デビルサマナー

John Smith/ジョン スミス

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『はい! 現れた天使はせいぜいが大隊規模ってところですか』
『ああ、これなら何とかなりそうだ、が―――油断はするなよ、気を抜けば死ぬと思え!』
『そ、んな余裕はありませんよ!』

処女きったのを喜ぶ暇もない。湊は喋りながら動き、次々にスモール級を屠っていく。
しかし、所詮は二人だ。突進してくる突撃級の全てを捕らえることはかなわず、数匹が湊達の届かない位置まで抜けた。
 
『っ、しまっ―――』
 
抜けたら市民達がと。湊は焦るが、それは早計というものだった。
中衛、後衛の中隊員達が前方の援護をしつつ、その撃ち漏らしをすべて潰していった。
それを見た湊の口から、安堵の声がもれた。
 
『安心しろ。後ろは任せろ』
『そう責めてやるなよ。しかしガキだと思ってたが、意外とやるじゃねえか………流石は例の時刻の訓練を生き抜いきただけある』
『ああ、てめえは前に集中してろ! 抜けてもいい、俺たちが潰してやる!』
『前を潰される方が堪えるんでな! お前はお前の仕事をしろ、任せるぜ!』
『湊、了解しました!』
 
湊は通信の声に大声で返事をすると、前方の敵に集中した。次々とやってくるスモール級を、危なげなく撃破していった。前面の装甲は、時には120mmの砲弾や艦隊の砲撃に耐え切るほどに硬く、分厚い。だが、背中部分は前面に反して柔らかく、黒鉄の悪魔の拳でも叩き込めば沈黙するぐらいの、わかりやすい弱点だった。
 
湊達は教練途中とはとても思えないぐらいに、戦術機を操り背後に回っては最小限の弾薬でスモール級を撃破していった。
 
そして数分後には、スモール級のその8割が地に伏せることとなった。
 
『ラージ級がいないのは、不幸中の幸いだったか』
『そうみたいですね………いれば、自分も危なかったとおもいます』
 
前衛で暴れている湊の悪魔でも、レーザー照射を知らせる警報は一度も鳴っていなかった。
つまりは、後方にはラージ級はいないということだ。そして群れの中でひときわ大きいギガント級も見えない。残るは中型と小型の間ぐらいの大きさで、しかし数は一番多いミディアム級が群れの中核となっているのだろう。あとはスモール級とほぼ同じ大きさを誇り、その両腕で戦術機を襲うスモール級だけだ。
 
それでも、一体いれば歩兵を薙ぎ倒せる程に強いのだ。湊はその認識を元に、2機で動いた。その2種の間合いの外から魔力ビームや拳砲を叩き込み、後ろには通さないとばかりに、次々に倒していった。残弾が危うくなれば、上司が指示の元に一端後方に退いて、悪魔を休憩させた。
 
初陣であり、しかも教練途中の繰り上がり任官にも程がある湊には、前線に自分が出るのは早いと判断したからだった。
それとは別の部分で注意する点もある。上司はその様子を見るべく、湊機に通信を入れた。
 
『湊20分は経過した。死の8分は、超えたな』
『は、い。いつの間にかですけどね………』
 
湊、息も絶え絶え、といった様子で返事をした。上司は顔を少し顰めると、しっかりしろと大声で言った。
 
『前衛はそんなもんだ。時間を見る暇もないからな。むしろ、我を無くさないだけ大したものだ。しかし、生きてかえってこそだぞ?』
『了解、です』
『しかし………いい加減に限界か。敵はあと2割が残っているが………』
『い、え、まだ、やれます』
『無理なら無理と正直に言え。耐えようとするのは立派だが………いやこれ以上を要求するのは酷か。あとは残りも少ない。最悪お前一人だけでも基地へ戻れ。これならば、私一人でも何とかなりそうだからな』
『は、はい。でも、良いんですか』
『兵士は死ぬもんだが、いきなり死ななきゃならんほど慈悲が無いわけじゃない。本当に無理なら『こちらCP、聞こえますか?』はい、聞こえます』
 
いきなり入った通信に、上司は嫌な予感を覚えた。
 
『隣のブラボー中隊がやられた。前衛と中衛、2機を残して全滅したらしい。生き残りの2機も、敵中で孤立しているとのことだ。至急救援に向かい、4機編成を組め。あっちに抜けられるとまずい。戦線を維持しろ、とのHQ殿からのご命令だ』
『………こちらの前衛が居なくなりますが?』
『残った俺達でどうにかするさ。予想外に湊が頑張ってくれたのでな。他を前に出す。この数なら、あいつらでもカバーできそうだ。それより急いでくれ、仲間をここで見殺す訳にはいかん』
『了解です。湊、聞こえたな?』
『はい』
 
返事をする武。その声は強がりを見せる時の色に似ていた。
上司はその声から、そして投影された映像から湊がやせ我慢をしていることを察する。だがその目に戦意が宿っているのを見て、即座に行動することにした。
 
(長引かせる方がまずい。それに、後方も安全とは限らない)
 
隣の中隊が抜けた、ということは敵撃破の速度も下がる。それよりは、とターラーは生き残りの2機の腕に期待し、できるだけ短時間で戦闘を終わらせることを選択した。
 
『行くぞ!』
『了解!』
 
湊たちは悪魔の手に乗って、低空での匍匐飛行で天使の死骸の上を抜けていった。
 
やがて二人の視界に、倒れ伏した悪魔が映り出した。踏み潰された悪魔と、胸部がへこんでいる悪魔が大地に横たわっていた。
 
どうやら最初のスモール級と、その後のミディアム級級にやられたようだ。
 
『あそこです!』
『中尉と呼べ、急ぐぞ!』
 
2機はそのまま、まだ戦闘を継続している機体を見つけると、突っ込んでいった。
生き残りの悪魔に気を取られている天使を。
 
こちらに背中を見せている間抜けなミディアム級に漆黒の拳を贈呈し、囲いを薄めるべく魔力ビームで手早く片づけはじめた。湊もそれに続く。中尉よりも命中率は低いものの、背中を向けている静止目標ならば大半を当てられた。
 
そうして、数分後、ひとまずの安全を確保すると、生き残りに通信を入れた。
 
『お前たちはブラボー中隊の生き残りだな?』
『その通りだ、助かったよ中尉殿。アタシはブラボー11、エルフィン・シフ。少尉だ。援護感謝する』
『こっちはブラボー10、アルフレード・ヴァレンティーノ少尉だ。後ろやられて、限界近かったんだ。助かったよ色男さん。お礼にこの後お茶はいかがかな』
 
軽いが、感謝がこもった言葉。湊はそれを聞いて、嬉しい気分になった。
誰かを助けて礼を言われることは日本に居た頃もあったが、戦闘途中ともなればどうしてか言葉に芯が通っているように思えた。
 
本当に嘘のない“ありがとう”。湊はまだ慣れない英語の言葉に、嘘の無い感謝の気持ちというものを知った気がした。
一方で、そういった言葉に慣れている中尉は軽口に苦笑し、応答を返した。
 
『はっ、上官を前にそれだけ口がまわるようならまだやれそうだな。4機連携でこの囲いを抜け、一端下がった後に糞共を迎え撃つ。いいな、湊』
『了解です』
『………って、ガキィ!?』
『おいおいエルフィン、前も言っただろ東洋人は年よりも若く見えるって――――ガキィ!?』
 
金髪の北欧系の女性サマナー。後ろに長髪をまとめ、その一目見て活発なことを思わせる外見をしている女性は、エルフィンと呼ばれた。そして調子のいいアンチャン風味で、こちらは短く黒髪をまとめている男性サマナー。アルフレードと呼ばれた。
 
それなりに整った容姿をしている二人の眼が、網膜に移った湊の姿を見て驚愕に染まった。
どうみても成長期に届いていない子供だ。でも、さっき見た動きはそれなりに"乗れてる"奴のもの。
 
混乱に、思考が硬直する―――腕も足も、近づいてくる天使を屠るように動いてはいるが。
 
二人の動きに合わせ、湊と中尉も残存するミディアム級、スモール級へと魔力ビーム砲を叩き込んでいった。
エルフィンとアルフレードは、一般衛士よりはかなり"乗れている"方だ。2機で孤立した状態でも生き残っているのが、その証拠だ。
そんな二人から見ても、湊機にセンスがあるのを伺わせた。
 
そして、きっかり1分後。エルフィンとアルフレードはようやく我に返った。
 
『………ガキを戦わせるなんて、とかこんな前線にとか。色々と文句はあるけど―――助けられた手前何も言えないねえ』
 
『むしろさっきまで中隊組んでた連中よりは乗れてると見たぜ、信じられないけど………まあ、その話も後だ、後』
 
 
文句も何もかも、語るのは基地に生きて帰ってから。そうやって割り切った二人は、即座に中尉の指示をあおいだ。中尉は湊を含める3機に指示を出し、即座の連携を組みながら、後方へ一時的に下がっていく。
 
そして距離を保ったまま、迫ってくるスモール級を次々と撃破していく。
距離があるなら、スモール級はむしろミドル級よりもくみしやすい相手だ。
 
エルフィンやアルフレードといった腕のいい衛士の力もあって、広域リンク上から天使の赤いマークが次々と消えていく。
 
やがて、天使の残数が一割を切った。
レーダーにて残存数を確認したデビルサマナー達の間から、緊張感が薄れていく。
 
上空からのからの"おかわり"はこないし、野良悪魔の団体さんの姿もない。団体さんは数が多く、事前に知らされた進軍速度、またレーダー上にある現在の位置から見て、この地点に到達するまであと3時間はかかるだろう。
 
それは後方基地からの連隊―――もうあと数分で到達すると連絡があった国連軍部隊に任せる。
取り敢えずだが、自分たちが担当する第一波の天使の攻勢は乗り切れた。

「みふぅ」
 
湊が、安堵の息をつく。
 
(何とか仕事はこなせたな。さて、他の方の部隊は………)
 
と、中尉が他の中隊の方に気を取られる。
 
――――そう、今まで天使に向けていた集中が、少しだが緩んだ瞬間だった。
突如、地鳴りが響き、湊の足元から揺らす。
 
『な、地震………!?』
『いや、これは――――下か!? っ、各機気をつけろ、一時的に後ろへ退け!』

中尉の言葉。それに対して、エルフィンとアルフレッドは反射的に対応できた。
その場から跳躍し、地面から離れたのだ。しかし、疲労もあってか――――初陣である湊は反応できなかった。
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