隠れゲイシリーズ

芹澤柚衣

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隠れゲイとスプモーニ

2.

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 十四時過ぎの生協は、総菜パンは四拓、おにぎりに至っては二拓程度しか選ぶことの出来ない品数の少なさだが、人の少ない感じが居心地よくて、ついお昼をずらして買いに行ってしまう。おお、今日はおにぎり四個も残ってた。超ラッキー。このところ立て続けに、問答無用で昆布(乾いた海苔バージョン)オア昆布(湿った海苔バージョン)だったもんな。これで漸く、昆布の呪縛から解き放たれるぜ。
 しかし昼ご飯は百二十円程度の何かを二個までと決めている俺なので、四拓といえど百六十円の焼きたらことにねぎとろは予選落ちである。残された梅と昆布を二つ手に取って、真剣に悩む俺。いや待て。こいつ、梅のくせして百二十円? ないわ。ないない。結局百五円の昆布に決定した。何この昆布率。別に好きだから良いけど。
 その後は、やたら余ってた蒸しパンを手に取ってレジに進んだ。片手でおにぎりとパンを持って、並んでる間に財布を探す。
「貸して」
 レジのお兄さんと視線が合う前に、横から現れた影。友達といえば棚橋、恋……人? と言えば棚橋な俺なので、聞き覚えのある声なんてレベルじゃなく、確信をもってそいつは棚橋だと断定した。女のように細く綺麗な指で、トータル二百三十円のそれがさらりと奪われる。反対の手には、当初のやつの目的だったらしいシャー芯。おい待て棚橋。まさか一緒にお会計する気か。ナチュラルに彼女にするみたいな奢り方すんな。前から思ってたけど、お前俺をどういうポジションに置きたいんだ。
「いらんわ、そういうの。自分で買う気で選んどんねん、返せや」
「レジで揉めるのって、迷惑じゃない? 後にしてよ。後ろつかえてるし」
「せやかて」
「……てゆうか、何これ。却下」
「は?」
 二番目でお待ちの方どうぞと声が掛けられるその一瞬前に、あっさり二番目の座を三番目に譲って棚橋はくるりとレジに背を向けた。あろうことか厳選した俺のおにぎりを棚に戻し、蒸しパンさえも元の位置に置く。え、お前マジで何がしたいの? 代わりに値段が安けりゃ選んでたであろう焼きたらことシーザーサラダ、別売りのドレッシング(ごま)をやつが手に取ったところで、とうとう我慢ならずに俺は突っ込んだ。
「なあ、ごめんやけど聞いてええ? お前何してんの」
「あのね先輩。そんなに貧乏じゃないんだからさ。ご飯の基準、値段じゃなくてバランスにしようよ。流石に栄養、偏り過ぎだから」
「せやかて、蒸しパン好きやねんもん!」
「……安くて、お腹いっぱいになるからじゃないの?」
「好きやねんもん!」
「……俺にだって、そんなにそれ、言わないくせにね」
 少しだけ苦笑い寄りの笑い方に口を歪ませて、聞き分けの良い後輩は手に取りかけていたゆで卵を戻す。ん? 今のはどういう意味だ? と俺が問う前に、蒸しパンを一つ拾ってレジに進む棚橋。今更行ったところで並び直さなければいけないのだけど、そこは十四時のマジックだ。そう労せずに「二番目でお待ちの方」と声を掛けてもらえるだろう位置まで繰り上がった。
 レジでから揚げ棒を二つ追加しながら、マナカなんて得体のしれないカードでさっと会計を済ました棚橋は、後ろの人に軽く会釈する礼儀はあるくせに、俺のことはガン無視で生協を出て行った。何だよ。何怒ってんだよ。俺の方が怒りたいわ阿呆! 知るかお前なんか、勝手に怒ってろこのマナカ野郎!
 脳内で散々罵倒し正反対の方向に走ってやる気まんまんだったが、そういえば人質という名の蒸しパンがやつの手に握られたままだった。ついでに言うとから揚げ棒も食べたい。カッコ悪さを承知で、しぶしぶ棚橋を追いかけることにした。ちくしょう。一人暮らしが、から揚げ系の料理に注ぐ執着心なめんな。
 無駄に馬鹿後輩が早足だったせいで一瞬見失ってしまったけれど、向かった方向さえわかっていれば心当たりぐらいある。一年も通えば、こっち方面でご飯が食べられそうな箇所ぐらい予測できようというもの。少し歩けばすぐに、木陰に設けられた良い感じの木製テーブルと椅子があるけれど、午前中ちょっとしたにわか雨が降ったため、濡れているので使う場所の候補にはならないだろう。その後に続くステンレスのベンチも、同じ理由で却下。うんと奥まで進んでしまうと墓しかないのでここには他にないなと思われがちだが、墓の二、三メートル手前の森、道なき道を斜めに進めば、左側に見えてくるのだ。そこだけ雑木林から切り取られたような、小さな空間。中庭というには少し規模のしょぼい広場だけど、俺はここが一番気に入ってる。プチテラスみたいな休憩場所は豪華にも屋根があるので、雨天でも飯の食えるというベストスポットな上、軽く秘密基地だから人に会うことも滅多にない。
 俺が校内の情報誌を作るとしたら、真っ先にここ載せるわってくらい好きな場所。尤も、他の人に知られたくないから、作るとしても卒業後だけど。いつか純然たる友人だった時代に、棚橋にも話したことがある。それなりに気に入っていた様子だったから、もしかしてと思って来てみりゃ案の定だ。
 うわあ不貞腐れた顔で蒸しパンを両手で潰してやがる。陰湿な嫌がらせしやがってこの野郎。
「棚橋!」
「遅いよ、先輩」
 遅いよ、じゃねーよ! すたすた歩いて置いてったの誰だよ! と言いたかったが突っ込めそうな空気じゃなかった。何か、妙にピリピリしてて戸惑う。こいつこんな性格だったっけ? もうちょっと爽やかなイメージだったんだけど。てゆうかここまで怒らせるようなことを、俺が何かしたのかな。全然心当たりないんだけど。
「いつまでも立ってないで、座ったら」
「いや……うん。棚橋、もう蒸しパンそのへんで勘弁してやれや。そろそろ形状が、玉せんみたいになってきとるし」
「…………」
 無言で蒸しパンだったそれを渡される。溜息をついて受け取った。何かよく分かんないけど、やっぱりすげえ居心地悪い。今まで一緒に居てあんなにリラックスできたのって、やっぱりひとえに棚橋の努力の賜物だったんだな。
「ちゅうか、やっぱ金払う」
「いいって言ってるのに」
「そんな、女にするみたいなこと、せんでええし」
「……何言ってんの?」
 コールド! びびった! 何今の声音完全コールド! 今の季節忘れるわやめろ!
 びくついた弾みで財布を落としてしまった。ああ、情けねえ。何やってんだ。
 間抜けな状況に意識が追いつかない間抜けな俺の代わりに、さっさと棚橋が拾ってくれた。ばらけたカードを揃えながら拾い、右手だけで小銭を回収している。
「わ、悪い……」
「…………」
「……棚橋?」
 淀みなく財布に小銭を戻していた後輩の手が一瞬止まり、ぎくりとする。あれ? 何かやばいの入ってたっけ? いやいやいや、大丈夫。スーパーかコンビニのレシートしかないし。多分。前に酔ったはずみで哲と撮ったプリクラと言う名の黒歴史は、財布替えたと同時に捨ててる筈だし。大丈夫。焼却炉という魔法で、あれはもうなかったことになった筈だ。心頭滅却!
「何……何かへんなのあった?」
「……や、別に。先輩免許持ってるんだなって、何か意外でさ」
 あれ? 良かった。普通のテンションに戻ってる。
「そうなん? 俺らの地元じゃ、高校卒業と同時に取んのが常識やったで」
「俺も、そろそろ取った方がいいのかな」
「そんな、急ぐことあれへんよ。無駄に春休みも夏休みも長いしな。チャンスなんてこれから、いくらでもあるやろ」
「先輩」
「ん?」
 殆ど玉せんを眺めているような気持ちでうすっぺらくなった蒸しパンを横に置いた俺に、棚橋がから揚げ棒を差し出してくる。とりあえずそれを口に咥えて、ごぞごぞとコンビニの袋を漁りながら、俺はめんたいこのおにぎりに半分意識持ってかれてる感丸出しの生返事をした。
「……俺って、平均より高い方?」
 へ? 高い? 高いって何が……スペック?
 とりあえず咥えていたから揚げ棒を、左手に持って口から放す。意味が分からないまま棚橋を見上げると、頭の上で片手をひらひらやってるのが視界に入った。
「……ああ、身長? 高い方なんちゃうの」
「もういい、分かった」
 短く言い捨てて、もう一本のから揚げ棒を素早くレジ袋から取ると、棚橋は突然立ちあがった。分かったって、何だそれ。聞く暇もなく、一人でどこかへ行ってしまった。正直、驚いた。今から一緒に、ご飯を食べてもらえると思ってたのに。
 ごめん、この後用事があるから的な言い訳のフォローもなく、俺と昼飯の入ったビニール袋は、その場に当たり前のように取り残されたのだった。
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