「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの

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第2章 スキル覚醒

第10話「勇者は旅立ちます」

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「というわけで、俺もパーティーを抜けます。今までお世話になりました」

 朝のパーティー追放イベント(未遂)から、およそ二時間後。

 オレの世迷言をなぞるようにグレンはパーティーメンバー――といっても、もう彼女たち二人だが――に向かい宣言した。

「え? なにがというわけでなの??? 意味わかんないんだけど……え、てか誰? グレン????」

 ドロシーは呆然としつつも文句を言い、セシリアと顔を見合わせる。
 
 オレも混ざりたい……。
 ね~意味わかんないよね~って三人で話したいよ。
 
「はい、グレンですよ。貴女方が散々、役立たずだと馬鹿にしてくれたグレンです。――お望み通りパーティーから抜けますね」

 イケメンの満面の笑みは眩しい……。

 グレンの素顔を初めて見た二人もボーっと見惚れている。
 ね~グレンかっこいいよね~。
 

「こほんっ……ええっと、グレンさんがパーティーを抜ける、のはまあいいんですけど……え、ベルンハルト様も結局抜けるんですか?」

 仕切り直すように咳払いをしたセシリアが、オレに怪訝な目を向ける。
 今までは「勇者様♡」みたいな感じで可愛く呼んでくれてたのに……心なしか声音が冷たい。

 ……無理もないか。

「え? ああ、ハイ。オレも抜けます」

 今のオレはさっきの彼女たち以上にボーっとした顔で……グレンに横抱きにされてるんだから。

 ――そう、グレンくんがいくら言っても降ろしてくれません。

 最後ぐらいかっこよくお別れさせてくんないかな?
 このままだと、二人の中でオレ、「あああの、物理的にめっちゃ軽い勇者様(笑)ね(笑)(笑)」って印象で終わるんじゃない……?

「えっと……じゃあ、勇者パーティーは解体……ってことでいいの、かな?」

「そう……なりますよね」

「はい。手続きは俺たちがしておくのでお二人は何もお気になさらず」

 戸惑う彼女たちの言葉にグレンは笑顔のまま返した。
 

 ――いや、色々気になるわ!!!

 ……と言いたくなる。
 でもこんな意味不明な状況を作り出した元凶の一人はオレだからそういうわけにもいかないんだよなぁー!!


 
 ◇◆◇



「……で? なんだって急にあんな馬鹿なことを言い出したんです」

 風呂上がりに開口一番、尋問タイムが始まってしまった……。
 
 そうだよねぇ、スルーしてくんないよね。寝る前も“後で色々話してもらうからな。覚えとけよ(意訳)“って言ってたし。

 
 グレンの座っている窓際の椅子から距離を取るため、ベッドの隅に腰掛ける。

「昨日も言っただろ……オレは、怖いんだよ」

 膝を抱えて、顔を埋める。

「お前のことだけじゃない。全部。これからのことも……全部だ」


 そう――なんか麻痺ってたけど、異世界って怖くない?

 ほんと今更なんだけどね……。だって魔法とか能力スキルとかあるし、なによりモンスターいるんだよ??!!

 今は昼前だから……本来の予定なら、オレたちは今頃ダンジョンでモンスター(それも超強いやつ)と戦って(そんでもしかしたら大怪我して)たわけだ。

 ……いや、こっわ!!!!

 前世では親族と色々あったとはいえ!
 ベルンハルトの記憶があるとはいえ!

 ぬくぬくと麦茶すすって暮らしてた若者(モンスターどころか虫にも耐性なし)にはきついって!!!


「勇者なんかやめる。モンスター怖い。戦いたくない。痛いのは嫌だ。――お母さんに会いたい」

 あー……口に出したら余計に怖いし寂しくなってきた。
 
 受け入れてる、受け入れてるんだけどね……。オレは死にキャラとして生まれた当て馬勇者だし、お母さんは死んだ。

 ベルンハルトの身体があまりにも――前世のオレ赤谷蓮と比べてもひ弱なせいだろうか。精神的にも脆くなった気がする。

「なぁ、グレン。お前が勇者になってくれよ……お前なら、オレより立派に勇者できるって」

 無茶なことを言ってる自覚はあった。
 
 だって今のグレンのスキルは【防衛イージス】だけなんだから。自分には勇者は務まらない、荷が重いと思ってるだろう。

 でもそれは、ベルンハルトだって同じ。

 
 ベルンハルトのスキル――【予言オラクルム】と【グラディウス】は確かにすごい。

 ただ……スキルは、無制限に使えるわけじゃない。

 魔法の行使によって消費されるMPはグレンの【防衛】で実質無限。
 
 だけど、スキルは別だ。

 スキルの源は、使用者の体内にある“魔法核マジック・コア“。

 魔法核はスキルを使用する度に摩耗し、休息によって回復する。


 要するに――ちょっと寝不足なぐらいでフラフラになってしまう、虚弱体質なベルンハルトは、スキルを使うのに向いてない。

 使用できるスキルは【防衛】だけだとしても、魔法が使えて肉弾戦もできるグレンの方が、現状でも勇者としての適正は高いのだ。

 ……なんで最初からグレンが勇者になんなかったんだろ。エコ贔屓? でも勇者の認定って確か、王家の承認とか色々絡むはずだし……。


「ベルンハルト。それは……貴方の本心ですか?」

「ああ、そうだ! 笑えよ……オレは臆病者なんだ。責任も誇りも、全部捨ててでも……生き残りたい」

 生き残ってアイリちゃんと結ばれたい。
 それだけがオレの希望なんだ。

「笑ったり、しませんよ」

 グレンが近づいてくる気配がする。そのまま彼はオレを抱きしめた。
 逞しい身体に包み込まれると――不覚にも安心する。

「ベル。言ったでしょう? 俺が、貴方を守るって」

「……なんでお前、オレにそこまで……」

 どうしてグレンはこうまでベルンハルトに尽くし、傍にいようとするのだろうか。

 
 ……確か、一応設定にはある。
 
 グレンの生まれ落ちたアルナイル男爵家は、ミルザム伯爵領にある。
 そして、アルナイル男爵家の長子は、代々ミルザム伯爵家の後継者に仕えてきた。

 つまり、グレン・アルナイルとベルンハルト・ミルザムは幼馴染であると同時に主従関係でもあったわけだ。

 だがそれは――ベルンハルトが勇者の称号を与えられるまでの話。

 勇者となり家を出ることになったベルンハルトの代わりに、ベルンハルトの父は後継者を別に擁立した。親類の子爵家の子供だ。

 だから――もう、グレンにはベルンハルトを守護する理由も、義務もない。


「貴方が、好きだからです」

 それなのに。グレンはまた、その言葉を繰り返した。

 
 おかしい。絶対におかしい。


「なんで……なんで、オレなんか……っ!」

 顔を上げると、グレンの顔がすぐ目の前にある。
 精悍な、これから全てを手に入れる――誰からも愛される男の顔だ。
 
 
 ベルンハルトは、グレンと真逆。
 誰かに愛されるような人間じゃない。
 
 全てを持っているが故に傲慢で、自分より優れている者がいてもそれを認められず。強情で、臆病で。

 ――最期は、一人で死んでいく。

 そう運命シナリオで定められた悪役だ。

 
「俺は……ベルンハルトさんの全部が好きですよ。素直じゃないところも、臆病なところも、わがままなところも……貴方の強さも、弱さも……全部が愛しい」


 ――弱さ?

 弱さを愛してもらえるのなんて、守られる価値のある人間だけだ。守られる権利のある人間だけだ。

 オレも、ベルンハルトにも。
 そんな価値も権利もない。


「お前……おかしいよ」

「そうですね……貴方が、俺をおかしくさせるんです」

 グレンの舌がオレの首筋を撫でる。

「っ、う……」

「残念……貴方の汗の味がしない」

 そりゃ、シャワー浴びたてホカホカの綺麗な身体なんで。というか、オレの汗の味とか知ってんの?

「ベル……言葉で言っても信じられないなら、〈契約〉しましょうか」

 グレンはオレの身体中に吸い付いて、白い肌へ点々と赤い跡を残しながら微笑む。

「フェア、トラーク……? また……?」

「ええ。〈契約〉――“グレン・アルナイルは、常にベルンハルト・ミルザムの傍にいて、命に代えても彼を守り抜くことを誓います“」

 足先に唇を落としながら発動された〈契約〉。

「お前それ……お前に、なんのメリットがあるんだ」

「見返りなんていりません」

 ――契約の破棄は原則、双方の同意がなければできない。
 
 だが、基本から外れた例外チートもある。
 魔法の発動者の魔力が相手よりも遥かに大きければ、一方的な契約の破棄が可能だ。

「……馬鹿じゃねぇの」

 グレンはまだ、それを知らない。なのにこんな誓いを立てるなんて。

 
「俺は、貴方のためならなんにだってなりますよ。道化でも奴隷でも……貴方の傍にいられるのなら、それで構わない」

 だから、と促され。
 オレは辿々しく唇を動かした。

「〈契約〉――“ベルンハルト・ミルザムは、常にグレン・アルナイルを傍に置き、守護されることを誓います“」


 言ってから思う。

 なんかこれ――ぷ、プロポーズされたみたいじゃない……?


 そんなオレの思いに呼応するように――契約の刻印は左足(手じゃなかった)の薬指に刻まれ、体内へ消えていった。


「さて、貴方が勇者を辞めると言うなら……手続きがいりますね」

「ああ……えっと、とりあえず王都ギルドだっけ……」


 この世界の“勇者“は結構事務的な承認のもと選ばれる。
 ゲームとか伝説みたいに、“この剣を抜けた者が“とか、“このスキルを発現させた者が“とかじゃない。

 数年に一度、成人を控えた十六歳前後の貴族の子弟から、スキルの強力な者が数人見繕われ、その中から一人が選別される。

 選ばれた者は王都ギルド(国で一番大きいギルドだ)と王家の承認により、“勇者“の称号を与えられるのだ。

 ――で、その後細々した書類に魔法でサインする。この書類が多いのなんの……。

 なので、辞めるのにもただ宣言するだけじゃなくて、色んな手続きがいるわけだ。

 
 ……パーティーから追放……解雇(?)された際も同じような手続きがいるので、『物語』の中のグレンも確か初めに王都へ向かったはずだ。

 まあ、その手続きを追放した人間じゃなくて追放された人間が自分でするっていうのもおかしな話で……グレンはほんとお人好しだ(なんたってオレがモデルなんでね)。

 
 って、あれ?
 もしかして……これ、アイリちゃんと会える??!!
 会えるよね??!!


 グレンがアイリと会うのも、王都への手続きに向かう道中だ。
 
 お邪魔虫(※チート主人公のグレンくん)つきとはいえ、アイリちゃんとの出会いイベントが発生する確率が高い……!!!


 え~どうしよ~!
 ちょっとグレンに寄せて黒い服とか着とこっかな……! そしたらワンチャンない???
 
 前髪で顔も隠したりとかしちゃって…………。

 
 ふと、グレンを見上げる。

「ベルンハルトさん?」

 見えるのは、がっつり晒された、誰しも見惚れるイケメンフェイス。

「……お前、やっぱ顔隠せ」

「え?」

 アイリちゃんはな……っ! 
 良い子だから、グレンの顔がわからない段階から、人柄でグレンを好きになるんだぞっ!!
 
 なのに、そのうえ最初からイケメン丸出しだったら絶対、ぜーったいアイリちゃんはグレンしか見ない!!!

「隠さないんだったらお前とは別行動! オレこの森を通る経路で行くから、お前はこっちの道沿いに――」

 
 アイリちゃんとの出会いイベの発生地点は森の中だ。
 そういえばオレがセルフ追放されたのは、“グレンとアイリちゃんの出会いイベを乗っ取ろう作戦“のためだったんでした。そうでした。

 
「ベル……もう忘れたんですか? さっきの〈契約〉」

 地図を広げて算段を立てるオレの後ろの壁に、グレンがドンっ、と手をついた。

 ひぃっ……壁ドンだ……間違って派生した方の壁ドンだ……。

「えっ……あっ!!!」

「俺と貴方は、これから“常に傍に“いるんですよ」

 わ……あ~~!!!
 
 誰だよあんな軽率な契約したやつ!!!! オレか!!!
 
 もうっ……契約書はちゃんと隅々まで読めってお母さんいつも言ってたでしょ……っ! 一方だけにメリットがある契約なんて存在しないんだよ!!

 
 ――グレンは初めから言ってた……。
 
 オレがアイリちゃんと結ばれたいのと同じぐらい、グレンにとっては“ベルンハルトの傍にいること“が重要なんだ。

 
 なにが「見返りなんていりません」(キラキライケボ)だよ!!!


「その、グレン……?」

「なんですか?」

「契約破棄――」

「しませんよ」



 ◇◆◇



 ――こうしてオレは、グレンくんに再度抱き抱えられる羽目になったのでした。

 いや、因果関係おかしくない?
 傍にいるたっていくらなんでも密着しすぎじゃない??


「挨拶も終わりましたし……行きましょうか、ベル」

「ウン、ソウダネー……」
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