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①〈フラップ編〉
5『街に出かけよう、竜といっしょに』②
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人気のない商店街の枝道に、だれも使っていない自販機が一つ。
派手なラベルのペットボトルや缶ジュースを抱えたまま、建物の陰に隠れ、
ただ憂うつそうに反対側の建物の壁をにらんでいる、さみしい自販機。
その四角い箱の上から聞こえてくる、小さな、小さな……いびきの音。
八センチくらいの白ネズミが一匹、ネズミサイズのショルダーバッグを脇に置き、
だらんとあお向けというあられもない姿で、ぐうすかと眠りこけています。
自販機の上にいたのは、こういうものでした。
――この世に、さすらいネズミを見たことのある人は、どのくらいいるでしょう。
きっと、おそらく、だれ一人としていないはずです。
頭にくるりと、キツネのしっぽのような髪を生やしたこの白ネズミこそ、
まさに、さすらいネズミの中のさすらいネズミでした。
小休止のつもりで、軽く眠りについていたのでしょう。
その大きな耳が、だれかの枝道に入ってくる足音と、声を拾うと、
白ネズミは、ハッとまどろみから覚めました。
「この辺で食べようか」
「はい。早く、早く~。ぼくにもくださいな」
白ネズミが、自販機から身を乗り出すと、そこには一人の少年がいました。
少年の手には、紙袋にすっぽり収まった二つのコロッケ。
なぜだか、人目をはばかるように辺りをキョロキョロしながら、
そろそろと自販機のほうまでやってきます。
白ネズミは、妙に思いました。自分が耳にした声は、たしか二つだったはず。
ところが、ネズミが辺りを見回しても、ここには人間が一人しかいません。
……と、次の瞬間、驚くべきことに、
少年のバッグの中から、一匹の小さな生物が飛び出したではありませんか。
頭の二本角に、鮮やかな赤い毛、コウモリのような翼。
その手にコロッケがくるのを待ちわびる、ハッハッ、という息づかい。
ピクピクとせわしなく揺れ踊る、ふさふさなしっぽ。
あの生物はなんなのでしょう? 見たことも、聞いたこともありません!
その生き物は、少年の手からコロッケを受け取ると、
黄金色の見事な揚がりっぷりの衣を頭から、パクリ!
「はふぅ~! うまい! サクッ。 すごい食感ですー! サクッ」
しゃべっています。コロッケを美味しそうに食べています。
しかも、翼を羽ばたかせながら、宙をプカプカ浮かんでいるのです。
なんとも奇想天外で愛らしい、珍生物なのでしょう!
こんな貴重な出会いを、みすみす逃すさすらいネズミなどいません。
少年と珍生物は、あっという間にコロッケを食べ終わりました。
少年が来た道を戻り、珍生物が再び少年のバッグの中に隠れようという、
まさにその時。白ネズミは、自分のショルダーバッグをひっつかむと、
自販機の上から少年のバッグの中めがけ――一気にダイブ!!
届く? 届かない? いや、この勢いなら届く。自分にぬかりはない!
ボスン!!
奇跡的にも、珍生物がバッグの中に入ったのと、
白ネズミがダイブインしたのが、ちょうどぴったりなタイミングでした。
少年は、異様なほどズシンと伝わってきた重みに、むっと顔をしかめました。
「フラップ、もうちょっと静かに入れない?」
「ああ、ごめんなさい。まだ気持ちが高ぶってるのかな」
珍生物と、白ネズミは、財布やらタオルやら小物入れやらをはさんだ、
それぞれのすき間にちょうどよく収まっていました。
白ネズミは、こんなダイビングは昔から慣れっこでした。
それがさすらいネズミの誇りというものです――今回は少しギリギリでしたが。
「はっくちょん!」
珍生物がくしゃみをしたようです。白ネズミは、ドキッと身を固めました。
「フラップ、風邪?」
「……いえ、鼻がムズムズするんですよ。この辺、ちょっとほこりっぽいから」
たしかに。白ネズミは思いました。
(この少年のバッグの中……ホコリだらけじゃな)
*
新たな珍客が紛れこんだことにも気づかず、
レンは商店街を端まで歩いて、また折り返しました。
その間、惣菜屋で鮭おにぎりを、パン屋でカツサンドを買い、
さらに、団子屋でみたらし団子も買ってしまいました。
フラップに、人間界の食べ物を楽しんでほしいと思うあまり、
ついつい買いすぎてしまったのです。
「はぁ~。堪能しましたぁ~」
帰り道、大満足のフラップは、バッグのふちにあごをのせてウットリ。
それでも、まだまだ味わい足りません。
フラップは、これからも商店街に連れてきてほしいと、レンに頼みました。
「まあ、そのうちに」レンは言いました。
「おかげでお小遣いは、すっからかんだけどね……。
それにしても、今時プチレトロな商店街なんて、めずらしいよなあ。
今度は、たこ焼きも食べさせてあげるよ。あそこのたこ焼きは――」
「レンくん、あの赤いのは、なんですか? プカプカしてますよ」
歩道のむこうから、赤い風船を持った幼い女の子が、
若いお母さんと手をつないで、トコトコと歩いてくるのが見えました。
近所のスーパーかどこかで、イベントがあったのかもしれません。
三歳くらいでしょうか? 一歩一歩進むたび、
頭のツインテールが揺れ動いて、無性に愛らしい。
ところが、女の子が楽しそうにぴょんぴょんとその場で跳ねた、その瞬間、
「あ!」
赤い風船のヒモが、女の子の手から離れてしまいました。
風船は、まるで知らない空の世界へ放り出された無知の生物のように、
不安げに左右へ揺れながら、空へ浮かんでいくように見えます。
「ふうせんー!」
女の子が手を伸ばしますが、ああ残念。
その手に戻ってくることは、もうありません。
風船を呼び戻す魔法さえあれば――女の子は、そう思っていることでしょう。
「しょうがない、しょうがない。また今度、もらいに行こうね」
と、お母さんが女の子をなだめています。
「……まあ、よくやっちゃうよね、ああいうの。
ぼくも昔、つい一度風船を放しちゃって――」
「レンくん、ぼくがあれを取ってきます」
フラップが、いきなりそんなことを言い出しました。
「あれが、あの子のお気に入りだって、ぼくでも見れば分かります。
このままじゃ、あの子がかわいそうです。
人間界に来たからには、この翼、人間さんのために役立ててみせます!」
「ああっ、ちょっ……!」
ネズミサイズのフラップは、許可の一つもとらずに、
レンのバッグからビュウゥッと飛びだしてしまったのです。
派手なラベルのペットボトルや缶ジュースを抱えたまま、建物の陰に隠れ、
ただ憂うつそうに反対側の建物の壁をにらんでいる、さみしい自販機。
その四角い箱の上から聞こえてくる、小さな、小さな……いびきの音。
八センチくらいの白ネズミが一匹、ネズミサイズのショルダーバッグを脇に置き、
だらんとあお向けというあられもない姿で、ぐうすかと眠りこけています。
自販機の上にいたのは、こういうものでした。
――この世に、さすらいネズミを見たことのある人は、どのくらいいるでしょう。
きっと、おそらく、だれ一人としていないはずです。
頭にくるりと、キツネのしっぽのような髪を生やしたこの白ネズミこそ、
まさに、さすらいネズミの中のさすらいネズミでした。
小休止のつもりで、軽く眠りについていたのでしょう。
その大きな耳が、だれかの枝道に入ってくる足音と、声を拾うと、
白ネズミは、ハッとまどろみから覚めました。
「この辺で食べようか」
「はい。早く、早く~。ぼくにもくださいな」
白ネズミが、自販機から身を乗り出すと、そこには一人の少年がいました。
少年の手には、紙袋にすっぽり収まった二つのコロッケ。
なぜだか、人目をはばかるように辺りをキョロキョロしながら、
そろそろと自販機のほうまでやってきます。
白ネズミは、妙に思いました。自分が耳にした声は、たしか二つだったはず。
ところが、ネズミが辺りを見回しても、ここには人間が一人しかいません。
……と、次の瞬間、驚くべきことに、
少年のバッグの中から、一匹の小さな生物が飛び出したではありませんか。
頭の二本角に、鮮やかな赤い毛、コウモリのような翼。
その手にコロッケがくるのを待ちわびる、ハッハッ、という息づかい。
ピクピクとせわしなく揺れ踊る、ふさふさなしっぽ。
あの生物はなんなのでしょう? 見たことも、聞いたこともありません!
その生き物は、少年の手からコロッケを受け取ると、
黄金色の見事な揚がりっぷりの衣を頭から、パクリ!
「はふぅ~! うまい! サクッ。 すごい食感ですー! サクッ」
しゃべっています。コロッケを美味しそうに食べています。
しかも、翼を羽ばたかせながら、宙をプカプカ浮かんでいるのです。
なんとも奇想天外で愛らしい、珍生物なのでしょう!
こんな貴重な出会いを、みすみす逃すさすらいネズミなどいません。
少年と珍生物は、あっという間にコロッケを食べ終わりました。
少年が来た道を戻り、珍生物が再び少年のバッグの中に隠れようという、
まさにその時。白ネズミは、自分のショルダーバッグをひっつかむと、
自販機の上から少年のバッグの中めがけ――一気にダイブ!!
届く? 届かない? いや、この勢いなら届く。自分にぬかりはない!
ボスン!!
奇跡的にも、珍生物がバッグの中に入ったのと、
白ネズミがダイブインしたのが、ちょうどぴったりなタイミングでした。
少年は、異様なほどズシンと伝わってきた重みに、むっと顔をしかめました。
「フラップ、もうちょっと静かに入れない?」
「ああ、ごめんなさい。まだ気持ちが高ぶってるのかな」
珍生物と、白ネズミは、財布やらタオルやら小物入れやらをはさんだ、
それぞれのすき間にちょうどよく収まっていました。
白ネズミは、こんなダイビングは昔から慣れっこでした。
それがさすらいネズミの誇りというものです――今回は少しギリギリでしたが。
「はっくちょん!」
珍生物がくしゃみをしたようです。白ネズミは、ドキッと身を固めました。
「フラップ、風邪?」
「……いえ、鼻がムズムズするんですよ。この辺、ちょっとほこりっぽいから」
たしかに。白ネズミは思いました。
(この少年のバッグの中……ホコリだらけじゃな)
*
新たな珍客が紛れこんだことにも気づかず、
レンは商店街を端まで歩いて、また折り返しました。
その間、惣菜屋で鮭おにぎりを、パン屋でカツサンドを買い、
さらに、団子屋でみたらし団子も買ってしまいました。
フラップに、人間界の食べ物を楽しんでほしいと思うあまり、
ついつい買いすぎてしまったのです。
「はぁ~。堪能しましたぁ~」
帰り道、大満足のフラップは、バッグのふちにあごをのせてウットリ。
それでも、まだまだ味わい足りません。
フラップは、これからも商店街に連れてきてほしいと、レンに頼みました。
「まあ、そのうちに」レンは言いました。
「おかげでお小遣いは、すっからかんだけどね……。
それにしても、今時プチレトロな商店街なんて、めずらしいよなあ。
今度は、たこ焼きも食べさせてあげるよ。あそこのたこ焼きは――」
「レンくん、あの赤いのは、なんですか? プカプカしてますよ」
歩道のむこうから、赤い風船を持った幼い女の子が、
若いお母さんと手をつないで、トコトコと歩いてくるのが見えました。
近所のスーパーかどこかで、イベントがあったのかもしれません。
三歳くらいでしょうか? 一歩一歩進むたび、
頭のツインテールが揺れ動いて、無性に愛らしい。
ところが、女の子が楽しそうにぴょんぴょんとその場で跳ねた、その瞬間、
「あ!」
赤い風船のヒモが、女の子の手から離れてしまいました。
風船は、まるで知らない空の世界へ放り出された無知の生物のように、
不安げに左右へ揺れながら、空へ浮かんでいくように見えます。
「ふうせんー!」
女の子が手を伸ばしますが、ああ残念。
その手に戻ってくることは、もうありません。
風船を呼び戻す魔法さえあれば――女の子は、そう思っていることでしょう。
「しょうがない、しょうがない。また今度、もらいに行こうね」
と、お母さんが女の子をなだめています。
「……まあ、よくやっちゃうよね、ああいうの。
ぼくも昔、つい一度風船を放しちゃって――」
「レンくん、ぼくがあれを取ってきます」
フラップが、いきなりそんなことを言い出しました。
「あれが、あの子のお気に入りだって、ぼくでも見れば分かります。
このままじゃ、あの子がかわいそうです。
人間界に来たからには、この翼、人間さんのために役立ててみせます!」
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