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第2話 私はあなただけの聖女

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西の大陸の玄関口、ラタキア港に着いた。
初めて降り立つ大地。
目指すは大陸最大の砂漠、アシール砂漠だ。

熱く照り付ける太陽と乾いた風、どこまでも広がる赤茶色の砂の海。
その世界に彼はいた。
魔獣ポイズンスコーピオンの群れに囲まれて、翻る濃紺のマント。

見つけた!
私の魂の恋人、サリッド様。
あなたに出会うためだけに、私はこの世界に生まれ変わった。

私はレイピアを構える。
さあ、騎士様。
今、あなただけの聖女が降臨するわ。

私は疾風のごとく駆け出し、まさに騎士様に背後から襲い掛かろうとしたポイズンスコーピオンの心臓を貫く。
そして砂から飛び出してきたもう一体を、水平に切り裂き真っ二つにした。

騎士様は振り向き、私と目を合わせた。
褐色の肌、鍛えられた肢体、切れ長の目は一見冷たく見えるけど、チョコレート色の瞳には誰よりも優しい光を宿している。

「騎士様、大丈夫ですか」
「ええ、あなたは?」
「それは後ほど。まずは毒の治療をいたしましょう。お手を」

魔獣の毒針がかすった左手をとる。
指長い!爪の形もきれいだ。
本で読んでいた時は文字と挿絵だけだったけど、こうして生身の騎士様を間近で見ると身震いするほどカッコいい。
うっとりしているのを悟られないように、私はクールな表情を崩さなかった。

解毒の魔法をかけると、肘から上腕にかけて黒ずんでいた箇所がみるみるうちにきれいになった。
続けて回復の魔法も唱える。

「いかがですか?」

騎士様は立ち上がり、腕を上げ下げする。

「こんなに体が軽く感じたことはありません。あなたは治癒の力を持っているのですね。助かりました」

私はにっこりと微笑む。

「ここにいてはまた魔獣が現れるかもしれません。場所を移しましょう」



近場のオアシスへ移動した。
こんこんと湧く泉から冷たい水を汲み、喉を潤す。

「見たところ、女剣士のようですが、あなたのようなご婦人がどうしてこんなところに?」

私は騎士様に跪く。

「私はアイティラ女神のお告げを受けました。この砂漠で騎士様を待ち、旅のお手伝いをするようにと」

もちろん、嘘である。

「ぜひ、お供させてくださいませ」
「しかし、あなたのようなか弱い女性が……いや、みごとな剣術でしたね」
「私は剣士ですが、聖女でもあります。癒しの魔法も得意です。そしてなにより、全てのクリスタルのありかを知っておりますの。かならずや騎士様のお役に立てるものと自負しております」
「い、今なんとおっしゃいました?」
「夢で見たのです。これからそれを証明してみせますわ」

私は立ち上がった。

「この砂漠では赤のクリスタルをお探しでしたね」
「はい。古文書にはアシッタル洞窟にあると記されていましたが、見つからなかったのです」

泉の前に立ち、転移魔法の魔法陣を描く。
水を一時的に別の場所に移送し、泉を干上がらせた。
底には赤いクリスタルが転がっていた。
拾い上げ、騎士様に手渡す。
彼は手のひらに乗ったクリスタルをじっと見つめていた。

「神のお告げというのは本当のようですね……」
「信じていただけましたか?」
「はい。王都を出発してからここまで5か月もかかってしまいました。なにより国王陛下のために一日でも早く王妃殿下を目覚めさせたいのです。聖女様、あなたのお力を貸していただけますか?」
「ええ、もちろんですわ。急いでクリスタルを集めましょう。騎士様、どうぞこれからよろしくお願いいたしますね」

私は会心の笑顔を作った。
慈愛に満ちた聖母のごとき微笑み。
この日のために鏡に向かって何か月も練習してきたのだ。抜かりはない。

「その、俺のことはサリッドと呼んでくれませんか。騎士様というのはどうも居心地悪くて」

はにかむ顔も可愛い。

「わかりましたわ。サリッド。私はレイシーと申します」
「よろしく、レイシー」

私たちは固く握手を交わした。
ああ、夢にまでみた二人旅の始まりである。
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