かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと

文字の大きさ
24 / 26

第24話 カルヴィンの救済 -3-

しおりを挟む
 カルヴィンは会計士のベイカーを伴い、本邸へ向かった。迎えに出た執事に命じる。

「皆に話がある。集まるように伝えてくれ」

 父親、母親、兄をサロンに集めた。開口一番、アンディは面倒くさそうに言い放った。

「カルヴィン、お前がミーシャを連れ出したんだろう? あんな使えない女でもいないと不便なんだよ。はやく戻してくれ」

 カルヴィンは呆れてものも言えなかった。

「父上も母上も同じ意見なのですか? 大怪我を負わせた兄さんではなく、ミーシャに非があると?」

 父親は吐き捨てるように言う。

「女は嫁いだなら夫に従うものだろう」

「そうですか、父上はレイチェルが嫁ぎ先で階段から突き落とされて満身創痍になっても同じことを言うのですね。夫のやったことが正しいと」

 父親が可愛がっている姪の名前をだした。

「それは、」

 はっとして口ごもる。こんなことすら言われないと気付かないなんて、我が父親ながら情けない。

「身内に例えられないとわからないとは理解に苦しみます。ましてやミーシャは親友のフィッツジェラルド伯爵の娘でしょう? 今のミーシャの状態を堂々と伝えられるのですか?」

「いや」

 父親は目をそらした。母親はうつむいたまま動かない。

「もうひとつ話があります。兄さんが常連になっている違法賭博場のことです。借金がかなり嵩んでいますね。胴元は高金利だから、これ以上、返済を遅らせたらあっという間に何倍にも膨れ上がりますよ」

「アンディ、本当なのか!」

 いまにも掴みかからんばかりに怒り狂う父親から、アンディは顔を背けた。

「お前というやつは! この前も怪しい投資に勝手に手を出して失敗したばかりだというのに」

 話が進まないとカルヴィンが制する。

「賭博で負けた分の清算は僕がします。なんなら投資であけた穴も埋めてもいい。ただし、兄さんが引き継いだ事業をそっくり渡してもらいます」

 アンディは目を剝いた。

「なんだと?」

 会計士が鞄から紙ばさみを取りだす。中身はアンディが所有する商会や工場の収支報告書だ。

 カルヴィンはあくまで冷静に話を続ける。

「どこも経営が悪化していることは調べがついています。このまま倒産させたらボークラーク家の長男は無能だと世間に知られてしまいますよ。社交界で笑いものになりたくないでしょう。そうなる前に僕が譲り受けます」

「カルヴィン、調子に乗るな!」

「父上こそ真面目に考えてください。兄さんに任せても財産を食いつぶすだけだとよくわかったでしょう。この家の金を愛人にそっくり貢ごうが知ったこっちゃありませんが、事業には従業員たちの生活が懸かっているのですから看過するわけにはいきません」

「随分と生意気なことを言うようになったんだな」

 アンディは睨みつけるが、カルヴィンは軽く受け流した。

「借金を肩代わりするもう一つの条件です。ミーシャを解放してもらいたい。彼女はこちらで預かります。今後は一切、関わらないと約束してください」

 婚姻解消の誓約書を兄の前に並べた。

「今すぐにサインして欲しい」

「おまえはまだ、あんな女に未練があるのか」

 物好きだなとアンディは鼻で笑った。

「いい加減にしてくれ!」

 カルヴィンは兄を怒鳴りつけた。いつも従順だった弟の強気な態度にひるむ。

「兄さんにどう思われようといい。一度は結婚を考えた女性が不幸であるのを知りながら放っておくような生き方はしたくないだけだ」

「……フン、勝手にしろ」

 アンディはペンをとると、雑にサインを書きなぐった。

 本邸の家令が馬車までカルヴィンを見送りに来た。深々と頭を下げる。

「カルヴィン様、ありがとうございました」

「すまないが、もう少し堪えて欲しい。いずれ東側の領地も僕が運営するつもりだ。兄さんに好き勝手されたら領民にとばっちりがいく。実兄だからと言って手加減する気はない」

「ぜひ、そうしていただけたらと思います。カルヴィン様にお仕えできる日を心待ちにしております」

 家令は再び深くお辞儀をした。

 カルヴィンはその足で海辺の高台にある別荘に向かった。

「ミーシャ、具合はどう?」

「カル! 会いに来てくれたのね。嬉しいわ」

 主治医によれば怪我は順調に回復しているということだった。元通り歩けるようになるまではまだしばらく時間がかかるが、後遺症の心配もないらしい。

 食事をきちんと摂れるようになったため、肌つやも良くなり、瞳に光が戻ってきた。

「よかった。顔色もだいぶよくなったね。顔の傷も残らないそうだよ」

「もう大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

「兄と両親が申し訳なかった。ボークラーク家の者として、君に心から謝罪する」

 カルヴィンは頭を下げたが、ミーシャが止めた。

「やだ、あなたが謝らないで。カルは少しも悪くないんだから」

「いや、僕がもっと早く気づけていたら、こんなに酷い怪我を負うこともなかったのに」

「そんなのカルの責任じゃないわ。わたしだって黙っていたんだし」

「身体が治ったら今後のことを相談しよう。実家のフィッツジェラルド家に戻るか、そうでなければ新たな嫁ぎ先を探すつもりだけれど」

 ミーシャは縋るような視線を向けた。

「……カルはわたしを迎え入れてはくれないの? あなたのそばなら安心できるもの。第二夫人でも妾でもなんでもかまわないわ」

「申し訳ないが、それはしたくないんだ」

「エリーゼさんのため?」

「一度に二人の女性を愛せるほど、僕は器用ではないとよくわかったから」

 ミーシャは過去を悔いるようにそっと目を伏せた。

「そうよね、カルはそんな不誠実なことをする人じゃないもの。子供のころからずっと一緒にいたのに、わたしったら何も見えていなかったんだわ」


 なぜ、いつまでもミーシャへの恋を手放せなかったのか、ようやくわかった気がした。

 婚約が白紙に戻った時、血のつながった家族と深い溝を作ってしまった十九歳のカルヴィンには、ミーシャと過ごした十年間しか拠り所がなかったのだ。

 ミーシャを愛することをやめたら、残されるのは、誰からも愛されない、誰のことも愛せない空っぽな自分だけ。

 それを変えてくれたのがエリーゼだった。ありのままのカルヴィンを肯定して受け入れてくれただけでなく、溢れんばかりの優しさで心の器を満たしてくれた。


「君のことは本当に好きだったよ。今までありがとう、ミーシャ」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

処理中です...