。縄を付けたり『妻を売る』事へのイメージで、悪習だと思われているだけ⋯⋯やむにやまれぬ事情や、切実な悩みを抱えた者達の『逃げ場』になっている可能性もある気が致しました。
不貞を続ける夫と卓床離婚できていた私は、それさえ許されないご夫人の方々に比べれば幸運でしたが、男女の差別をなくす法案が可決されることを祈らずにいられません」






 この騒ぎが影響したのかどうかは不明だが⋯⋯議会で取り上げられるたびに保留となっていた『離婚理由の男女格差』が撤廃されたのは数年後の事。

 内容は『不貞に関するもののみ』と言う限定的なものではあったが、多くの女性を救ったのは間違いない。


『不当な扱いを正す為には、女性にも知識が必要』


 政治は男の世界だと言う風潮の中で、より知識を身につけるべきだと言う考えが生まれ、女子修道院へ行く者や、聖職者や大学講師を家庭教師にする令嬢が増えはじめた。

 女子向けのパブリック・スクールができるのは、まだかなり先のこと。



 デレク? もちろん⋯⋯夫の不貞による離婚第一号になりましたとも。

『次は、女当主を認めさせることができれば、問題が減ると思うのよね~』

 アイラの笑みを見たリチャードが大きな溜息をついた。

『お前は一体、どこを目指してるんだか⋯⋯』




 《 Fin 》
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

たかっち
2024.04.07 たかっち

との先生、こんばんは( ^ω^ )
いつもお世話になっております(^人^)‼︎
相変わらずのキレッキレな文章に、ついつい魅入ってしまいました✨
本当、宗教が力を持つと厄介な事例の一つだなぁと考えさせられる作品で感嘆致しました‼︎
そしてその権威を私物化する、俗物な自称男性神官の多い事多い事…結局世の9割の男性は下半身に脳が付いているのですねー(←お目汚し失礼致しました🙏💦)
聖書で「神は男を創り、次に女を創った」とありますが、男性優位だと神が定めたならば、聖書に何故「男性同士の性行為は禁ずる」とあるか、その辺りも俗物枢機卿様にご説明頂きたかったですねw優位な存在同士なら、交わっても良いじゃないか、ってなりますよね‼︎
それに人類は面白い事に、大昔は象のような集まり方をしていたらしいです。何でも性行為によって、子供が出来るという知識が無かったので、昔は男性が子供を作る事が出来ない事に不思議がり、結果次世代である子供を生む事が出来る女性が優遇されていたらしいです。なので、人は女性が中心となって集落を形成して、男性は単身赴任みたいな、「通い夫」状態だったとか。弥生時代までは「父親」という言葉も無かったようです。それが時代と共に、源氏物語のような婚姻スタイルになって…という流れらしいです( ^ω^ )b
まぁそれはともかく、偉っそーにしてる男性だって、母親という存在が無ければ存在出来ないのですから、筋力や体格が良いだけで「男が女より優位だ!」なんて言って欲しくないですよね‼︎そこまで豪語するなら、悪阻から出産まで経験して、ワンオペ子育てしてから言えよ、って話ですよね( ^ω^ )‼︎
長々とお目汚しな長文失礼致しました🙏💦
との先生の作品はいつも愉快で爽快感が凄まじく得られるので、日々の糧にさせて頂いております( ^ω^ )
季節の変わり目ですので、体調には充分お気を付けてお過ごし下さいませ(^人^)

2024.04.12 との

ありがとうございます。
ある作品の資料集めをしていた時しった『妻売り』です。長編でも面白そうだと思いましたが、短編でサクッと作ってみました。楽しんで頂けたならとても嬉しいです\(//∇//)\

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結】 ご存知なかったのですね。聖女は愛されて力を発揮するのです

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 本当の聖女だと知っているのにも関わらずリンリーとの婚約を破棄し、リンリーの妹のリンナールと婚約すると言い出した王太子のヘルーラド。陛下が承諾したのなら仕方がないと身を引いたリンリー。  リンナールとヘルーラドの婚約発表の時、リンリーにとって追放ととれる発表までされて……。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

政略結婚のルールくらい守って下さい

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

私は『選んだ』

ルーシャオ
恋愛
フィオレ侯爵家次女セラフィーヌは、いつも姉マルグレーテに『選ばさせられていた』。好きなお菓子も、ペットの犬も、ドレスもアクセサリも先に選ぶよう仕向けられ、そして当然のように姉に取られる。姉はそれを「先にいいものを選んで私に持ってきてくれている」と理解し、フィオレ侯爵も咎めることはない。 『選ばされて』姉に譲るセラフィーヌは、結婚相手までも同じように取られてしまう。姉はバルフォリア公爵家へ嫁ぐのに、セラフィーヌは貴族ですらない資産家のクレイトン卿の元へ嫁がされることに。 セラフィーヌはすっかり諦め、クレイトン卿が継承するという子爵領へ先に向かうよう家を追い出されるが、辿り着いた子爵領はすっかり自由で豊かな土地で——?

愛は全てを解決しない

火野村志紀
恋愛
デセルバート男爵セザールは当主として重圧から逃れるために、愛する女性の手を取った。妻子や多くの使用人を残して。 それから十年後、セザールは自国に戻ってきた。高い地位に就いた彼は罪滅ぼしのため、妻子たちを援助しようと思ったのだ。 しかしデセルバート家は既に没落していた。 ※なろう様にも投稿中。

婚約者は妹のような幼馴染みを何より大切にしているので、お飾り妻予定な令嬢は幸せになることを諦めた……はずでした。

待鳥園子
恋愛
伯爵令嬢アイリーンの婚約者であるセシルの隣には『妹のような幼馴染み』愛らしい容姿のデイジーが居て、身分差で結婚出来ない二人が結ばれるためのお飾り妻にされてしまうことが耐えられなかった。 そして、二人がふざけて婚姻届を書いている光景を見て、アイリーンは自分の我慢が限界に達そうとしているのを感じていた……のだけど!?

【完結】あなたが妹を選んだのです…後悔しても遅いですよ?

なか
恋愛
「ローザ!!お前との結婚は取り消しさせてもらう!!」 結婚式の前日に彼は大きな声でそう言った 「なぜでしょうか?ライアン様」 尋ねる私に彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべ 私の妹マリアの名前を呼んだ 「ごめんなさいお姉様~」 「俺は真実の愛を見つけたのだ!」 真実の愛? 妹の大きな胸を見ながら言うあなたに説得力の欠片も 理性も感じられません 怒りで拳を握る 明日に控える結婚式がキャンセルとなればどれだけの方々に迷惑がかかるか けど息を吐いて冷静さを取り戻す 落ち着いて これでいい……ようやく終わるのだ 「本当によろしいのですね?」 私の問いかけに彼は頷く では離縁いたしまししょう 後悔しても遅いですよ? これは全てあなたが選んだ選択なのですから