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~番外小話~
~デルフィニー祭~
しおりを挟む・番外なのでゆる設定でこの世界にもしバレンタインがあったら……ということで書いています(*´ω`*)
‥……‥**◆**‥……‥
聖ステラ騎士団ではその日甘い香りが立ち込めていた。
今日はなにを隠そう、年に一度の『デルフィニー祭』なのだ。デルフィニー祭では女性が心を寄せている相手に手作りのお菓子と共に気持ちを伝えるイベントだ。
元々は年に一度の春の女神を祝福するためのお祭りだったものが、長いときを経て女性から好きな男性へ手作り(でなくてもいい)のお菓子を贈る日となっていった。
そして休憩所には数十名の新米騎士たちが集まっていた。
「言っておくが義理だぞ」
シルフィーナは顔なじみの騎士たちに義理チョコを手渡していく。だが義理だとわかっていても貰った騎士たちは皆嬉しそうだ。貰えないよりは貰えるほうが嬉しいに違いない。
「ありがとうございまーす! お返しはなにがいいですか?」
にこにこ笑みを浮かべながら言うのはマーキスだ。
「別にいらないぞ。日頃の感謝の意味も込めてあげたんだからな」
「欲がねぇなぁ、シルフィーナは。去年も同じこと言ってた」
同じく義理チョコを貰ったヨアヒムが苦笑する。
「欲しかったら自分で買って食べるからな。みんなには訓練にもよく付き合ってもらっているし、こんなときでもないと物をあげることもないだろうから……」
はにかみながら言うシルフィーナを見て、その場にいた誰もが心臓をキュンとさせられた。それから、彼らが思ったことは。
――団長が羨ましい。
だった。残念ながら彼ら新米騎士たちには、まだ恋人が出来たものがいなかった。
「それに手作りも出来なかったし、な」
申し訳なさそうに、シルフィーナは力なく笑った。そこで少しだけ誰かに思いを馳せるような表情になる。もちろんその相手はジェラールだ。
「うおおおお! シルフィーナ、なんていい奴なんだ!」
「俺たちが守ってやるからな!」
「は? いきなりなんだっ。守るってなにから?」
ぎゅうぎゅうと騎士たちに抱きしめられ、その暑苦しさにシルフィーナはむせた。
……それに、私のほうがみんなより強いし。
と、思ったがそれは黙って飲み込んだ。そのとき少し離れた方でコホンと咳払いが聞こえてきた。目をやれば、そこにはいつの間に来たのかジェラールが立っていた。
「団長!」
「うわっ、団長が来たぞー逃げろ!」
ジェラールの姿を確認すると、新米騎士たちは蜘蛛の子を散らすようにシルフィーナから離れていった。
「団長……」
「まったくなんなんですかねぇ、人を化け物みたいに」
自分の下へ歩み寄ってきたジェラールをシルフィーナは直視できないでいる。視線は地面へ注がれていた。
「皆団長が強いとわかって一目置いてるのでは」
そう答えるシルフィーナの口調は少し元気がない。
「まあ、舐められるよりはましなんですかねぇ。あはははは」
呑気な笑い声が、なぜかシルフィーナの罪悪感を強くしていく。
「……」
どうしよう……当然団長ももらえると思っているよな……。
シルフィーナの心が暗く沈み、表情に影を落とす。
「どうしたんです、そんな浮かない顔をして」
ジェラールはひょい、と彼女の顔を覗き込む。するとシルフィーナは今にも泣きそうな顔をしてこう言った。
「あの……ごめんなさい。お菓子、ないんです……団長のだけ」
「どこか元気がないかと思えば、そんなことでしたか。僕は気にしませんから、そう俯かないで可愛い顔を見せてください」
「あ……っ」
顎をくい、と持ち上げられると堪えていた涙がぽろりと目尻から零れ落ちてしまう。
「その涙は僕のせいでしょうか?」
「いえっ、違う、違うんです。私が不器用だから……」
シルフィーナは泣くまいと無理矢理微笑んでみせた。なんとか後続の涙が流れるのを抑えることには成功したようだ。
「わけがあるんでしょう? 話してくれませんか、君が嫌でなければ」
温かな笑顔を向けられ、シルフィーナは心が温かくなるのを感じる。それからこくりと頷くと事の経緯を話し始める。
「……団長のお菓子だけは手作りにしたくて、実家に戻ってクッキーを作っていたんです。だけど、何回やってもうまく行かなくて、それで夜になってしまって……やっぱりお店で買おうと出かけました」
「そうですか、それからどうしたんです?」
ジェラールはシルフィーナが話しやすいようにやさしく促す。
「何件か店を回って、気に入ったお菓子は手に入ったのですが――」
シルフィーナはそのときのことを思い出す。
閉店間際の店でやっと目当ての品を手に入れたシルフィーナが店の扉をくぐり外へ出ると、なにかに騎士服の裾を引っ張られた。その主に視線を移すと、真っ赤に泣きはらした少女だった。
少女の無垢な瞳は真っ直ぐにシルフィーナが手にした焼き菓子に注がれている。一秒たりとも目を離そうとしない。なんとなく少女の境遇を察したシルフィーナは口を開いた。
――これが欲しいのか?
その問いに少女は首がもげそうなほど縦に頷いた。おそらく好きな相手に贈る品を買いそびれてしまったのだろう。ぼろぼろと大粒の涙があとからあとから零れていく。
――ゆずっていただけませんか?
震える声で切望されると、シルフィーナは少女の手を取り焼き菓子の入った袋を渡していた。
――私は他にもたくさんあるから、持っていくといい。
すると少女は泣きながらも、物凄く嬉しそうに笑みを浮かべ、シルフィーナの手のひらに多すぎる金銭を握らせ何度も深く頭を下げて立ち去ったのだった。
「というわけで……それからまた夜通しクッキーを作り続けたのですが、上手くできなくて……情けないですよね。レシピだってちゃんとあったのに」
剣なら幾らでも扱えるのに……どうしてクッキー程度でこんなことになるんだろう。
どうしても団長にだけはあげたかったのに。お店で買ったものでも。
悔しくて情けなくて自分が嫌になる。
「そう気を落とさないでください。また来年があるじゃないですか」
「……ですが、今年の……今日のデルフィニー祭は今日しかないんです……! 私はどうしても今日団長に、贈りたかった……っ」
泣いてはいけない。泣いたら団長を困らせてしまう。
溢れそうになる涙を両手をぐっと握り締め、全身に力を込めて耐える。
「気持ちは十分伝わっていますよ。ほら、ここにご褒美もあります」
そう言ってジェラールがにこにこしながら懐から取り出したのは、小さな箱に入った四個入りの生チョコだ。
「え……」
いきなり目の前に現れたそれと、ジェラールの行為にシルフィーナの思考がすぐには追いつかない。
「別に男性からあげちゃダメとは聞いたこともないですし……受け取ってくれますか?」
「……」
予想外のことにシルフィーナの口は言葉を忘れたように、ぴくりとも動かない。なにも発しない彼女の様子に、ジェラールは失敗だったかと少々不安になる。
「えーと、割といい値段したので味は保証できるかと……」
シルフィーナの手がそっとチョコの箱に触れ、手に取る。大切な宝物を持つように両手で取り、手のひらにのせてじっとそれを見つめている。
やがて彼女の紫の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていった。
「……れし、です。うれしい、です……」
「そうですか、ほっとしました」
ジェラールは微笑むと、そっとシルフィーナの涙をハンカチで拭ってやる。
「今夜一緒に食べましょうか」
「……はい」
「ベッドの中で」
「……え!?」
衝撃の一言に、シルフィーナの涙がひっこんだ。
「だってお菓子の代わりに……チョコより甘い夜をくれるんでしょう?」
有無は言わさないとジェラールの青い瞳の奥で情欲の炎が燻っている。
「はあ!? 誰がそんなことを言ったんだ」
「いいじゃありませんか、お菓子の対価にそれくらいいただいても。それとも僕と愛し合うのが嫌なんですか?」
「ぐ……」
ここできっぱり嫌と言えないのがシルフィーナである。
この日の夜がどうなったのかは、ご想像にお任せしたい。
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