DRAGGY!ードラギィ!ー【フレデリック編連載中!】

Sirocos(シロコス)

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③〈フレドリクサス編〉

6『少し暗い話になるので、先に断っておきます……』

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それから数日が過ぎ、ヨシの両親が旅行から帰ってきました。

父親は、ヨシの部屋を訪れるなり、真っ先に勉強の具合を確認してきました――
とくに旅行の話を聞かせるでもなく。

「さて、連休の最終日だ。ちゃんと勉強に取り組んでいたか見てやる。
例の問題集を全科目分、出してみろ」

父親は、自分の指定した問題集を、ヨシにやらせていたのです。
どれもトップクラスに難しい問題集で、
きっとレンがやっても、ほとんど解けない問題ばかりでしょうね。

ヨシは、フレドリクサスを部屋の納戸に隠してから、父親に対応しました。
自炊や家事だけでなく、ずっとフレドリクサスの面倒も見ていたヨシですが、
ちゃんと問題集にも取りかかっていて、もちろんノルマも達成していました。

「……ふむ、ふむ。……ほほう、自分で採点も済ませたか」

それから父親は、全科目分の問題集に目を通すと、

「……いいだろう、ご苦労だったな。お前には簡単だったか?  
次は、もっと骨のある問題集を用意してやってもいいが」

「父さんの好きにしたらいいさ。ぼくは、全部正確に解いてみせるよ」

と、ヨシが答えると、
父親はヨシを苦々しくにらみつけながら、言いました。

「まったく、生意気な小僧め。外出禁止令を出されたいのか」


――父親が部屋を出ていくと、ヨシはようやく納戸を開いて、
フレドリクサスの入ったバスケットを取り出しました。

「キミとお父さんの会話は聞こえていたよ」フレドリクサスは言いました。
「なんだか、厳しそうなお父さんだな。教育熱心なのか?」

「……そうじゃないさ」ヨシは、バスケットを机に置きながら答えます。
「父さんは、自動車メーカー……便利な乗り物を作るところの、重役なんだ。
その面目を保つために、息子のぼくを優等生にしたがってるだけだよ」

「でも、キミを愛してるんだろう?」

「まさか!」イスについたヨシは、皮肉に笑いながら答えました。
「愛なんて、少しも感じたことないね。父さんもいつも言ってるよ……
血のつながりのない息子に、情をかける義理はないってね」


淡々と、事もなげに――ヨシは、笑いながらそう言ったのです。
この一言に、フレドリクサスは自分の耳をうたがいました。
聞き間違いなのか。はたまた、冗談のつもりで言っているのか、と。


「それは、どういう意味なんだ、ヨシくん?  キミは――」

「ふっ……ああ、そうだよ。ぼくは、養子なんだ。赤ん坊の頃に引き取られた、ね」

「あ、赤ん坊の頃から……?」

「実の父さんは、ぼくが生まれる前に、事故で死んだんだ。
実の母さんも、ぼくを産んだ直後にね。

笑えるだろ。今日まで十年間、ぼくは、
温かさのかけらもない両親のもとで、エリートとして育てられたんだ。
好きな場所に一度も旅行に連れてってもらえず、
趣味も遊びも一切みとめられず、誕生日すら祝ってもらえず、………」

ヨシは、瞳を横にそらしました。
笑いながら語ってみせても、内心では、内臓を食い破られそうなほどの辛さが、
身体の底からあふれてくるのでした。

涙は、出ないのだけれど。


「……お、お母さんの、ほうは?」フレドリクサスが聞きました。

「ふふっ、なんだよ、また急に情けない涙声を出して。
あの母さんも、厳しくて冷たい人だよ。父さんほどじゃないけどね。
……おいおい、ホントによせって、涙なんか」

「……だって、ぐすっ。だってさあ……ぼくにも、ぐすん、分かるんだもの。
ぼくにも、分かる……」

「なにが……?」

「気持ち。キミの……ぐずっ。その辛さ……ぼくにも、ぐすっ、覚えがあるんだ。
だってぼくも……みなしごだから!」

「…………」ヨシの顔から、笑みが失われました。

「ぼくの、本当のパパと、ママは……ぼくが、生まれてから、ぐすん……
何日も、しない、うちに、ぐすっ……死んじゃったんだ!  事故で!
もう、顔もおぼえてない……!  会いたくて、しょうがないんだ……」


思いもよらぬ運命のめぐり合わせで、偶然が幾重にも重なることもあります。
それは、夢物語の世界ではめずらしくないことですが――
ヨシとフレドリクサスに至っては、いったいだれが引き合わせたのでしょう?


ヨシは、しばらく押し黙っていましたが、
フレドリクサスの泣きべそを聞いているうちに、
相手にも聞こえないくらいの小さな声で、こうつぶやいたのです。



   そうか。やっぱりキミは、ぼくのものだ。



    *

それから数日後、
治療の甲斐もあって、フレドリクサスの身体の傷はほとんど癒えました。
包帯を取って、普通に飛べるほどになったのです。
そもそもの話、ドラギィは回復力が高いのでしょう。

ヨシが学校に行く直前、
フレドリクサスは、仔犬サイズの身体で、ヨシの部屋を軽く飛んでみせました。


すぅーーー、パタパタパタ、すぅぅーーー、パタパタパタ。


まるで、水の流れるような、美しい曲芸飛行です。
ドラギィは、翼の羽ばたきの力だけでなく、
頭の角によって引き出す浮遊の力も使って、空を飛ぶのです。

重たい体で空を飛べるのにも、理由くらいあります。
ヨシも、フレドリクサスからすでに教えられていました。

「いやあ、もうずいぶんよくなったじゃないか……」

ヨシは、妙におだやかな笑みを浮かべながら言いました。

「本当にありがとう、ヨシくん。すっかり世話になってしまったね」

フレドリクサスは、ヨシの顔の高さまで降下して言いました。

ヨシは、フレドリクサスのことを両手でそっとつかむと、
まるで小さな猫でも愛でるような、甘く、やわらかい声でこう言います。

「いいってことさ。おかげでぼくも、奇跡のような時間を過ごせたよ。
ところで、キミはこれからどうするんだい?」

「もちろん、ぼくは自分の仲間を探す!  話したろ?  
ぼくの他にも、下界落としを食らったドラギィがいるって。
だから、探しに行くんだ。そして、いっしょに修行して、スカイランドに帰る!
まあ、ぼくの場合は、泣き虫を卒業しないといけないわけだけどな」

やれやれ、と両手を広げるフレドリクサス。

「ああ、そうだったねえ。キミは修行の身だ。
仲間に会えないと、ずっと不安で夜も眠れないんだったね。まったく大変だ。
でも、悪いけど――」

ヨシは、フレドリクサスをつかんだまま、
クローゼットのほうへ歩いていきました。
そして、クローゼットのつまみに片手をかけてから、こう言ったのです。


「そうはさせないよ。キミは、ずっとぼくのものなんだから!」


バタン!

クローゼットを開けると、鉄製の鳥かごがかかっていました。
ヨシは、そのかごの中にフレドリクサスを押しこむと、
ポケットから鍵を取り出し、素早く入り口の錠を閉めてしまったのです!

あっけに取られたフレドリクサスは、何がなんだか分からず、
入り口の格子を両手でつかみながら叫びました。

「ヨシくん!  なんだよ、これは!  どういうつもりなんだ!?」

「言っただろう?」ヨシは、意地の悪い勝ちほこった笑みを浮かべます。
「キミが人間界にいる間、ぼくが面倒を見るって。
学校から帰ってきたら、またエサをやるよ。もっとも……
格子の間から入れなきゃいけないから、
ちゃんとしたものを食べさせてやれないだろうけどねえ」

くっくっくっく……!
ヨシは、冷たい笑い声を立てました。今までとはまるで様子が違います。

「出してくれよ!  悪い冗談ならやめてくれ!
ぼくはこれから、外に出なくちゃいけないのに!」

フレドリクサスは、ガタガタと格子をゆらしました。

「やかましい!  少し黙っていてくれよ」ヨシの目つきがきつくなります。
「ぼくはキミの、命の恩人だろう?  なあ、これはぼくからの頼みなんだ。
ずっとここにいてくれ。それを約束できるなら、そこから出してやる」

「なんでこんな……こんなとこに閉じこめるのさ!?」

「キミを行かせたら、キミは仲間のところへ行って、二度と帰ってこないだろう?
そんなの、あまりにも寂しいじゃないか。同じみなしごの仲なのにさ……
あ、そういえば、キミは大きくなれるんだったねえ。
でも、そんなところで大きくなったら、キミの身体はどうなるかなあ?
そのかごは特別製でね、とにかく固くて、イノシシでも壊せやしない」

そう語りながら、ヨシはランドセルを手に取って、背中にかけます。

「い、いやだよ……ぐすんっ……ここから出してよう!」

ガタガタガタ!  フレドリクサスはさらに音を立てます。

「はっ、本当にうるさいやつだな」

いらだちを募らせたヨシは、再びクローゼットに近づくと、
そのつまみに手をかけながら、こう言うのでした。

「せめて、ここは開けておいてやろうと思ってたけど、
キミは、泣き虫を克服しなくちゃいけなかったんだよねえ?
だったらここを閉めて、中を暗闇にしてやるよ。
ここを密閉状態にしたら、光は一筋も入らないんだ。暗いのは嫌いかい?
暗闇に慣れれば、少しは気持ちも鍛えられるだろうねえ?」

「暗いのもイヤだあ!  やめてよ!  ぼくをここから出して~!!」


バタン……!


クローゼットが閉め切られ、冷たい鳥かごの中に暗黒が満ちました。
ヨシの足音が、部屋の中から遠ざかっていきます。

フレドリクサスは、格子をつかんだまま、崩れ落ちました。
悲しくて、悲しくて、涙が止まりません。
こんな仕打ちが、はたして、あっていいものでしょうか?

「なんでだよ、ヨシくん……なんでだよう……」

いったいいつから、フレドリクサスはヨシの虜になる運命だったのでしょう?
自分もみなしごだと話したあの時から?
自分の能力をはじめて披露した、あの夜から?
それとも――最初に拾われた、あの嵐で濁った川のほとりから?

「ヨシくん……いい人間だって、ぐすん、信じてたのに」


えぇぇぇ~~~ん……!


フレドリクサスは泣きました。暗闇の中で、泣き続けました。
鳥かごの底が、彼自身の涙でいっぱいになるまで――。
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