デビルサマナー

John Smith/ジョン スミス

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七話

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「バカモンが!」
「へぶっ!」
「ぐはっ!」
「げふっ!」
「もぐっ!」
 
シミュレーター訓練が終わった直後、一列に並べられていたルーキー達の頭に、怒号と同時に教官のげんこつが降りそそいだ。
容赦なしの一撃に、全員が間抜けな声をあげた。
 
「油断が過ぎる! 悪魔操縦が荒い! 連携が全く取れとらん!個で劣る相手に一対一で挑んでどうする! あまつさえは自機の火線を意識しないまま撃つだと!? 味方の背中をぶち貫く馬鹿が何処に居る! ああ何、ここにいるな! ―――つまりは眠たいのだな貴様達は! もっと気を引き締めて挑め!」
 
頭を押さえながらうずくまる生徒達に、グロッケン教官は容赦なく怒鳴り声を浴びせかけた。
 
「何より、前回の反省点を全く修正できてないとはどういう事だ! この訓練の意味を本当に理解出来ているのか、貴様らは!」
 
基礎を身体に叩き込むのと同時、問題点を浮かび上がらせ、それを修正する。
それがこの訓練の目的で、それは事前にグロッケンから訓練生達に説明していた。しかし、それを理解していないが如き結果だ。
 
怒声が飛ぶのも、無理のないことだろう。だが、怒声の裏でグロッケンは思った。
これで当然なのかもしれん、と。グロッケンは言えない言葉を心の中で紡ぎ、胸中で上層部の連中を呪った。
 
訓練生達は、最低限の体力を持っている。適性も並の衛士と比べ、ずっと高いのが分かる。
知識は十全ではないが、最低限のものを教え込んだ。歳若い甲斐もあってか、吸収力も高い。
 
―――しかし、教育過程をすっ飛ばしているのがまずいのだ。
 
マニュアルと共に、一を積み重ねて育成するのが本来の方法である。
一を知らないものにいきなり五を、あるいは十を教えようとしても、その本当の意味が理解できるはずがない。
頷くものの、中途半端な理解のまま、中途半端な解決策を取ることになる。そして結果は見ての通りの、あの様だった。
 
(………いや、それだけではない、別の原因があるのか)
 
ターラーは違和感を覚えていた。
無茶な要求ではあろうが、それでも訓練生達は何とか課題をこなそうとしてきた。時間はかかったが、いくつかの課題はクリアできている。
 
しかしグロッケンは最近になって、その集中力と上達速度が落ちていることを感じていた。
此処に来てそういった事態になる理由がなんなのか。それは、グロッケン自身想像はついていた。
怒られ、震える訓練生。その様子を見れば―――拳骨を喰らう前から震えていたことも加えれば、馬鹿でも気づく。
 
武者震いでもなく、衛士が震える理由とは何か。それは、一つしかない。
 
「次、休憩なしで続けていくぞ! 美鶴と浜草はそのまま続行、他二人は入れ替われ!」
 
だが、そのまま何もしないという訳にもいかない。
グロッケンはそう考え、教官として怒鳴り声を上げて、訓練を再開させた。
シミュレーターに向かう小さな背中達。グロッケンはその中の一人を見ながら、顔を歪めた。
 
(しかし、こいつ………美鶴湊という奴だけは―――このままでは、恐らくは………いや)
 
今は目の前に集中するか、と。グロッケンは頭を振って考えを打ち消し、また訓練開始の合図をだした。
 
 
 
 
"戦場では数秒の逡巡が命運を分ける。タイミングも重要だが、何よりも行動の早さが重要である"と、そういったのは、誰だったか。
最前線の主役が、戦車・航空機から人型機動兵器である悪魔に移り変わってから、かなりの時間が経過した。
強靭な装甲という名の信仰心を失った戦車は、機動力の欠如という対天使戦においては致命的となる欠点を理由に主役を降りた。
 
一対一ではどの兵器よりも強かった、航空戦力。しかし彼らは、ラージ級の馬鹿げた対空能力を前に、その権威を失墜させることとなった。
旧時代、まだ同種同類であった人間が最大の敵としてあった頃は主役級として活躍したそれらは残らずその座から引き摺り下ろされたのである。
 
その二つの代わりとして、兵種の主役の座に上がった新兵器。
それが、デビルサマナーが扱う悪魔である。
 
 
元は、月の戦闘で開発された機械化歩兵装甲だ。強化外骨格という今までに無かった新しい概念から、見上げる程に大きい、歩行戦車ともいえる高機動兵器に悪魔を憑依させる。

天使の位置を掴めるセンサーから得た情報を元に、迎撃に有利な位置へと直ぐ様移動できる。
多少の難地形などものともせず、場合によっては三次元的な戦力展開も可能とする人類の主要兵器である。
発見から迎撃へと意識を移し、状況によって陣形を変え、戦術を決めて。
 
接敵後にはそれを実行できるという点では、歩兵の延長上とも言える。
戦場の制圧という点においては主役であった歩兵の役割をこなせて、準戦車級の火力を保持し、準航空機級の機動力を保持しているのだ。
 
人間が相手の戦争であれば、特化性の無い兵器―――いわゆる器用貧乏と、中途半端な役立たずモノとして一笑に付されていただろう。
だが、天使が相手となる現在の戦場では、この上ない有用な兵器とされている。
 
相手が地形を気にしない天使であるというのも、大きなファクターであった。
 
だが、一つ問題があった。それを運用するデビルサマナーが、人間であるということだ。分厚い装甲はあるが、防御力にはあまり期待できない。
 
それほどまでに天使の攻撃力は常軌を逸していた。戦車の厚い装甲でも、ミドル級の拳一つで潰される。
 
悪魔でも、一撃をまともにうければ、悪くせずとも死ぬのだ
そんな状況の中、大群の天使を相手に連携を駆使した的確な戦術をとらなければならない。
そして、戦力比は言語道断に悪い。故にデビルサマナーは、最悪を回避し続けて最善を選択しなければ勝ち目がないのだ。
 
しかしそれは、実戦を経験したことのないルーキーにとっては酷に過ぎるものだった。
 
実戦を経験していない兵士。新しい米粒でしかない、新人ルーキー。
 
彼らはたしかに、実戦ではない演習においてはある程度の実力を発揮できる。だがそれはあくまで訓練における実力にしか過ぎない。
 
殺すか死ぬかを強いられる場所で同じように戦えるかは全くの別の話だ。
なにせ戦場は狂気に満ちる、日常ではあり得ない別世界であった。古来よりそれは変わらない。
 
月で迂闊に飛べばそのまま"お星様"になってしまうように、別世界で上手く動くには慣れが必須になる。
 
つまりは、経験することが大事なのだ。
実戦で訓練と変わらない実力を発揮するには、実戦経験は欠かすことの出来ないもの。
小隊の一員、つまりは小隊の命の一片を担っているという緊張、そして恐怖から来る思考の混乱を全身に纏いながら、実力を発揮するのには、ある程度の慣れが必要になる。
 
自分の判断が本当に正しいか、という自身の行動への不信感。これらは場をかさね経験を積むことによって克服か、あるいは順応していくしかない。
 
鉄火の修羅場である戦場に身を投じ、その中で自らを鍛えるしかないのだ。鋼は、炉の中で鉄鉱石と炭素を掛け合わせてできるもの。
 
一人前の戦士になるために必要な条件も鋼と同じだ。
 
一人前の軍人になるためには、まだ原石でしかない自らを火にくべる必要がある。
そしてその鉄火場の中で過酷な状況に炙られながら、経験という名前の炭素を取り入れる。
耐え、続けて繰り返して硬度を――――地力を伸ばすしかない。
戦場という炉の中でひたすらに耐えて、凌ぎ、抗い抜かなければならない。その中で溶けてひび割れても形を失わなければ、命を失わなければ、いずれは強靱な鋼へとその身を変えてゆくことだろう。
 
     
それは、古来よりの兵の習わしに違わない。戦争というものを常に意識してきた人類の、業であることだ。
しかし今現在、人類は天使を相手にしていた。いつにない、人外を相手取る戦争。その内容は、あまりにも"違う"ものだった。
 
恐怖の原材料は未知であるという。死への恐怖も、死後に対する未知が及ぼすものだ。死ねばどうなるか分からないから、怖いのだ。
 
そして天使は、かつてない程に圧倒的な未知の存在であった。
 
本質、外見、行動、その全てが理解不能で、意味も不明なものだらけ。その上、人間を喰らう種類まで居る始末。人間相手での戦争では、まずあり得ない事だ。
カニバリズムに目覚めた人外相手の戦争という、小説かお伽話の中であればともかく、普通の世界では起こりえないもの。
 
人類が遥か昔に置いてきた、原始の戦争。つまりは、動物相手の食うか食われるかの恐怖が再燃したともいえる。それは、言葉に表し難いほどの恐怖を生み出すもの。ましてや、相手が異形の極みともいえる天使なのだ。
 
見えても怖くない、という方が嘘である。そして恐怖に食われたものから死んでいく戦場は、あまりにも無慈悲なものであった。一般人のほとんどが、天使の恐怖を知識でしか知らないというのも問題だった。
 
だが、仕方ない事でもある。天使の姿、その恐怖。それを肉眼で実感した者は、大抵がその場で死んでいるからである。
 
見れば死ぬ。逃げても追いつかれて、踏み潰される。戦い倒す軍人とは違う、常という領域に生きる一般人にとっては、天使とはそういう存在であった。
 
そして、訓練を受けた軍人とはいっても、戦場を知らない軍人は一般人とさして変わらない。
戦場を経験していない軍人にとっては、初陣こそが正真正銘の未知との遭遇になるのだから。
 
だから、初陣から無事に帰還した新兵は、口々に言うのだ。
月面総軍司令官と同じに、『あそこは地獄だ』、と。
 
想像すれば分かることだった。
未知なる鬼の団体さんが雲霞の如き規模で、ツアーを組んでやってくる。目玉料理は人間らしい。
地獄よりも地獄らしい地獄である。鬼よりも分からない異様の姿。実際に目に見える分、本物の地獄より質が悪いとうもの。
 
阿鼻叫喚の無間地獄の洗礼に屈しなかったものだけが、ひき肉になることなく、元の場所へと帰れた。地獄との戦争がここ現在で、夢ではなく現実となっていると、新たなる世界観を胸に刻まれた上で。
 
そうして、また相まみえるという恐怖を埋め込まれるのだが。
 
古来より、初陣での戦場の恐怖の洗礼はどの時代でもある。いつも、最初にはそれがあった。
生死を賭ける戦場という場を知る、あるいは身に刻まれる、初めての経験。
が、この天子悪魔戦争――――敵対者が同じ人類より天使となった現在では、その内実が少し違ってきていた。
 
その超えなければならない恐怖が、著しく大きくなってしまっているのだ。
恐怖が増大した戦場に、初陣。そこで死ぬ衛士が圧倒的に多かった。恐怖に呑まれて、技量を発揮できずに死ぬ衛士が後を断たないのだ。
 
つまりは、一般人が一人前の軍人に育つまでの難易度は、それこそ飛躍的に高まったのだ。
新兵の死亡率も当然高くなった。初陣における平均戦闘時間、それが『死の8分』という言葉で表されているのが証拠だ。
 
デビルサマナーは他の兵種より近い距離で天使と戦う分、戦死者も多くなる。
 
だから、補充は他の兵種よりも優先して行われるべきものとされていた。
 
だが、ここでも問題があった。デビルサマナーにはある程度の才能が必要なのである。
恐怖に打ち勝つ心の強さは勿論、平衡感覚の強靱さ、操縦技術を覚えられる程の知識。
そして咄嗟の機転を行動に活かせるだけのセンスも求められていた。
強靭な肉体だけでは足りないのだ。例え生まれつき優秀な肉体を持っていたとしても、別の点で足りなければ適正試験で落ちる場合もある。
 
 
また、近年では衛士が出撃する際に掛かる、『精神の負担』についても問題となっている。
死を目前に戦うデビルサマナー達の、兵士としての寿命は驚く程短い。
損耗率が高いのは勿論のことで、精神にかかる負荷、身体だけではない心の問題もあるからだ。
最近では催眠暗示という対策も取られているが、これは一時凌ぎの手法であり、逆にデビルサマナーの寿命を短くすることもあった。
それに催眠は人によって効力の差があり、催眠暗示をかけたから絶対に安全とも言えない。
戦闘中に催眠が解けた場合など、特に問題となる。
戦場で催眠が解けたデビルサマナーはほぼ例外なく、即座に錯乱状態に陥るからだ。
 
その時の衛士は、天使よりも危険な存在となる。自覚なく獅子身中の虫となるからだ。
戦いの最中突如錯乱しだし、突撃砲を撒き散らす兵士を止める方法は1つしかない、同部隊員による処理だ。
 
結果、連鎖反応の如く精神を病んでしまうデビルサマナーもいた。
 
それが戦場での一つの光景として表されるこの世界は、弱者にはちっとも優しくない世界である。
死の間際に言葉を発する事もできず託す事もなく、ただ動かぬ肉塊になっていく人々もいる。
開戦当初は、それはもうひどいものであった。負けに負けをかさね、戦死者が増えていく毎日。
色々と脆い部分を抱えている人類だ。対する天使にはそんなものはない。戦力比からいっても、それは当然の帰結でもあった。
数が多い、というのも問題であった。死んでも代わりがいる、とばかりの、数を頼った上での強引な戦術用法は
 
人類にとっては脅威であった。無機質に襲いかかってくる天使の群れはいわば自然災害に近いとは誰がいったのか。
 
―――中国に天使が降りたって3ヶ月。
 
 
現在、人類は負けに負け続け、その総数を着々と減らされている。
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