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第9話
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第七係はいったん警視庁に戻った。
行方不明になった4人とも、自室から貴重品や衣類が持ち出された様子はなかった。
自らの意思で出奔したとしても、計画的ではなく突発的なものだったと考えられる。
ただ、根室の部屋からは練炭とガムテープを購入したホームセンターの古いレシートが見つかり、ベッド下の空きスペースに長く保管していたような形跡があった。
そのため集団自殺や無理心中の線でも捜査を行うことになった。
近隣住民に聞き込みをおこなったところ、向かいに住む主婦が車の急発進音を聞いていた。車で出かけたことは間違いなさそうだ。
自動車ナンバー読み取り装置、通称NシステムでSUVの足取りを追う。
国道245号線を西に進んだことはわかったが、それ以上は人里離れた山奥に入るため防犯カメラもなく追跡はそこで途切れてしまった。
翌朝、所轄からSUVが発見されたと電話があった。
奥多摩渓谷の観光客用の駐車場に止められていた。冬場は封鎖され一般人は立ち入り禁止になるため不審に思った森林管理人が警察に通報した。
第七係も奥多摩渓谷へ向かう。
現場に着くとすでに鑑識作業が始まっていた。
青梅警察署の東海林巡査部長が健人たちを見つけると、お疲れ様ですと声をかけてきた。
「ここから120メートルほど下流で男女3人の遺体があがりました。ご案内します」
東海林の後に続く。
ブルーシートが張り巡らされた中に、3人の遺体が寝かされていた。
志賀友則、紺野恵、根室純也だ。健人は手を合わせる。
水から引き揚げられたばかりで全身がぐっしょり濡れていた。皆お揃いの作務衣を着ている。
志賀の右手と紺野の左手、紺野の右手と根室の左手がそれぞれ白いロープで結ばれていた。
東海林は詳しくは司法解剖をしてからになりますが、と前置きし、
「おそらく奥多摩大橋から二子川に飛び降りたものと思われます。全身に打撲痕があり、頸椎も折れていました。ほぼ即死だと思われます。橋の高さは50メートルありますからね、水面はコンクリートのように硬かったでしょう」
「もうひとり、女性はいませんでしたか?」
薫子が尋ねた。
「いえ、いまのところ発見されたのはこの3人です」
「平瑠衣だけがもっと下流に流されてしまった?」
和久井が首をかしげる。
「平さんは一緒に飛び降りていないと思います。遺体の手首を見てください」
大吾は手首を縛っているロープをペン先ですこしずらしてみせる。
結んだ後に引っ張られたのか、志賀の右手首にはロープで縛られた跡が赤く残っていた。しかし、左手首にはなにもない。根室も同様に左腕に跡はあったが右腕はきれいだった。
もし、平瑠衣も一緒に投身したなら、仮に川に流されているときにロープがほどけてしまったとしても根室か志賀どちらかの腕に痕跡が残るはずだ。
「たぶん心中を図ったのはこの三人だけでしょう」
「じゃあ、平瑠衣はどこに消えたんだ?」
駐車場に戻り、駐車してあったSUVを調べる。
車内にはウォッカの瓶に睡眠薬の錠剤、練炭があり、ウインドウにはガムテープで目張りをした形跡がある。
車のシートや地面には吐瀉物の痕跡がいくつかあった。
練炭自殺を図ろうと、大量のウォッカで睡眠薬を飲み干したが、薬ごと吐き出してしまった。練炭での自殺をあきらめ、飛び降りることにした、そんなところだろうか。
捜査会議は青梅署の大会議室で行われた。
「青梅署捜査一課の東海林です。遺体の身元は志賀友則、紺野恵、根室純也、21歳、全員宗教団体きさらぎの家の信者です。死亡推定時刻は12月27日の19時から22時の間、直接の死因は頭がい骨骨折と全身打撲になります。小さな擦過傷が複数ありましたが、生活反応が見られないため、川に流されたときに岩などに擦られてできたものだと思われます。
奥多摩大橋の手すりの上に3足分のゲソ痕が見つかり、三人の履いていた靴と一致しました。おそらく手すりに立ち、飛び降りたと推測されます。遺書の類はなく、自殺の動機についてはまだわかっておりません」
「同じく捜一の有馬です。亡くなった3人と行動を共にしたと思われていた平瑠衣さんは未だに見つかっておりません。
SUVの車内にあったウォッカの瓶や吐しゃ物からは、平さんの指紋、DNAは検出されませんでした。一緒に自殺を図ってはいないようです。
死ぬのが怖くなり一人で逃げて山に迷い込んだか、また3人に殺害された可能性も考え、現在奥多摩大橋を中心に半径10キロまで捜索範囲を広げています」
5日後、司法解剖を終えた3人の遺体が警察からもどり、きさらぎの家で通夜が営まれた。
第七係からは和久井と健人が参列した。
長野はげっそりとやつれ、数日前に会った時より十歳も年を取ったように見えた。
「結局、心中の理由もわからなかったな」
帰りの道すがら、和久井がため息をついた。
「和久井さん、俺は平瑠衣さんは白羽の矢の犠牲者だと思っています」
「それでなぜ3人が自殺しなくちゃならないんだ?」
「俺たちにとって白羽の矢は憎むべきものです。しかし、きさらぎの家の信者である志賀さんたちには希望の光だった。辛いだけの現世から、苦しみのない世界にいつかきっと導いてくれる、そう信じていたのでしょう。
そんなときに矢が現れ、一人だけを連れて行ってしまった。彼らには平さんだけが選ばれ、自分たちは見捨てられたと感じたのではないでしょうか。絶望から心中を図ったとしても不思議はありません」
その後、二か月たっても平瑠衣は見つからず、捜索は打ち切られた。
行方不明になった4人とも、自室から貴重品や衣類が持ち出された様子はなかった。
自らの意思で出奔したとしても、計画的ではなく突発的なものだったと考えられる。
ただ、根室の部屋からは練炭とガムテープを購入したホームセンターの古いレシートが見つかり、ベッド下の空きスペースに長く保管していたような形跡があった。
そのため集団自殺や無理心中の線でも捜査を行うことになった。
近隣住民に聞き込みをおこなったところ、向かいに住む主婦が車の急発進音を聞いていた。車で出かけたことは間違いなさそうだ。
自動車ナンバー読み取り装置、通称NシステムでSUVの足取りを追う。
国道245号線を西に進んだことはわかったが、それ以上は人里離れた山奥に入るため防犯カメラもなく追跡はそこで途切れてしまった。
翌朝、所轄からSUVが発見されたと電話があった。
奥多摩渓谷の観光客用の駐車場に止められていた。冬場は封鎖され一般人は立ち入り禁止になるため不審に思った森林管理人が警察に通報した。
第七係も奥多摩渓谷へ向かう。
現場に着くとすでに鑑識作業が始まっていた。
青梅警察署の東海林巡査部長が健人たちを見つけると、お疲れ様ですと声をかけてきた。
「ここから120メートルほど下流で男女3人の遺体があがりました。ご案内します」
東海林の後に続く。
ブルーシートが張り巡らされた中に、3人の遺体が寝かされていた。
志賀友則、紺野恵、根室純也だ。健人は手を合わせる。
水から引き揚げられたばかりで全身がぐっしょり濡れていた。皆お揃いの作務衣を着ている。
志賀の右手と紺野の左手、紺野の右手と根室の左手がそれぞれ白いロープで結ばれていた。
東海林は詳しくは司法解剖をしてからになりますが、と前置きし、
「おそらく奥多摩大橋から二子川に飛び降りたものと思われます。全身に打撲痕があり、頸椎も折れていました。ほぼ即死だと思われます。橋の高さは50メートルありますからね、水面はコンクリートのように硬かったでしょう」
「もうひとり、女性はいませんでしたか?」
薫子が尋ねた。
「いえ、いまのところ発見されたのはこの3人です」
「平瑠衣だけがもっと下流に流されてしまった?」
和久井が首をかしげる。
「平さんは一緒に飛び降りていないと思います。遺体の手首を見てください」
大吾は手首を縛っているロープをペン先ですこしずらしてみせる。
結んだ後に引っ張られたのか、志賀の右手首にはロープで縛られた跡が赤く残っていた。しかし、左手首にはなにもない。根室も同様に左腕に跡はあったが右腕はきれいだった。
もし、平瑠衣も一緒に投身したなら、仮に川に流されているときにロープがほどけてしまったとしても根室か志賀どちらかの腕に痕跡が残るはずだ。
「たぶん心中を図ったのはこの三人だけでしょう」
「じゃあ、平瑠衣はどこに消えたんだ?」
駐車場に戻り、駐車してあったSUVを調べる。
車内にはウォッカの瓶に睡眠薬の錠剤、練炭があり、ウインドウにはガムテープで目張りをした形跡がある。
車のシートや地面には吐瀉物の痕跡がいくつかあった。
練炭自殺を図ろうと、大量のウォッカで睡眠薬を飲み干したが、薬ごと吐き出してしまった。練炭での自殺をあきらめ、飛び降りることにした、そんなところだろうか。
捜査会議は青梅署の大会議室で行われた。
「青梅署捜査一課の東海林です。遺体の身元は志賀友則、紺野恵、根室純也、21歳、全員宗教団体きさらぎの家の信者です。死亡推定時刻は12月27日の19時から22時の間、直接の死因は頭がい骨骨折と全身打撲になります。小さな擦過傷が複数ありましたが、生活反応が見られないため、川に流されたときに岩などに擦られてできたものだと思われます。
奥多摩大橋の手すりの上に3足分のゲソ痕が見つかり、三人の履いていた靴と一致しました。おそらく手すりに立ち、飛び降りたと推測されます。遺書の類はなく、自殺の動機についてはまだわかっておりません」
「同じく捜一の有馬です。亡くなった3人と行動を共にしたと思われていた平瑠衣さんは未だに見つかっておりません。
SUVの車内にあったウォッカの瓶や吐しゃ物からは、平さんの指紋、DNAは検出されませんでした。一緒に自殺を図ってはいないようです。
死ぬのが怖くなり一人で逃げて山に迷い込んだか、また3人に殺害された可能性も考え、現在奥多摩大橋を中心に半径10キロまで捜索範囲を広げています」
5日後、司法解剖を終えた3人の遺体が警察からもどり、きさらぎの家で通夜が営まれた。
第七係からは和久井と健人が参列した。
長野はげっそりとやつれ、数日前に会った時より十歳も年を取ったように見えた。
「結局、心中の理由もわからなかったな」
帰りの道すがら、和久井がため息をついた。
「和久井さん、俺は平瑠衣さんは白羽の矢の犠牲者だと思っています」
「それでなぜ3人が自殺しなくちゃならないんだ?」
「俺たちにとって白羽の矢は憎むべきものです。しかし、きさらぎの家の信者である志賀さんたちには希望の光だった。辛いだけの現世から、苦しみのない世界にいつかきっと導いてくれる、そう信じていたのでしょう。
そんなときに矢が現れ、一人だけを連れて行ってしまった。彼らには平さんだけが選ばれ、自分たちは見捨てられたと感じたのではないでしょうか。絶望から心中を図ったとしても不思議はありません」
その後、二か月たっても平瑠衣は見つからず、捜索は打ち切られた。
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