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第1話 婚約破棄、そして旅立ち
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コルトレーン王国、ハリソン・ウェルズリー第一王子は、自身の誕生日を祝う夜会で、声も高らかに宣言した。
「余は本日、聖女ポーラ・ボールドウィンとの婚約を破棄する!」
「そんな……!!酷いですわ、殿下」
その場で泣き崩れるポーラ姉さま。
姉を心配し、おろおろと狼狽える私。
「ああ、なんて可哀想な姉さま……」
なんてね。
私はレイシー・ボールドウィン。
私と姉のポーラは、ボールドウィン伯爵家の美貌の聖女姉妹として、社交界ではちょっと知られた存在である。
姉さまには、相思相愛の幼馴染ニール・テイラーがいる。
優しく美しい姉さまと、賢く誠実なニールはとてもお似合いのカップルで、私はいつかニール義兄さまと呼べる日が来るのを心待ちにしていた。
しかし、聖女の式典でソリストを務めた姉にハリソン王子が一目惚れしてしまう。
両親もニールと姉のことは知っていて、近い将来結婚させるつもりでいたが、王族からの婚姻の申し込みを断る勇気はなかった。
王族を怒らせたら貴族社会で冷遇されるのは間違いないし、最悪、爵位を剥奪されることもありうる。
姉さまは泣く泣く王子と婚約することになった。
どうしたものかと思案していたところ、聖女仲間のひとり、レベッカが王子に色目を使い始めた。
これだ!とひらめいた私たち姉妹。
レベッカと王子をくっつけて、王子のほうから婚約破棄させればいい!
幸い、レベッカは性格は陰険で最悪だが、かなりの美人でスタイルも抜群だ。
バカ王子にはとてもお似合いの相手だと思う。
号泣する姉に駆け寄り、姉を慰めながら悲しみに暮れている私だったが、内心笑いが止まらなかった。
こんなに筋書き通りにいくなんて。
陰険女は王子の隣に立つと、腕を絡めて上目使いでしなだれかかっていた。
さすがに国王陛下も呆れたようだ。
「ハリソン、お前の結婚式の日程は決まっているんだぞ、どうするつもりだ?」
「それには心配に及びません、父上。未来の王妃にふさわしい女性はもう見つけてあります」
勝ち誇った顔をする陰険女。
「それはお前だよ、レイシー・ボールドウィン!」
「は?」
「え?」
さっきまでしおらしく泣く演技をしていた姉さまも素に戻ってしまった。
「ハリソン殿下、あ、あの、わたくし、ですか?」
バカ王子はなぜか得意げだ。
「ああ、同じ顔なら若い方がいいと思って」
確かに私と姉さまはそっくりだが、なんだ!その理由は!!
もともとムカつくやつだと思っていたが、もう本当に嫌。大っ嫌い。
国王陛下も戸惑っていたが、姉でも妹でも大差ないと思ったのか
「わかった。妹レイシーとの婚約を認めよう」
と、聴許してしまった。
いやいや、冗談じゃないから!
そこは叱る場面だろ!
親バカかと思っていたらバカ親だったのかよ。あーもう!!
とりあえず、急な決定で冷静になれないので、婚約のことはまたあらためてということで、私たち姉妹は王宮を後にした。
「まさかこんなことになるなんて、ごめんなさい、レイシー」
帰りの馬車の中、姉さまはうなだれて、今度は本当に泣きそうになっていた。
「気にしないで、問題ないわ。私、家出するから」
姉さまの表情がぱっと輝く。
「まあ!とうとう計画を実行するときが来たのね」
「ええ。そのための準備は十分にしてきたわ。だから心配しないでね」
「あなたの努力は知っているもの。うまくいくように応援している。お父様とお母様のことはまかせて」
「ありがとう。姉さまもニールと幸せになってね!」
屋敷に戻るとすぐに、私は旅行用カバンを引っ張り出して、必要なものを詰め込んだ。
皆がまだ眠っている夜明け前に屋敷を抜け出し、港に向かう。
そして大型客船に乗り込んだ。
目指すのはここ中央大陸から三千里離れた西の大陸だ。
じつは、私は異世界からの転生者。
平々凡々な会社員にしてファンタジー小説マニアだった私は、気がついたら、小説の登場人物の一人、聖なる力をもった家系の美人姉妹の妹レイシー・ボールドウィンに生まれ変わっていた。
その小説とは『五大陸の物語~5 continents of the world ~』。
この世界には5つの大陸が存在し、ひとつの大陸につき1巻ずつ、全5巻からなる物語である。
前世ではこの本が大好きで、何度も何度も読み返していた。
なかでもお気に入りは、第2巻の西の大陸の物語。
砂漠の国、ディルイーヤ王国では、王妃が眠り続ける病気を患ってしまう。
王妃を深く愛する国王は国中の医者と薬師を集める。
しかし、どんな治療をしても王妃が眠りから目覚めることはなかった。
絶望する国王。
そんな中、一人の神官が神のクリスタルを集めてみてはどうかと提案する。
古代から伝わる神話によると、医術の神リゾルテが病で苦しむ人間のためにどんな病でも治すクリスタルを与えた。しかし、いたずら好きな神ルーンがクリスタルを4つに割り、世界のあちこちに隠してしまう。
今もそのクリスタルは西の大陸のどこかに存在すると言われている。
そんなおとぎ話を信じる者は誰もいなかった。しかし、藁にもすがりたい国王は、己の騎士にクリスタルを探しだしてくれないかと頼む。
そして王命を受けた騎士はひとり旅に出るのだ。
この騎士様こそ、私の最愛の推しキャラ、サリッド・アル=アスカリー様!!
長身、塩顔のイケメンで、私の好みどストライク。
ビジュアルも最高だが、性格もストイックでクールで、初めて読んだ時から虜になってしまった。
小説を読みながら、いつも彼と冒険する妄想を繰り広げた。
この大地は一人で旅をするには広すぎる。
彼と私は灼熱の砂漠で出会い、一目会った瞬間に惹かれあい、恋に落ち、互いの手を取り合って迫りくる数々の脅威に打ち勝つのだ。
そして、レイシーとして生まれ変わってからは、騎士様の冒険のパートナーとしてふさわしくなれるよう研鑽を積んできた。
聖女としての修行や勉強はもちろんのこと、西の大陸の言葉や習慣を学び、剣術も魔法も磨き、サバイバル術も身に着け、美容にも気を使い、できることは何でもやってきた。
旅の費用を工面するために、前世の知識を活かして、この世界にはない物語や戯曲を大量に執筆し、印税でがっぽり儲けた。
さて、船旅は至極快適だった。
さすが豪華客船の最上級スイートルーム、100㎡の広さで、キングサイズのベッド、広いバスタブ、バーまである。もちろん専属のバトラー付き。
バルコニーから大海原を眺め、連日、豪華な食事やワインを楽しんだ。
もちろん、エステで肌を磨くことも忘れない。
2か月も船に乗りっぱなしなんだから、このくらいの贅沢は必要経費だ。
小説は熟読していたから、冒険の段取りはすべて頭に入っているし、騎士様と最高の出会いを演出する用意も出来ている。
完璧だ。
「余は本日、聖女ポーラ・ボールドウィンとの婚約を破棄する!」
「そんな……!!酷いですわ、殿下」
その場で泣き崩れるポーラ姉さま。
姉を心配し、おろおろと狼狽える私。
「ああ、なんて可哀想な姉さま……」
なんてね。
私はレイシー・ボールドウィン。
私と姉のポーラは、ボールドウィン伯爵家の美貌の聖女姉妹として、社交界ではちょっと知られた存在である。
姉さまには、相思相愛の幼馴染ニール・テイラーがいる。
優しく美しい姉さまと、賢く誠実なニールはとてもお似合いのカップルで、私はいつかニール義兄さまと呼べる日が来るのを心待ちにしていた。
しかし、聖女の式典でソリストを務めた姉にハリソン王子が一目惚れしてしまう。
両親もニールと姉のことは知っていて、近い将来結婚させるつもりでいたが、王族からの婚姻の申し込みを断る勇気はなかった。
王族を怒らせたら貴族社会で冷遇されるのは間違いないし、最悪、爵位を剥奪されることもありうる。
姉さまは泣く泣く王子と婚約することになった。
どうしたものかと思案していたところ、聖女仲間のひとり、レベッカが王子に色目を使い始めた。
これだ!とひらめいた私たち姉妹。
レベッカと王子をくっつけて、王子のほうから婚約破棄させればいい!
幸い、レベッカは性格は陰険で最悪だが、かなりの美人でスタイルも抜群だ。
バカ王子にはとてもお似合いの相手だと思う。
号泣する姉に駆け寄り、姉を慰めながら悲しみに暮れている私だったが、内心笑いが止まらなかった。
こんなに筋書き通りにいくなんて。
陰険女は王子の隣に立つと、腕を絡めて上目使いでしなだれかかっていた。
さすがに国王陛下も呆れたようだ。
「ハリソン、お前の結婚式の日程は決まっているんだぞ、どうするつもりだ?」
「それには心配に及びません、父上。未来の王妃にふさわしい女性はもう見つけてあります」
勝ち誇った顔をする陰険女。
「それはお前だよ、レイシー・ボールドウィン!」
「は?」
「え?」
さっきまでしおらしく泣く演技をしていた姉さまも素に戻ってしまった。
「ハリソン殿下、あ、あの、わたくし、ですか?」
バカ王子はなぜか得意げだ。
「ああ、同じ顔なら若い方がいいと思って」
確かに私と姉さまはそっくりだが、なんだ!その理由は!!
もともとムカつくやつだと思っていたが、もう本当に嫌。大っ嫌い。
国王陛下も戸惑っていたが、姉でも妹でも大差ないと思ったのか
「わかった。妹レイシーとの婚約を認めよう」
と、聴許してしまった。
いやいや、冗談じゃないから!
そこは叱る場面だろ!
親バカかと思っていたらバカ親だったのかよ。あーもう!!
とりあえず、急な決定で冷静になれないので、婚約のことはまたあらためてということで、私たち姉妹は王宮を後にした。
「まさかこんなことになるなんて、ごめんなさい、レイシー」
帰りの馬車の中、姉さまはうなだれて、今度は本当に泣きそうになっていた。
「気にしないで、問題ないわ。私、家出するから」
姉さまの表情がぱっと輝く。
「まあ!とうとう計画を実行するときが来たのね」
「ええ。そのための準備は十分にしてきたわ。だから心配しないでね」
「あなたの努力は知っているもの。うまくいくように応援している。お父様とお母様のことはまかせて」
「ありがとう。姉さまもニールと幸せになってね!」
屋敷に戻るとすぐに、私は旅行用カバンを引っ張り出して、必要なものを詰め込んだ。
皆がまだ眠っている夜明け前に屋敷を抜け出し、港に向かう。
そして大型客船に乗り込んだ。
目指すのはここ中央大陸から三千里離れた西の大陸だ。
じつは、私は異世界からの転生者。
平々凡々な会社員にしてファンタジー小説マニアだった私は、気がついたら、小説の登場人物の一人、聖なる力をもった家系の美人姉妹の妹レイシー・ボールドウィンに生まれ変わっていた。
その小説とは『五大陸の物語~5 continents of the world ~』。
この世界には5つの大陸が存在し、ひとつの大陸につき1巻ずつ、全5巻からなる物語である。
前世ではこの本が大好きで、何度も何度も読み返していた。
なかでもお気に入りは、第2巻の西の大陸の物語。
砂漠の国、ディルイーヤ王国では、王妃が眠り続ける病気を患ってしまう。
王妃を深く愛する国王は国中の医者と薬師を集める。
しかし、どんな治療をしても王妃が眠りから目覚めることはなかった。
絶望する国王。
そんな中、一人の神官が神のクリスタルを集めてみてはどうかと提案する。
古代から伝わる神話によると、医術の神リゾルテが病で苦しむ人間のためにどんな病でも治すクリスタルを与えた。しかし、いたずら好きな神ルーンがクリスタルを4つに割り、世界のあちこちに隠してしまう。
今もそのクリスタルは西の大陸のどこかに存在すると言われている。
そんなおとぎ話を信じる者は誰もいなかった。しかし、藁にもすがりたい国王は、己の騎士にクリスタルを探しだしてくれないかと頼む。
そして王命を受けた騎士はひとり旅に出るのだ。
この騎士様こそ、私の最愛の推しキャラ、サリッド・アル=アスカリー様!!
長身、塩顔のイケメンで、私の好みどストライク。
ビジュアルも最高だが、性格もストイックでクールで、初めて読んだ時から虜になってしまった。
小説を読みながら、いつも彼と冒険する妄想を繰り広げた。
この大地は一人で旅をするには広すぎる。
彼と私は灼熱の砂漠で出会い、一目会った瞬間に惹かれあい、恋に落ち、互いの手を取り合って迫りくる数々の脅威に打ち勝つのだ。
そして、レイシーとして生まれ変わってからは、騎士様の冒険のパートナーとしてふさわしくなれるよう研鑽を積んできた。
聖女としての修行や勉強はもちろんのこと、西の大陸の言葉や習慣を学び、剣術も魔法も磨き、サバイバル術も身に着け、美容にも気を使い、できることは何でもやってきた。
旅の費用を工面するために、前世の知識を活かして、この世界にはない物語や戯曲を大量に執筆し、印税でがっぽり儲けた。
さて、船旅は至極快適だった。
さすが豪華客船の最上級スイートルーム、100㎡の広さで、キングサイズのベッド、広いバスタブ、バーまである。もちろん専属のバトラー付き。
バルコニーから大海原を眺め、連日、豪華な食事やワインを楽しんだ。
もちろん、エステで肌を磨くことも忘れない。
2か月も船に乗りっぱなしなんだから、このくらいの贅沢は必要経費だ。
小説は熟読していたから、冒険の段取りはすべて頭に入っているし、騎士様と最高の出会いを演出する用意も出来ている。
完璧だ。
応援ありがとうございます!
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