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ラウーラ、びっくりする。

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 アルフレッドの魔物討伐も終わり帰城して5日ほど経っていた。
 生真面目なアルフレッドが、果たして森で出会った不審人物やオオヤミクイの事をどう陛下に報告するか、が、何より心配だったがどうやら上手く誤魔化してくれたらしい。

 しかし自分一人の手柄にしても良いのにまさかラウーラの名前を出すとは。
 アルフレッドらしいな、とラウーラは眉を下げて小さく笑った。

 城下町の噂が上々なのも確認でき、ラウーラは上機嫌のまま帰宅した。



「ただいま戻りました」
「お、おかえりなさいませお嬢様」

 上機嫌なラウーラは、どこか目を泳がせている侍女に気がつかず自室に足を向ける。
「ルルー、この後はアルフレッド殿下のアミュレットの仕上げをするから作業部屋の準備をお願い」
「はい」

 あの晩役目を果たして壊れてしまったアミュレットをラウーラは更に改良して(考えたのは主に魔術師のメキジャだが)新しいものを作り直していた。
 
 前よりデザインも少し凝ったものにしたので時間がかかってしまったが、後は組み立てて魔力を注ぐだけだ。

 これでまた何かあっても殿下を守れるし、どこにいるのかも把握できて安心できる「フン、フフ~ン」鼻歌も出ると言うものだ。
 軽く身支度を整えるとラウーラは作業部屋へ向かった。

 作ったパーツを組み立て、魔術式の最終確認を終えるとラウーラは大きく深呼吸をして、中心に嵌め込まれた魔石に魔力を注いだ。

 しっかりと殿下を守れる様にと手のひらに全神経を集中させる。

 うっすらとラウーラの周りが発光し、ミルクティー色の髪がふわふわと風もないのに靡いた。

 それは魔術師が見れば中々息を呑む光景なのだがラウーラは気づくこともなかった。そうこうしているうちに、白濁していた石が澄んだ緑色に変わっていく。

 もうこれ以上魔力が入らない。という手応えを感じてラウーラは手を離した。アミュレットは美しく光っている。
「よし。完成」
「美しいね」


「!!!!!」


 耳元で突然囁かれてラウーラは椅子から飛び上がってそのままアミュレットごと床に転げ落ちそうになった。

「危ない!」

 ギリギリでアミュレットを掴んだラウーラを、ギリギリでアルフレッドが抱きとめた。そこにいないはずの婚約者の顔を間近に見てラウーラは目を見開いた。

「えっ?ええ??」
 混乱するラウーラにアルフレッドが笑いかけた。
「ただいまラウーラ」
 


 

 いつの間にかテラスに用意されていたお茶の席に座る。
 新しいアミュレットは早速殿下の腰で光っていて、アルフレッド自身は……顔にいくらか疲れが感じられるが嬉しそうにしてくれてていた。

「帰って来てからなかなか会えなかったでしょう?それが急遽予定に空きが出来たものだから……突然押しかけてごめんね。折角だからラウーラを驚かせようと思って侍女達にも黙っておいて貰ったんだ」
アルフレッドはニコニコとしている。

「だけど一緒にお茶でもって思ったのに、帰ってきて早々アミュレットを作るっていうからこっそり見学させてもらってたんだよ」
「そ、それは……お見苦しい所を」

 作業用の服からそれなりの部屋着に着替えたラウーラは俯いた。
「とんでもない。あの様に美しい姿を見ることができて……来てよかった」

 アルフレッドは、討伐遠征のお土産にと焼き菓子を持ってきてくれていた。
 レアストロ地方名産の香りの良い木の実をふんだんに使ったシンプルな焼き菓子だ。この菓子、見た目は地味だがとにかく味が良い。

「美味しいです……!同じレシピで作っても何故かこの味が出せないのですよね」
「不思議だよね。職人が言うには産地で作ることが美味しさの秘密らしいけれど」

 それから、ジメクリ討伐についてをアルフレッド目線で聞き、問題点や改善方法について話し合った。

 もちろん一応ラウーラもその場に居て終始見学していたのだが、アルフレッド目線だとまた違ったものが見えて来て面白い。

「殿下は本当に騎士達の動きを良く見ていらっしゃるんですね」
「そうかな?あまり気にした事はなかったが」

「サルクスボアと対峙している時は、本当にもうダメかと思ったんだ。ラウーラのアミュレットのお陰で戦い抜くことが出来た」
「アミュレットは一助に過ぎません。殿下の力があってこそです」

「まあ!オオヤミクイの毒って薬になるんですか?!」
「なんでも良い痛み止めになるそうだよ。飲み薬や塗り薬にする事で、その場に魔術師がいなくても使えるから重宝するらしい」

 一通り話を終えると、アルフレッドは人払いをしてじっと飲みかけの紅茶を見つめ、それから意を決したように話し始めた。


「実はねラウーラ。父上……陛下にも言っていないんだけど、森の中で「黒い鳥」に会ったんだ。ラウーラも知っているよね?最近民衆の間で「影の勇者」と言われている者だ」

 ラウーラの心臓がドキリと跳ねた。

「大柄な冒険者を想像していたけど、会ってみたら実際は私よりも小柄でね。だけど魔物についてすごく詳しくて、なにより非常に場慣れている様子だった。剣裁きもしなやかで見事だったし、魔物を前にしても全く動じていなくて」
「は、はぁ……」

アルフレッドはテーブルを見つめながらつらつらと話し続ける。

「オオヤミクイの事も瘴気溜まりの事も、「黒い鳥」が教えてくれたんだ。でなければ、そもそも私は存在に気付く前に殺させれていただろうし、討伐も出来なかった。瘴気溜まりも発見されず放置され被害は拡大しただろう」

様子のおかしい婚約者に、ラウーラは口を引き結んだ。

「恥ずかしい話、あの時はもう目の前の事を成すのに手一杯だった。全てあの者のお膳立てがあって出来たこと」


 項垂れ、自嘲するアルフレッドの姿に、ラウーラの背中に冷や汗が伝った。良かれと思ってやったことが彼を傷つけた可能性に思い至り、手が震える。

「私よりも、あの者の方がずっと強い」
「何を仰るんです殿下。そんなことは」

 確かに今現在はラウーラの方が場慣れしているが、そもそもの素材が違う。鍛えればアルフレッドはまだまだ伸びるだろうし、今の世に必要なのは剣をふる強さだけでもない。

 ラウーラは思わず音を立てて立ち上がるとアルフレッドに駆け寄り、足元に膝をついた。そして震える手で殿下の手を握れば、そっと握り返される。
 アルフレッドは静かに笑った。

「……私などよりも、あの者の方が……ずっとずっと勇者グラフに近い」
「アルフレッド殿下にはアルフレッド殿下の強さがあります!」


 アルフレッドの悲しそうな笑顔に、そんなつもりではなかった。など言えるはずもなく。涙を溢さないようにする事しか出来ない。
 ラウーラは自分でも驚くほどすっかり狼狽してしまっていた。

「ごめんねラウーラ泣かないで。でも、これでも、今まで散々「勇者グラフの生まれ変わり」などと言われて来たんだ。流石に、分かるよ」

 そう言ってアルフレッドはラウーラを立ち上がらせると、自らの膝に乗せるようにして優しく抱きしめ、頭を撫でた。撫でながら、話を続ける。

「……あのねラウーラ……その「黒い鳥」は、こう、黒いマントを目深に被っていてね。フードのところに模様に紛れさせて魔術式が色々書かれていたよ。視界確保とか、認識阻害とかだった」

「……っ……え?は、はぁ」
 突然の話題転換にラウーラは目を瞬かせた。

「ただ……ラウーラは知らないかもしれないけど、犯罪防止のためにね、現在使用される認識阻害の魔術は、王族には作用しない様になっているんだ」

「……はぁ……ん?……えっ?」
 ラウーラは、目を瞬かせた。

「ラウーラ」
 耳元でアルフレッドが囁く。


「やっぱり知らなかったんだね」
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