男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園

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22話 再会と一年間の契約

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(アルト視点)
 
 翌日。
 俺は、重い足取りで講義を受けていた。
 昨日、地下書庫に王女は来なかった。
 その事実が、俺の中で予想以上に大きな空白を作っていた。
 
 ……何を期待していたんだ、俺は。
 教科書の文字が、上滑りしていく。
 彼女にとって俺は、一時的な暇つぶしだった。
 飽きたのだ。
 それで終わり。それだけの話だ。
 
 むしろ、監視が解けて清々するはずなのに、なぜこんなにも胸がざわつくのか。
 講義が終わる。
 いつもなら、逃げるように図書館へ向かう時間だ。
 だが、今日の俺は迷っていた。
 
 行っても、また誰もいないかもしれない。あの空席を見るのが、今の俺には酷く辛いことのように思えた。
 ……いや、行こう。
 俺は、自分に言い聞かせるように強く思った。
 勘違いするな。俺は、あいつに会いに行くわけじゃない。
 
 あの地下書庫には、まだ読みかけの書物がある。俺の知的好奇心を満たす、貴重な知識がある。
 あくまで、「いつもの勉強」をしに行くだけだ。
 彼女がいようがいまいが、関係ない。
 そう、関係ないんだ。
 
 俺は努めて無表情を作り、いつものように図書館の地下階段を下りた。
 重い鉄扉を開ける。
 ギィィィ、という音が響き渡る。
 
 ……誰もいない。
 いつもの席には、読みかけの本だけがポツンと置かれていた。
 静寂。
 カビと埃の匂いだけが、俺の鼻腔を満たす。
 ……ふん。やっぱりな。
 
 俺は、胸の奥に湧き上がった落胆を、無理やり「安堵」だと思い込んだ。
 これでいい。これで、勉強に集中できる。
 俺は椅子に座り、本を開いた。
 だが、活字を目で追っても、内容がまったく頭に入ってこない。
 耳が、無意識に扉の方角へ向いてしまっている自分に気づき、自己嫌悪で舌打ちをした。
 
 その時だった。
 バァンッ!
 静寂を切り裂くように、鉄扉が荒々しく開かれた。
 カツ、カツ、カツ! と、焦ったようなヒールの音が近づいてくる。
 俺は驚いて振り返った。
 
 そこに、彼女がいた。
 リリアーナ王女が、息を切らせて立っていた。
 いつもは完璧に結い上げられている金髪が、少し乱れている。
 頬が紅潮し、肩が大きく上下している。
 
 ……走ってきたのか? 王女様が? ここまで?
「……リリアーナ様?」
 俺の言葉に、彼女は泣きそうな顔で、しかし安堵したように微笑んだ。
「……よかった。いらっしゃらないかと……」
 彼女は、よろめくように俺の隣の椅子――いつもの彼女の席――に手をついた。
 
「……今日も、来ないと思っていました」
 俺は、本から目を逸らしたまま、ぶっきらぼうに言った。
 責めるつもりはなかった。だが、口をついて出た言葉は、自分でも驚くほど拗ねた響きを含んでいた。
 
「ごめんなさい。……昨日は、どうしても外せない用事ができてしまって」
「……そうですか」
 俺はそれ以上、詳しくは聞かなかった。
 どうせ俺には関係のない、高尚な公務だろう。
 
 俺が知る必要もないことだ。
 彼女の声が、僅かに震えているのを感じ、俺は、思わず顔を上げた。
 彼女の蒼い瞳には、昨日までの知的な輝きとは違う、切羽詰まった「決意」のような色が宿っていた。
 
「アルト様。……お願いがあります」
 彼女は、俺の机に身を乗り出した。
 その手が、俺の袖を掴む。
 震えている。
 
「私と、契約をしてくれませんか?」
「……契約?」
「ええ。……一年間。たった一年でいいのです」
 唐突な期限。
 俺は眉をひそめた。
「一年……? なぜ、そんな期限が?」
 
 彼女は一瞬、視線を彷徨わせたが、すぐに俺の目をまっすぐに見つめて言った。
 何かを隠しているような、けれど嘘ではない、真剣な眼差しで。
 
「私に、貴方の『知識』を貸してください。この世界の理不尽な常識を覆すための、貴方だけの知恵を」
「……何のために?」
「私自身のため。……そして、私の『未来』を切り拓くためです」
 
 彼女は、具体的な理由は語らなかった。
 だが、その悲痛な響きだけで、彼女が巨大な何かに押しつぶされそうになっていることは分かった。昨日何かあったのだろう。彼女は昨日何があったのか話さなかったが、何となくそう思った。
 
「私は、今のままではいけないのです。ただの『お飾り』として、誰かに守られて終わるなんて、嫌なのです。……貴方となら、変えられる気がするの」
 貴方となら。
 その言葉が、俺の心臓を冷たく鷲掴みにした。
 俺の警戒心が、最大音量で警報を鳴らす。
 
 ……まずい。
 彼女は、俺を過大評価している。
 いや、違う。もしかしたら、勘付いているのか?
 俺の「無限の魔力」に。
 もし、彼女が求めているのが「知識」ではなく、俺の隠し通している「力」だとしたら?
 
 そんなものに関われば、俺の人生は終わる。実験体か、あるいはもっと悲惨な「道具」として。
 俺は、彼女の手を、そっと、しかし拒絶の意志を込めて外した。
「……買い被りです」
 俺は、冷たく言い放った。
 
「俺には、何もできません」
「え……?」
「俺は、ただの没落貴族の一人息子です。魔力もなければ、権力もない。あるのは、少しばかり頭でっかちな知識だけだ」
 俺は、自分自身に言い聞かせるように、言葉を重ねた。
「貴女の運命を変える? そんな大それたこと、俺にできるはずがない。……俺には、そんな力はありません」
 
 力はない。
 そう言いきらなければならなかった。
 もしここで頷けば、俺は「力ある者」として、表舞台に引きずり出されてしまう。
 それは、俺が最も恐れていることだ。
「買い被りすぎです、殿下。俺は、貴女が期待するような英雄じゃない」
 
 俺は、本を閉じ、立ち上がろうとした。
 逃げなければ。これ以上、彼女の熱に当てられてはいけない。
「……違います!」
 
 リリアーナが、俺の前に立ち塞がった。
「英雄なんて求めていません! 魔力なんて、どうでもいいのです!」
「……っ」
「私が欲しいのは、貴方のその『視点』なのです! 誰もが『常識』だと諦めていることを、『物理現象』として、『拒絶反応』として、冷静に解き明かしてみせた、その貴方だけの武器が欲しいのです!」
 
 彼女は、必死だった。
 そして一度も俺の嘘を暴こうとはしなかった。
 ただ純粋に、俺という人間そのものを必要としていた。
「……俺に、何のメリットが?」
 俺は、震える声で聞いた。
 
 拒絶しきれない自分が、情けなかった。
 彼女は、俺が立ち止まったことを見て、少しだけ悪戯っぽく、しかし真剣に微笑んだ。
「貴方の『平穏』は、私が全力で守ります。……貴方が恐れているもの、隠したいもの、その全てを、私の権力《ちから》で守り抜くと約束します」
 
 ……心臓が跳ねた。
 彼女は、気づいている。俺が何かを隠していることに。
 そして、それを「暴く」のではなく、「守る」と言ったのだ。
 これは、脅迫ではない。最強の盾の提示だ。
 
「それに……この地下書庫の禁書、まだ読み終わっていませんでしょう?」
 ……痛いところを突く。
「それに……毎日、美味しいご飯も、お付けしますわ」
 俺は、力が抜けて、椅子に座り込んだ。
 この期に及んで、餌付けかよ。
 
 だが、彼女の提案は、今の俺にとって無視できないものだった。
 一人で秘密を抱えて怯えるよりも、彼女という「共犯者」の庇護下に入った方が、結果として秘密を守れるのではないか?
 
 ……一年、か。
 父との約束は「波風をたたず立派な成績を取って卒業すること」だ。
 王女に関わって、波風を立てないことは難しい。
 だが。
 俺の中の「何か」が、彼女の手を離したくないと叫んでいた。
 
「……分かりました」
 俺は、ため息交じりに答えた。
「ただし、条件があります」
「……なんでしょう?」
「俺の『平穏』を守ること。……それと、昨日のような『無断欠席』はなしにしてください。……待ってる身にもなってほしい」
 
 最後の言葉を言った直後、俺は後悔した。
 なんて女々しいセリフだ。
 だが、彼女はパァッと顔を輝かせ、地下書庫に花が咲いたように笑った。
 
「……はい! 約束しますわ、アルト先生!」
 薄暗い地下書庫。
 俺と王女は、一年間という期限付きの、奇妙な「共犯関係」を結んだ。
 王との「賭け」という、彼女が抱えた秘密の事情など、その時の俺にはまだ知る由もなかった。
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