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~番外小話~
累計ポイント1,500,000突破記念~暗黒のホットケーキ~
しおりを挟む「うぅ……また失敗してしまった」
なぜ私はこんなに料理の腕が壊滅的なんだろう。剣ならいくらでも容易く扱えるというのに。
シルフィーナは真っ白な陶器の皿の上に鎮座する暗黒の物体を見て、落胆した。
ジェラールと共に彼の屋敷で暮らすようになってから約半年が過ぎていた。その屋敷の厨房で、彼女は朝からホットケーキ作りに挑戦してきた……のだが。
「材料を無駄に消費してしまったな……産みたての卵だったというのに……」
手順通りに作ったはずなのに、どこがおかしかったのだろうとシルフィーナはこれまでの作業工程を思い返す。
卵と砂糖を混ぜ、それにミルクを加え、さらに小麦粉をボウルに入れて混ぜるとこまでは良かった。
しかし、シルフィーナはそこで満足しなかった。
――どうせなら、ただのホットケーキではなく、もっと栄養があるものにしよう!
それから彼女は厨房内の食材を見渡し、ほうれん草に似た葉物野菜やなんだかよくわからない乾物、赤や黒の木の実らしきものなど、次々とボウルに投入していった。
そうやって出来上がったものが、この暗黒の物体である。
「……でもまあ、異臭はしないし食べられるものを入れたのだから、害はないはずだ」
だが、この得体の知れない物体をジェラールに食べさせるのは、とても気が進まない。とりあえずシルフィーナは味見をすることにした。
手元にある包丁で、丸いホットケーキを四等分に切り分ける際、ガリガリと硬い手応えがあった。外カリ中ふわと言えば聞こえはいいが、硬い部分はクッキーを思わせる。
辛うじてふわふわ成分が残っている中身も、微妙さが漂う。赤黒く禍々しい色合いだ。なぜか毒入りホットケーキに見えてくる。
「ひとくちだけ……」
右手にフォークを持ち、おそるおそる暗黒の物体に突き立てる。ガリッと硬い音がしてふわふわ部分に到達する。
「誰かいるんですか?」
聞き慣れた声に振り向けば、厨房の入り口にジェラールが立っている。
「ジェラールか」
「何をしているんです?」
そう言いながら彼女のもとに歩み寄ってきたジェラールだったが、皿の上の暗黒の物体を目にすると珍しそうに覗き込んできた。
「なんですか、これ?」
「いえ、あの、これは……ホ、ホットケーキ……」
この暗黒の物体をそう呼ぶにはおこがましくて、シルフィーナの声は尻切れトンボになった。
「これはまた、ずいぶんと変わったホットケーキですね。君が作ったんですか?」
厨房に入ると同時に、そこかしこに置かれた調理器具や卵の殻などを確認済みのジェラールに尋ねられる。
「……はい。今ちょうど味見をしようとしていたところです」
「君が作るなんて珍しいですね。そんなにお腹が空いてるんですか?」
シルフィーナは小さく首を横に振った。
「あなたに食べてもらおうと、思って……でも、こんな不味そうなもの……」
駄目だ。やっぱりこんなものをジェラールに食べてなんて、言えない。名前もわからない食材を入れてしまったし、味見して大丈夫そうなら自分で食べよう……。
シルフィーナの視線が、物悲しそうに皿の上のホットケーキもどきに注がれる。
「どれどれ」
横から持っていたフォークをひょいと掠め取られたかと思うと、ジェラールは暗黒の物体をぱくりと食べてしまった。信じられないと目を見開くシルフィーナの目の前で、彼はもぐもぐと咀嚼し飲み込んだ。
「なっ、なにしてるんですかっ! 吐き出してください!」
焦るシルフィーナへ、すっとジェラールの静止の手が上がる。
「……苦いですね。何を入れたんですか?」
「何って、これと、これと、それと……」
覚えている材料を指差すシルフィーナ。それを確認したジェラールは納得行ったという風に、頷く。
「なるほど。なぜこれらを入れようと思ったのか謎ですが、解説してあげましょう。このホットケーキが赤黒くなった原因は、この木の実の色の成分が溶け出したからですね。苦味はこちらの葉物野菜たちと、もう一つ……本当にこれも入れたんですか?」
ジェラールが指さしたのは、なんだかよくわからない乾物だった。一見すると先が二又に別れた大根に似ている。ただし、色は淡い紫で根っこが生えている。
「はい。なんだか健康に良さそうだったので」
「君が入れたこれは、本来このまま食べるものではありません。乾燥させてから粉末にして煎じて飲むものなんですよ」
「そうなんですか。薬かなにかですか?」
「そうですねぇ、薬といえばそうなんでしょう。これはアレです」
「あれ?」
一呼吸おいて、彼はこう言った。
「精力剤です」
「へっ?」
言葉を聞くやいなや、シルフィーナの顔が一気に赤く染まる。
「知らなかったとはいえ、こんなものを入れるなんて君は面白いですね」
そう告げるジェラールの眼鏡の奥では、青い瞳が楽しそうに笑っている。
「お、面白くありません! こんな不埒な食べ物は今すぐ捨てますっ!」
皿を掴み、ホットケーキをゴミ箱に捨てようとしたが、ジェラールに皿ごと掠め取られてしまう。
「食べ物を粗末にしてはいけません。せっかく君が作ってくれたんです、せめて三分の一は食べなくては」
「駄目です! こんなものは即処分すべきです!」
シルフィーナが皿を取り返そうと、素早く手を出すが、ジェラールはさらりをそれを躱していく。
「返してください!」
「僕のために作ってくれたのでしょう?」
にこりと微笑まれると、一瞬気持ちがぐらつくシルフィーナである。
「でも、駄目です。捨ててくださ……んぐっ」
言っている最中に口の中に、一口大のホットケーキを投げ込まれ、シルフィーナは不覚にも飲み込んでしまう。
「ふふ、これで一緒ですね。今夜は共に励もうじゃありませんか。あははははは」
「ジェラールのばかああああああ!」
次からは、入れる食材のことはちゃんと調べてから入れようと思うシルフィーナであった。
‥……‥**◆**‥……‥
というわけで、ダークマター回でした(笑)閲覧くださった皆様ありがとうございます。
10/19:さり気なくお気に入り2500記念から累計ポイント突破記念へと変更。お気に入りだと剥がれるとタイトル詐欺になるので累計に(笑)
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(33件)
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読みやすくてサクサク進んで楽しかったです。
課金しちゃったw
もはや嫌がらせとしか思えない……
すみません、
説明が足りなかったのが悪かったのですが……
スルーするなら私の意見を掲載するのもやめてください。
お願いします。