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第13話 イケメンに魔性の女を近づけるべからず

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朝、目を覚ますと、私はすぐに外出の準備をした。
昨晩は、お祭りの解放感とアルコールの力があったとはいえ、かなりイチャイチャできたので満足している。
出かける前に、隣室で眠っているサリッドを起こさぬように、ドアの下の隙間から外出する旨を記したメモを滑り込ませた。
昨日はかなりお酒を飲んでいたし、しばらく起きないだろう。
旅の疲れもあるだろうし、休める時にはしっかり休んで欲しい。


私は街の中央にある図書館へ向かった。
オフホワイトの大理石で作られた大きな建造物で、1階から5階まで吹き抜けになっており、とても開放感がある。
西の大陸の知の拠点として、大陸のみならず世界中からあらゆる書物を収集しており、蔵書数は王都にある王立図書館にも引けを取らず、なんと三千万冊を超えるという。

古代遺跡にあるクリスタルを手に入れるためには古代語が必須である。
レイシーとして生まれ変わってから、もちろん古代語の勉強も考えたのだが、中央大陸には西の大陸の古代語が学べるような文献はなく、また西の大陸も古代語に関する書物の輸出は禁止していたので、あきらめるしかなかった。

さっそく古代語の書物を探す。
適当に数冊選び、さらっと目を通してみたが、かなり難しい。
付け焼刃の勉強なんかでは、どうにもなりそうになかった。
もう少しわかりやすそうなのがないか、司書に訊いてみようか。


「あの、すみません。お伺いしたいのですが……」

読書に耽っていた司書が顔をあげた。
司書が読んでいたのはまさに古代語の本だった。

「失礼ですが、あなたは古代語がお出来になるの?」
「まあね」
「じつは、訳あって古代語がわかる方を探しているの。もし仕事を引き受けていただけるなら、十分な謝礼をお約束しますわ」
「金、ねえ」

司書は顎をさすった。

「あら、お金より欲しいものがあるのかしら?」
「俺はこの図書館にあるという魔族の書を探しているんだ」
「えっ、魔族の本がここにあるというの?」
「ああ。この図書館ができたころに北の大陸から持ち出された書物が寄贈されたという記録はあるんだが、10年以上前から探しているんだがいまだに見つからない」

『五大陸の物語~5 continents of the world ~』の、第5巻の舞台である人類未踏の北の大陸、そこには魔族が暮らしている。
魔族と人間は交わることはないが、たまに好奇心旺盛な一部の魔族が他の大陸へこっそり出かけることもあった。
だから、司書のいう書物がここにある可能性は十分にある。

「ここの蔵書数は膨大だけれど、魔族の言葉で書いてあるのだから、人海戦術で一冊ずつ調べていけばわかるのではなくて?」
「それが、ほかの言語に見えるようにカモフラージュする魔法がかけてあるからお手あげなんだ」

なるほどね。

「もし、私がその本を見つけたら、こちらの仕事を手伝ってくださる?」
「そりゃもう喜んで」

魔族は聖なる力を嫌う。小説の中でも魔族や魔族の魔法は聖女に退けられていた。
だったら……。
私は聖女の力を解放した。
魔力を煙のように変え、図書館の隅の隅までいきわたらせるように意識を集中する。

2階からドサッと何かが落ちる音がした。

「行きましょう」

司書を促して、階段を昇る。
書架から一冊の本が飛び出して、床に落ちていた。
私は拾い上げ、本の表紙に手を当て、直接、魔力を込めた。
パキン!とガラスの割れるような音がすると、西の大陸の言葉で書かれたロマンス小説は、魔族の魔導書に姿を変えた。

「うぉおおおおあああおおおおおおおっっっ!!」

司書は大興奮だ。

「あんた、すごいな。いったい何者だよ」
「古代語の通訳は引き受けてくださるということでいいのかしら?」
「ああ、もちろん。やらせてもらうよ」
「ありがとう。助かるわ。私はレイシーよ」
「俺はナーヒド」
「よろしく、ナーヒドさん」
「だけど、古代語なら、俺より神殿の巫女様のほうがはるかにできるぜ。あっちに頼んだらよかったんじゃないか?」

その女に会いたくないから自力でなんとかしようとしていたのだ。
小説では、バルハーラの巫女は恋愛に奔放、かつ男好きで、古代語の通訳を頼みに来たサリッドを気に入り夜伽を命じる。
そしてあろうことか、これも王命のためとサリッドは受け入れ一夜を共にしてしまうのだ。

私は控えめに言って、かなりの美形である。
社交界ではデビュタント以降、男からは女神のようだと誉めそやされ、女からは嫉妬されてきた。
ただ、それはあくまで中央大陸の話であって、ところ変われば美の基準も変わってくる。

昨日のお祭りでも思ったが、西の大陸では肉欲的な女性こそが最高に魅力的らしい。
豊満なバストとヒップ。色香が匂い立つ、男をその気にさせる女。
抱きしめれば折れそうな華奢な体つきと清純さが好まれるコルトレーン王国とは真逆なのだ。

たしかに、ディルイーヤここでも美人だと顔は褒められるが、イコール男性が性的な魅力を感じてくれているとは限らない。
もちろん、万人に惚れてもらう必要はなく、たった一人の男に愛してもらえればいいのだけど、その肝心の相手の女の好みがいまひとつ掴めていないのだ。

私のことを信頼してくれているし、一緒にいて楽しいと思ってくれているのは確かだが、サリッドも男だし、神殿の巫女のような色恋に長けたフェロモン系のグラマラスな美女を前にしたら、これまで積み上げてきた関係など一瞬で吹き飛ぶかもしれない。

君子危うきに近寄らず。

ナーヒドが仕事を引き受けてくれたことで、地雷を踏みに行かなくて済んだので、とりあえずひと安心である。
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