DRAGGY!ードラギィ!ー【フレデリック編連載中!】

Sirocos(シロコス)

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①〈フラップ編〉

5『街に出かけよう、竜といっしょに』①

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「おーい、特製カレー二つ、よろしく!」

「こっちはカツカレー、三つな!」

「レンちゃん、お野菜カレー、二つお願いね」


店内に次々と飛び交う、お客たちの注文。
多くの地元民に愛されるカレーレストラン『サカモト一番』は、
混雑を迎えた土曜日のお昼時に駆り立てられていました。

「あ、はいぃ!   特製カレー二つ、カツカレー三つ、野菜カレー二つ!」

レンは、今日も席を埋めつくすお客たちの、不意をつくような注文の波にもまれ、
頭をくらくらさせながら、用紙に注文の品を書きなぐっています。
きっちりとエプロンを巻き、頭にはバンダナキャップをつけ、
りっぱな店員の一員です。まあ、あくまでもお手伝いの身分ですけれどね。

「レン~!   三番テーブルがお帰りだから、お皿のお片づけもお願いね!」

「レン。カウンター席五番のソースが切れそうだから、追加をたのむよ」

厨房からさらに飛んでくる、お母さんとお父さんの指示もあいまって、
レンはもうてんてこ舞い。熱でも出そうした。
こんなことは、忙しくなるお昼時にはお馴染のシチュエーションですが、
たまの土日や祝日にヘルプに入る、小学生のレンにとっては、激務そのものです。

(えっと、四番テーブルの注文を取ったら、次は三番テーブルの片づけ。
それからソースを補充して――)

レンは、けっして手際の悪い方ではなかったので、
お店のお仕事は、かろうじてこなせてはいました。
――まあ、先ほどお冷を運ぶ途中でうっかりつまづいて、
目も当てられないようなミスをやらかしたばかりですがね。

それでもめげず、まっすぐにお店の仕事に食らいつくのが、レンでした。
だから、地元のお客はみんな、レンの頑張る姿に、思わずほっこりするのです。



「お、おまたせしました!   サカモトお野菜カレー、二丁!」

レンはようやく、カウンター席に品物を配膳しました。

「ふふっ、ありがとね、レンちゃん。
お母さんとお父さんのお手伝いとして、板についてきたんじゃない?」

若い娘さんと二人で来店した、近所のおばさん。
レンが配膳してくると、まるでかわいい息子に話しかけるみたいに、
朗らかな笑顔で言いました。

「まーだまだぁ!」厨房からお母さんの声が飛んできます。
「混み合ってない時でも、たまーに注文取りを間違えるし、
お皿片づけるの忘れることもあるし、さっきもあわててすっ転んでたし。
ジャガイモの皮むきも、最近やっとサマになったところでね。
まだまだ修行が必要なんですよ、この子」

お母さんは、いささか苦みをふくんだ笑い方。
美人で、活力があって、地元のみんなから愛されている一方、
息子のレンには、旨辛が自慢の『サカモト一番』のカレーママとして、
文字通りに辛口な評価。

「まあ、でもねえ」今度は、お父さんが割りこんできました。
「レンもよくやってくれている方だと思うんですよ。
まだおぼつかないところもあるけど、ガッツがあるっていうのかな」

渋めの金縁メガネをかけたお父さんは、『サカモト一番』の店長。
辛口なお母さんとは違って、お父さんはいたってマイルドな口ぶり。
スマートな顔つきで、女性客をもしっかり集めているクッキングパパです。

「ここイチバンって時には、すごく頑張る子なんですよね。
ホント、父親としてはこう、がしーっと抱きしめてやりたいやつでして!」

といって、お父さんは、まるでどこぞの乙女のように頬を赤らめると、
両腕で自分の胸を強く抱きかかえたのです。冗談ではなく、心からでした。
レンのお父さんは、地元でも有名な変わり者なのです。

「や、やめてよ父さん!   ぼくがいる前で、気色悪い!」

穴があったら入りたい……でも、これがレンの日常。その一風景なのでした。


ですがレンは今、まだだれも知らない、だれにも信じがたい、
夢みたいな新たなスパイスを、この日常の中に迎え入れたばかりでした。

ドラギィ――スカイランドから来たという、未知なる生物。
今も、二階のあの部屋で、ひっそりとお利口にさんして、
レンの帰りを待っているはずです。


「そういえば、昨日騒ぎになったアレ、何だったんだろうな?」

「あー、近所の丘の上に、何かどでかいのが落ちたかもっていう?
おれにもさっぱり分からんけど。ママさんは、どう思います?」

一番テーブルにいた、近所の建築作業員のおじさんたちが、
不意にそんな話題を持ちかけてきました。

「さあ、ねえ」お母さんが厨房から答えます。
「警察の人たちも、落下物の跡は見当たらないっていうし。
ウチはお客さんのおもてなしで忙しかったから、見に行けなかったし。
レン、あんた昨日、丘の方に行ったんでしょ?   なんか見なかった?」


ぎくっ!!

レンの心臓が、のどをついて口から飛び出しそうになりました。

「……いや、ぼくは、何も、知らないなあ。スケッチに夢中だったから」


「?」「?」「??」「???」

お母さんから視線をそらす、レンのぎこちない返事に、
お母さんだけでなく、お父さんも、まわりのお客さんも、
みんなポカンとして、レンに視線をむけていました。

その時だったのです。
なんとも形容しがたいプレッシャーに、胸がしめつけられたのは。

(言えない!   ドラギィが空から落っこちてきたなんて、だれにも!)

犬ならまだしも、竜の性質をも持った生物がいるなんて、世間に知られたら、
どれほどの騒動になるのか想像もつきません。
ドラギィを独り占め――レンは、なんて甘い考え方をしていたのでしょう。

   *

午後二時。
手伝いを終えたレンが部屋に戻ってくると、
フラップは出窓カウンターで身体を丸めて、日向ぼっこをしていました。

「フラップ、起きて!   キミに聞いてほしいことがあるんだ」

「う~ん?   なんですか?   ふぉ~あぁ~……」

ウトウトしていたのでしょう。すぅっと羽を広げながら、大きなあくびを一つ。

レンが言うには、ドラギィの存在が世間に知られるのはまずい、
もしも、こんなに奇想天外な生き物が、公のものにされてしまったら、
きっと、テレビや雑誌社の引っ張りだこにされたり、どこぞの研究所に送られて、
検査、検査の日々を送ったり。とても修行どころじゃない、ということです。


「いいかい?  明るいうちに外に出る時は、小さな姿のままでいること。
なるべく、ぼくといっしょに行動すること。目立つ行動は避けること」

「なんだか、こちらの世界では、あんまり自由がきかないんですね。
細かいことはよく分からないけど、修行するには必要なことなんですよね」


急な注文にもかかわらず、フラップは疑い一つせずに、どっしりしたものでした。
物分かりがいいというか、鈍感というか。
人間界に来たばかりで、まだ右も左も分からないというのに。

「あのう、レンくん。じつはぼく、お腹空いちゃってるんです。
人間界のこと、もっとよく知りたいし、いっちょ、お外に連れ出してくださいよ。
大丈夫、言いつけはちゃんと守ります。ドラギィは利口な生き物ですから」

「利口な生き物だって、自分で言うかな」レンは思わず薄ら笑い。
「よーし。じゃあ、これからお出かけしよっか!
ちょうどぼくも腹ペコだし、外で軽く食べてこようかなって思ってたんだ」

「やったー!」

フラップはその場でぴょんと飛び上がり、
空中でしっぽをぶんぶん振り回します。

というわけで、フラップは、レンのお気に入りの青い手さげバッグに入って、
彼がよく行くという近所の『うさみ町商店街』へ、連れて行ってもらいました。


家からおよそ十分ほど歩いたところに、その商店街はありました。
多くの人が行き交いにぎわう……というほどではありませんが、
まずまずの人数が往来する、古きよき商店街といったところでしょうか。


「落ちつく町なみですねえ。いろんなにおいがします。
食べ物のにおいと、お薬っぽいにおいと、それからちょっとほこりっぽい――」

フラップは、バッグから頭をだけをにょきっと出しては、
あちこちからただようかぐわしいにおいに、せわしなく鼻をうならせました。

「はあぁ~、このほくほくとした、お芋と油のにおい!
そこのお店からただよってきますよ。なんですか?  あれなんですか⁉」

「あっ、あんまり声上げないで。キミ、そこのお店気になるの?」

すぐそばに、レトロな字で『コロッケ・ころ屋』と看板かんばんに書かれた、
なんとも年代臭をただよわせるコロッケ屋がありました。
厨房から聞こえてくる、ぴちぴちぴち、と軽やかな油の音。
店頭の揚げ物バットにずらりとならんだ、コロッケ、メンチかつ、エビフライ。

「じゃあ、コロッケ食べてみる?  
お小遣いに余裕あるからさ、ふたり分買って食べちゃおう。
ここのは、特別オイシイんだよね」

「わくわく!」
フラップは瞳をらんらんとさせ、しっぽをくねらせるのでした。
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