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第8話
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12月
宗教法人「きさらぎの家」。
白羽の矢の帰還者のひとり、長野昭信が教祖を務める新興宗教団体だ。
もっとも宗教施設とは名ばかりで、実態は住む場所もない若者を保護するシェルターだ。一応、本尊として白羽の矢を模した像がおいてはあるが、修行のようなものはない。
長野は帰還した直後から、白羽伝説に惹かれる若者たちにたびたび面会を求められるようになった。
そして、若者たちの置かれている状況を知った。
今の社会に絶望し、白羽の矢に救済を求めている。
親からの虐待、学校でのいじめなど理由は様々だが、みな居場所を無くしていた。
元学校教師だった長野は退職金をつぎ込んで廃業した農家の家屋と畑を購入し、「きさらぎの家」を興した。
現在、22人の出家信者が野菜を育てながら半自給自足の共同生活をしている。
そのうちの男女4人が一度にいなくなったと第七係に連絡が入ったのは、年の瀬も押し迫った頃だった。
「今回は白羽の矢の目撃情報もある。全員で捜査に当たってくれ」
瀬尾の指示で車2台に分乗し、きさらぎの家のある多摩へ向かった。
きさらぎの家では作務衣姿の長野が出迎えてくれた。
「第七係の皆さん、遠いところお呼び立てして申し訳ない」
「お久しぶりです、長野さん」
白羽の矢の情報収集のため帰還者である長野には何度か事情聴取に応じてもらっている。第七係のメンバーとはすでに面識があった。
特に和久井とは、同じ帰還者同士、個人的に親交を深めているらしい。
母屋の応接室に通された。
「いなくなったのはこの子たちです」
数枚の写真がテーブルに並べられた。付箋で名前が張り付けられている。
志賀友則、紺野恵、根室浩司、平瑠衣。みな同い年の21歳だ。
「うちではグループ単位で農作業や家事を行っています。この4人は同じグループでして、特に結束が強いといいますか、仲が良かったんです。どちらかというと大人しい性格で、これまでもめ事を起こしたことはありません」
失踪当日、信者の一人である川田ちゆりが白羽の矢を目撃していた。
きさらぎの家の敷地は約100m×100mと正方形に近い形をしている。
中央に母屋があり、西側が野菜畑、東側にはビニールハウスと卵を採るための鶏小屋がある。
周囲はぐるっとフェンスで囲まれており、出入りできる門は母屋正面に一つしかない。
買い出し当番だったちゆりが近所のスーパーで買い物を終えたのが12月27日の午後4時すぎ。
帰宅途中、フェンス沿いの道を歩いていたところ、ビニールハウスの向こうの鶏小屋のそばで白い矢が空から降るのが見えた。
慌てて向かうも、鶏小屋についた時には掃除用具が散らばっていただけで、矢が降った形跡は何もなかった。
ちゆりは興奮状態で他の信者たちを呼びにいく。
長野と信者たちは母屋をはさんだ反対側の畑で収穫作業をしていたため、誰も異変には気が付かなかった。
ちゆりは白羽の矢が降ってきたと必死で訴えたが、これまで幾度となく「矢を見た」と言っていたため、オオカミ少年よろしく誰にも本気にしてもらえなかった。
とりあえず長野が鶏小屋に向かうと、世話当番だった志賀、紺野、根室、平の姿がなかった。
となりのビニールハウスも覗いたが誰もいない。
駐車場に停めてあったSUVがなくなっていた。自動車は信者なら自由の乗っていいことになっている。なにか急な用事が出来て4人で外出したのだろうか?
深夜になっても戻らなかったため、長野は交番に届けた。ただ全員成人なので事件にならない限り捜索することはできないと言われた。
翌日になっても帰宅することはなかった。帰還者である長野はどうしても白羽の矢が頭から離れず、第七係へ直接連絡を入れた。
「彼らに最近変わった様子はありましたか?」
和久井が尋ねる。
「いいえ。もともと白羽の矢に心酔する子はやはり自殺願望が強いところがありまして、彼らも入信したころは自殺未遂を起こしたこともありました。しかしここ1年はとても落ち着いていました」
「そうですか。よし、佐伯は俺と行方不明の男性信者の部屋と母屋を調べる。久原は川田ちゆりの聴取と女性信者の部屋を頼む。度会は矢が落ちたらしい外を調べてくれ」
健人は母屋を出て鶏小屋へ向かった。
小学校の飼育小屋をふたまわり大きくしたような簡素な造りで、白色レグホンやチャボ、烏骨鶏が飼育されている。
小屋の周りは砂が敷き詰められているが、昨晩は悪天候だったため、もし血痕やゲソ痕があったとしても雨に流されてしまっただろう。
放置されていたという掃除用具は誰かが片付けたのか用具入れにきちんと収納されていた。
白羽の矢の痕跡を探したが、ニワトリの羽毛が散乱しており肉眼で見分けるのは不可能そうだ。
畑の周りをフェンス沿いに歩いてみる。フェンスの高さは約2メートル。乗り越えられない高さではない。よく手入れされており、とくに壊れたり破れたりしているところは見当たらない。
長野によると畑と家屋で1ヘクタール強あるらしい。いわゆる東京ドームひとつ分よりいくらか小さいくらいの広さだ。
ちゆりが矢を目撃したという地点に健人も立った。鶏小屋までは目測で80メートル。
これだけの距離であの細い矢を視認できるだろうか?それに空の変化については何も言っていなかったらしい。やはり白羽の矢への強烈なあこがれが見せた幻なのだろうか。
宗教法人「きさらぎの家」。
白羽の矢の帰還者のひとり、長野昭信が教祖を務める新興宗教団体だ。
もっとも宗教施設とは名ばかりで、実態は住む場所もない若者を保護するシェルターだ。一応、本尊として白羽の矢を模した像がおいてはあるが、修行のようなものはない。
長野は帰還した直後から、白羽伝説に惹かれる若者たちにたびたび面会を求められるようになった。
そして、若者たちの置かれている状況を知った。
今の社会に絶望し、白羽の矢に救済を求めている。
親からの虐待、学校でのいじめなど理由は様々だが、みな居場所を無くしていた。
元学校教師だった長野は退職金をつぎ込んで廃業した農家の家屋と畑を購入し、「きさらぎの家」を興した。
現在、22人の出家信者が野菜を育てながら半自給自足の共同生活をしている。
そのうちの男女4人が一度にいなくなったと第七係に連絡が入ったのは、年の瀬も押し迫った頃だった。
「今回は白羽の矢の目撃情報もある。全員で捜査に当たってくれ」
瀬尾の指示で車2台に分乗し、きさらぎの家のある多摩へ向かった。
きさらぎの家では作務衣姿の長野が出迎えてくれた。
「第七係の皆さん、遠いところお呼び立てして申し訳ない」
「お久しぶりです、長野さん」
白羽の矢の情報収集のため帰還者である長野には何度か事情聴取に応じてもらっている。第七係のメンバーとはすでに面識があった。
特に和久井とは、同じ帰還者同士、個人的に親交を深めているらしい。
母屋の応接室に通された。
「いなくなったのはこの子たちです」
数枚の写真がテーブルに並べられた。付箋で名前が張り付けられている。
志賀友則、紺野恵、根室浩司、平瑠衣。みな同い年の21歳だ。
「うちではグループ単位で農作業や家事を行っています。この4人は同じグループでして、特に結束が強いといいますか、仲が良かったんです。どちらかというと大人しい性格で、これまでもめ事を起こしたことはありません」
失踪当日、信者の一人である川田ちゆりが白羽の矢を目撃していた。
きさらぎの家の敷地は約100m×100mと正方形に近い形をしている。
中央に母屋があり、西側が野菜畑、東側にはビニールハウスと卵を採るための鶏小屋がある。
周囲はぐるっとフェンスで囲まれており、出入りできる門は母屋正面に一つしかない。
買い出し当番だったちゆりが近所のスーパーで買い物を終えたのが12月27日の午後4時すぎ。
帰宅途中、フェンス沿いの道を歩いていたところ、ビニールハウスの向こうの鶏小屋のそばで白い矢が空から降るのが見えた。
慌てて向かうも、鶏小屋についた時には掃除用具が散らばっていただけで、矢が降った形跡は何もなかった。
ちゆりは興奮状態で他の信者たちを呼びにいく。
長野と信者たちは母屋をはさんだ反対側の畑で収穫作業をしていたため、誰も異変には気が付かなかった。
ちゆりは白羽の矢が降ってきたと必死で訴えたが、これまで幾度となく「矢を見た」と言っていたため、オオカミ少年よろしく誰にも本気にしてもらえなかった。
とりあえず長野が鶏小屋に向かうと、世話当番だった志賀、紺野、根室、平の姿がなかった。
となりのビニールハウスも覗いたが誰もいない。
駐車場に停めてあったSUVがなくなっていた。自動車は信者なら自由の乗っていいことになっている。なにか急な用事が出来て4人で外出したのだろうか?
深夜になっても戻らなかったため、長野は交番に届けた。ただ全員成人なので事件にならない限り捜索することはできないと言われた。
翌日になっても帰宅することはなかった。帰還者である長野はどうしても白羽の矢が頭から離れず、第七係へ直接連絡を入れた。
「彼らに最近変わった様子はありましたか?」
和久井が尋ねる。
「いいえ。もともと白羽の矢に心酔する子はやはり自殺願望が強いところがありまして、彼らも入信したころは自殺未遂を起こしたこともありました。しかしここ1年はとても落ち着いていました」
「そうですか。よし、佐伯は俺と行方不明の男性信者の部屋と母屋を調べる。久原は川田ちゆりの聴取と女性信者の部屋を頼む。度会は矢が落ちたらしい外を調べてくれ」
健人は母屋を出て鶏小屋へ向かった。
小学校の飼育小屋をふたまわり大きくしたような簡素な造りで、白色レグホンやチャボ、烏骨鶏が飼育されている。
小屋の周りは砂が敷き詰められているが、昨晩は悪天候だったため、もし血痕やゲソ痕があったとしても雨に流されてしまっただろう。
放置されていたという掃除用具は誰かが片付けたのか用具入れにきちんと収納されていた。
白羽の矢の痕跡を探したが、ニワトリの羽毛が散乱しており肉眼で見分けるのは不可能そうだ。
畑の周りをフェンス沿いに歩いてみる。フェンスの高さは約2メートル。乗り越えられない高さではない。よく手入れされており、とくに壊れたり破れたりしているところは見当たらない。
長野によると畑と家屋で1ヘクタール強あるらしい。いわゆる東京ドームひとつ分よりいくらか小さいくらいの広さだ。
ちゆりが矢を目撃したという地点に健人も立った。鶏小屋までは目測で80メートル。
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