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ラウーラ、ポカンとする。

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 ラウーラ・サヴオレンスは、公爵家の長女である。
 幼い時からそれはそれはとても元気の良い子だった。

「まあまあラウーラお嬢様危ないですわよ。ほら可愛いお人形さんはいかがで……お嬢様!」
 お人形よりも、護衛騎士の剣に興味を持ち、
「エビー、ブンブン!」
 護衛騎士のエイビーが剣を振るのを喜んで見る子供だった。
 歩ける様になると、ヒラヒラのドレスを鬱陶しそうにしながらも、庭を駆け回り、木に登り、棒を振り回した。

 一方で、ラウーラは言葉を覚えるのが早く、2歳になる前から大体の意思の疎通ができた。

「「うちの子は天才かもしれない」」

 公爵夫妻は大層興奮して早くも家庭教師をつけることを検討した。その一環で魔術師を招いてラウーラを診て貰うと、魔力量が人よりかなり多いことが判明した。

「これは……ラウーラは歴史に名を残す魔術師になるかもしれないぞ」「それか、良く御伽噺に出てくる『聖女』になってしまうかもしれませんわ」公爵夫妻は我が子の将来に一層胸を躍らせた。


 ラウーラが2歳になった頃、侍女がこの国では誰もが学ぶ勇者グラフの物語について話して聞かせると、ラウーラはぽかんとした顔でこう言った。

「それってほんとうにわたしのこと?」

 そして、侍女の持つ本を覗き込み──まだ知らないはずの文字を──読んで

「へー!そっかーエミリオはリリアンヌとけっこん、できたんだね。よかった。でもジンとアンナも?まさか……だっていつもケンカばっかりしてたのに……そんな………しらなかった……」

 と。

 嬉しそうで、悲しそうなその表情は、とても2歳児には見えなかった。とその場にいた全員が証言した。




 ラウーラ・サヴオレンスは、偉大なる魔術師でも、御伽噺の聖女でもなく、勇者グラフの生まれ変わりであった。




 公爵夫妻はひどく混乱した。
 というのも、つい数年前……ラウーラが生まれる一年前に「勇者グラフの生まれ変わり」が誕生したと国をあげて散々お祝いした所なのだ。
 公爵自身も、彼──アルフレッド第一王子──生誕の祝典でその姿を拝見した。今思い出してみても、誰がどう見ても、アルフレッド第一王子は確かに勇者グラフの生まれ変わりだった。そのお姿は。

 そのことを公爵は2歳の我が娘に報告した。
 ラウーラは、アルフレッド第一王子の存在に驚きはしつつもこう答えた。

「なぜ私が新しい生を受けたのかはわかりませんが、サヴオレンス公爵家に生まれた以上、私はラウーラ・サヴオレンス公爵令嬢として生きるつもりです。なので、どうぞお父様も私のことはただのラウーラと思ってください」

特に王族に喧嘩を売りたい訳でもない公爵は「ラウーラ……いや、グラフ様……うん?ラウーラで良いのか?ラウーラもこう言っている事だし」とこの事実を公爵家の中だけに留める事を決めた。


 前世が発覚した後も、ラウーラは公爵家の領地で元気よくスクスクと育った。そんな中最初に違和感に気づいたのは護衛騎士のエイビーだ。
「なんというか、お嬢様のあの動きは騎士の鍛錬に似ていますね」
 ハハッと笑うエイビーに、侍女たちは不安げに顔を見合わせた。

 3歳になったラウーラは、誕生日に自分用の剣が欲しいと熱望した。流石に3歳の娘に剣は、と公爵も思ったが、しかし中身はあの勇者グリフでもある、いや、確かに3歳の娘のはずなのだが。苦悶に顔を歪めた公爵が、チラと娘を見ればウルウルと目を潤ませてこちらをじっと見つめていた。

 公爵は騎士団御用達の武器屋を屋敷に招いた。
 ずらりと並べられた見本の剣を、ラウーラは目を輝かせて眺め、一方の武器屋はそれはもう困惑の表情でラウーラと公爵の顔をチラチラ交互に見ながらそれぞれの剣の特徴を説明した。
 ところが暫く受け答えをしていくうちに、武器屋は相手が3歳の娘であることを次第に忘れていったのか、武器談義に花を咲かせ始める

「そう!そうなんですよお嬢様!よくわかっていらっしゃる。使い手が手入れさえきちんとすればこちらの方が断然切れ味が落ちないんです」
「自分の管理の悪さを剣のせいにして欲しくはありませんよね」
「全くですよ!使い込んだ剣の見事さといったら」
「わかります」

 帰る頃には武器屋はラウーラと意気投合、結果的に彼女の為に素晴らしい剣を用意してくれた。

 ラウーラは贈られた剣を片手に、喜び勇んで公爵家の騎士の鍛錬に紛れ込むようになった。
 3歳の少女が懸命に素振りをする姿を、騎士達は驚きつつも微笑ましく見守った。一年くらいは。
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