隠れゲイシリーズ

芹澤柚衣

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隠れゲイとカプチーノ

2.

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 棚橋との出会いも大学だった。サークル勧誘のビラを両手に持ちつつ、三人にトライ内二人に配り損ねるというリズムを維持していた俺が、二人に連続でやんわり断られ、肩を落としつつ再チャレンジをして、受け取ってくれた三人目が棚橋だったのだ。
 ビラなんて、渡せりゃあ御の字だ。サークル名も活動内容も、勿論連絡先も書いてある。興味なければごみ箱へ直行だろうが、入る気のある奴を取り溢すことはない。中にはビラをきっかけに部室まで連れて行くなんて応用技をいとも簡単にこなすヤツもいるが、生憎三分のニの確率でビラさえ断られているような俺にそんな高等テクはない。それなら数をこなすだけだと、受け取ってくれた棚橋に軽く会釈をして次のターゲットをロックオン。片手に荷物を持っているだけで気後れする俺なので、なるべく身軽な奴を探すのだが、この入学式ラッシュ。ガイダンス後の生徒は、大抵お揃いの袋を持っている。
 ああ、この大学、なかなか重たい冊子を寄越す割に袋の取っ手がビニールで出来てるんだよな。ごめん新入生達。俺もそのへんの気の回らなさどうかと思ってる。
「先輩、先輩ちょっと」
「は?」
 二年になった実感さえ湧かない俺を先輩呼ばわりするような、所謂後輩の存在なんて心当たりもなかった。だから、その代名詞からして聞き流していたけれど。執拗に呼ぶその声は、どうやら俺に向けられていたらしい。
「先輩ってば。ごめん、名前わかんないから」
「……おお、すまん」
 袖を引かれて振り返る。先ほどビラを受けとってくれた青年だ。無差別にチラシを配っていたさっきは碌に見ちゃいなかったけど、改めて視界に入れてややびびった。
 うなじを隠す程度の長さはある、柔らかな金糸雀色の髪。平均的な日本男児程度に整った顔の中で唯一、不釣り合いな程の色香を思わせるエキゾチックな瞳。目にかかる前髪を指で払う仕草にさえ、一瞬囚われた。目も眩む程の美丈夫じゃないけど、よく見りゃ厭味のない程度のイケメンだ。芸能人みたいなタイプより、こういった中の上くらいのフツメンのがモテるんだよな。
「あのさ、勧誘やってるんだよね?」
「は? うん、そうやけど」
「何かがつがつしてないね……まあいいか。とりあえず先輩でいいんだよね。一個上?」
「うん」
「うわ、やっぱり……ごめんなさい、敬語とか」
 今更しおらしい顔をするのが可愛くて、うっかり笑ってしまった。身長はさほど俺と変わらないのに、何だか雰囲気の可愛い男だ。
「や、ええよ全然。敬語とか、俺もなあなあやし」
 実際に、取ってつけたような敬語しか遣えないのだから嘘じゃない。一年間一年生やったけど、俺は土台後輩に向いていないという事が分かった。語尾にですますを付ければそれとなく敬語っぽくなるんじゃないか、なんて今でも考えてるし。
 フォローしたつもりじゃなかったのに、嬉しそうに笑う。笑うとイケメン度がアップした。ホモって多分、女子より気が多いと思う。だって俺一瞬ときめきましたすみません。彼氏すみません。
 でも普通にカッコ良いなこいつ。名前聞いても良いかな。何こいつホモ? とか思われないかな。俺ホモ歴長いからよく分かんないんだよその辺。教えて一般ピープル!
「あ。俺、棚橋和希です」
「何お前エスパー!?」
 びっくりするようなタイミングでファーストネームまで教えてくれた棚橋との出会いが今の彼氏より早かったら、ぶっちゃけどっちに落ちてたか分かんねぇなあ、なんて。一瞬思っちゃいました彼氏ごめんなさい。でも、愛してるのはお前だけだから。

「実際は、謝る必要なんか何一つなかったって訳ですよ……」
 言葉にして、より一層ヘコむなんて馬鹿だけど。一人暮らし歴も、ゲイ歴の次に長いんだから仕方がない。寝坊したので冷蔵庫からパックの野菜ジュースだけ掴んで電車に飛び乗った俺は、マナー違反を承知でストローを刺す。青臭い匂いを嗅ぐともなしに、今刺したそれを口に咥えた。一口飲んでから、あ、これじゃなかったって思う。朝から液体オンリーとか、やってられっか。食パン食べたい。欲を言えばバターがたっぷり塗ってある、狐色のやつ。バターの色が白いとか超萎えるし。ちゃんと熱々のパンに、染み込んでるのが良い。でも、それガチで用意してたら遅刻決定だから。状況的に野菜ジュースしか選択肢はなかった。何も腹に入れないよりはマシだけど。満たされるような幸せはない。そこまで考えてから、尚ヘコむ。おいおい何だ、まさにあの馬鹿と俺のようじゃねえか。
 あいつも、俺食ってから間違えたって思ったのかな。そうだろうな。昨日直に言われたし。一口食ってから、何か違うとか思って? 何もないよりマシだ、なんて理由で関係を続けて? でもそんなのでノンケの腹が満たされる訳ないんだから、やっぱり食パン(狐色のやつ)のが良いって? うわ寒い。寒いよ俺。そんなの言われたら悪いのが百パー向こうでも、ごめんって言っちゃうよ。
 誰だって、パンの方が良いに決まってる。この際パンなら、冷めきっててバター白くてもまだそっちのがいい。野菜ジュースのみなんかよりよっぽど満足するだろうよ、ノンケの腹はよ! とか思いながら、今ゲイの俺が飲んでるのは散々罵った野菜ジュースな訳で。何だこれ自虐? 俺は自分で自分をいじめてんのか? どんどん泣きたい気分になってきたんですけど。
 最悪だ。死にたい。だって彼氏に捨てられた上、棚橋にホモってばれた。しかも抱かれてるホモってばれた。今日サークル行ったらうわあいつホモだぜきっしょ、とか言われるに違いない。しかも抱かれてる方だぜ! みたいな。別にコンプレックスとかないけど、どっちかというと抱かれてる方がやばい気がする。そっちのが真性っぽいだろ。抱いてる方は、最悪女に戻れそうだけど。抱かれてる方は、もう女駄目っぽいような気がする。いや、駄目なんだけど。お察しの通り駄目なんだけど。
 今日はなるべく棚橋と目を合わさずにいよう。ていうか、サークルもサボろう。どうせ学年が違うのだ。それに参加しなきゃ、暫くは会わないでいられる。眼福な上に話しやすい後輩にもう会えないとか若干寂しいけど、軽蔑の眼差しで見られるよりはマシだ。何か冒頭から散々な目に遭い過ぎじゃねぇの俺。しかも、未だに自分の名前とか名乗ってないしね! なのにこの扱いどういうことですか! 訴えるぞ!
「先輩」
 よし死のう。マジかよ来たよこれ。校門でこの時間まで待つとか、何? どこの少女漫画ですかコノヤロー。どこまで俺を追い詰めたいんだ棚橋コノヤロー。
 油を差し忘れて四、五十年は経っている自転車のハンドルを無理矢理動かした時みたいなぎしぎしした動きで、棚橋の顔を見る。一見しただけじゃ、後輩の心内などわかりようもなかった。
「ここで待たれんの、うざいかなって思ったけど……先輩、サークルサボりそうだし」
 うーわー、見抜かれてる。そうです俺は嫌なことがあったら、基本逃げまくって解決するタイプです。それ結局解決してないだろ、とか言われるけどね。そんなことないから。時間と言う名の魔法で、解決してるからいつも。
「……ちょっと今、時間ある?」
 ないって言いたかった。実際もう授業始まるし。それ言い訳にすりゃ、棚橋だって納得しただろうけど。でもどこかで思った訳だ。
 棚橋は、俺を避けようとしなかった。その事実が単純に嬉しい。この期を逃せば、もう棚橋と分かりあえる機会なんてそうそうない気がする。俺がゲイってだけで、折角仲良くなれた友人とこれっきりになるのは嫌だ。
 てゆうか、すげえ今更なんですけど。
「黒髪で髪質は硬め、中肉中背、身長百七十五センチ、中の下程度のフツメンで、鼻の辺りに去年の夏遊びまくったせいで若干そばかすの残っているモブ顔で、ファーストネームは潤也です」
「え、何急に。知ってるけど、先輩の名前」
 不思議そうに瞬きをしてから、俺のアイドルは声をあげて笑った。
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