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第三章『スカイランドへの旅』

5(挿絵あり)

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『みなさん、お待たせいたしましたあ!』


耳元のスピーカーから、フラップの声が聞こえてきた。

ふたりの席にはさまれた空間に、ふぉん!  と、大きな両面モニターが現れ、

そこにフラップの姿が映し出された。

彼は、両手に持った二本の棒状のメカを振って、注目をうながしている。

その棒の先には、赤い球状のものがついていた。


『これは、トレインドラッガーと言いまして、簡単に説明すると、

みなさんの乗っている車両を、上空へ誘導するためのメカです。

これを使って、ぼくと、フリッタと、フレッドの三頭は、

これより三便のトレインを、手分けして誘導していきたいと思います』


フリッタとは黄色の、フレッドは青色のオハコビ竜――

昨日フラップといっしょに、集会で注目をあびた竜たちの名前だった。


『この一番列車はぼく、フラップが担当いたします。

どうぞ、よろしくお願いしまあす!』


フラップは、モニター越しに一礼した。

子どもっぽくも落ちついた雰囲気に、気合いとプロの貫禄をにじませて。


『残念ながら、今回は全員参加ではなく、

四名の子が地上に残ることになりました。

それにともなって、竜も二頭だけつきそいで残る形になります。

スカイランドに行けない子たちのために、よいお土産話を作りましょう!

――さて、これよりぼくたちは、上空のサテライトゲートへむかいます。

そこがスカイランドへの入り口になっているんです。

さあ、心の準備はできたかな?  トレインがスタンバイ状態に入りますよ!』


フラップが言い終わった時だ。

それまで流れていた車内音楽がピタリと止んだかと思うと、かわりに、

アップテンポでノリのいい曲調の音楽がスタートした。


「わっ!」


くるーん。いきなり、ハルトたちの座っていたシートが、

下の土台によって二百七十度も方向転換し、

フラップの立つ進行方向へむけられた。


フラップは、両手に持ったメカを左右にむけて、メカのスイッチを押した。

すると、先端の球体から縄跳びの紐のような赤いビームが伸びていき、

一番目の車両の突起部分に注入される。

ビームはそのまま車両の後ろをつらぬくと、

その後ろの車両を同じようにつらぬき、そのまた後ろをつらぬき――

四両すべてが赤い光のロープでつながれた状態になる。


『ぼくが宙へ浮かぶと同時に、トレインも浮上します。行きますよ~!』


フラップが、すうっと離陸すると、

トレインがそれを真似るように浮かび上がった――と同時に、

ハルトの体も、ふわっと風船みたいに軽くなったような気がした。


三本の風変わりな列車は、三頭を追尾して、飛行機のように上昇していく。

みるみる遠ざかる野原を後ろに見送りながら、

乗客たちは興奮で胸がはち切れんばかりだ。


「すごいね、スズカちゃん。面白いね。あはは!」


両脚をばたつかせながら無邪気に笑うハルトを見て、

スズカは今、自分がどんな状況にあるかがようやく分かった――

単純明快なことだ。


(わたしたち、オハコビ竜たちに楽しませてもらっているんだ)




窓のむこうに、前の車両ではしゃいでいる子たちの動きがくっきりと見える。

横を見れば、隣を飛行する列車や、

列車たちを守備するように囲むオハコビ竜たちの姿がある。

乗客たちの手を振る様子に気がつけば、

竜たちは朗らかに笑って、手を振り返してくれた。


『さて、みなさん。ただ移動するだけではつまらないでしょう?

これからぼくたち三頭は、大きく旋回しつつ、

機体をななめ五十度ほど傾斜させます。

左席にお座りのみなさん。お先に雄大な地上界の景色を、

どうぞご覧くださあい!』


くるん!  ハルトたちの席が動いて、背中合わせになった。

トレインがゆっくりと傾斜していき、

ハルトの体は、今やほとんどうつぶせと言えるような度合いとなった。

眼下に広がるミニチュアのような地上界の姿が、

パノラマ映像のように目に飛びこむ。

青々とした山々が石ころのように小さく、

ふもと町の家々が豆粒みたいで、とても面白い。


トレインが反対方向へ傾斜していくと、今度はスズカがこの景色を見下ろす番だ。

ああ、もうこんなに高いところまで上昇したんだ。

近所の学校の校舎や、その校庭が見える。手を伸ばしても、もう届かない。

でもわたし、さみしくなんかならないもの。


その後、車両の傾斜角がまた水平になり、シートも前むきに戻った。


『――みなさん、景色のほうはいかがでしたか?  

さあて、続きましては、ちょっぴりハードになりますけども、

ひとつお楽しみを思いつきましたよ。

――安全バーの取っ手に、しっかりとつかまっていてね!』


フラップたち三頭は、翼を強く羽ばたかせ、急に速度を上げはじめた――

かと思うと、いきなり不意を打つかのように、

ストーンと急降下をしてみせた。するとどうだろう。


ぎゅうううん!

追っていた車両たちもその動きを真似して、急降下していった。

赤黄青の三頭は、降りた先でしゅっと体をそらし、

今度は上昇しながら水平ターンを行った。それから、

巨大なハーフパイプを乗りこなすようにもう一回、さらにもう一回……

何度も華麗なターンを決めていく。

無論、後続車両もまったく同じように動いて――。


「あははははは!」


ハルトとスズカは、わけも分からずに面白がって大はしゃぎした。

完璧なジェットコースターだ。この大迫力の曲芸飛行に、

歓声を上げない参加者はひとりもいなかった。


やがて三頭が曲芸飛行をやめ、トレインが大人しくなる。


『――ふう。どんなもんでしたか、スカイトレイン・コースターの乗り味は!

――え、面白かったけど、べつに必要なかった?

がっかりです……そんなふうに言うと、ぼく、いたずらしちゃうぞぉ。それ!』


フラップのかけ声と同時に、

ハルトたちの座席が、右へくるーり、左へくるーり。

急に機械が壊れたのか、

座席は気取り屋なダンサーみたいに、めちゃくちゃに回りはじめた。


「えええ、な、なんだこれ、わっははは!」

「きゃっ、あ、あ、あはっ……!」


座席は、参加者全員を卓上ダンサーみたいに踊り狂わせる。

スズカは、先ほどよりもっと楽しそうな笑顔をこぼしていた。

右へ九十度くるーん、左へ百八十度くるーん。

くる~り、くるくる、くるり。

突然、ピタリと止まったかと思うと、

今度は左右にくねくねくねと小刻みにゆれ動いて――。


「分かった、ははは!  分かったよフラップ!  もう勘弁して、ははっ!」


ハルトは、ツイスト運動におかしな笑い声を立てながら頼みこんだ。


『はーい、今ギブアップを申し出た子がいました!

では、遊びはこれくらいにして……』


座席がようやく大人しくなった。また前をむき直って、もう暴れる気配もない。


「――ふう、スズカちゃん」


「……へ?」


「スズカちゃんって、あんなふうに笑うこともあるんだね」


「!」


スズカは、

思いもよらず真っ赤にそまった顔を両手でおおいながら、むこうへ背いてしまった。


しくじった。

今のは余計な言葉だったかしら。ハルトはにわかに後悔する。
  


『そろそろ、ゲートへ急ぎましょう。飛ばしますよー!』


赤青黄色の竜たちは、さらにはるかな高みを目指して、急上昇をはじめた。

竜のすさまじいパワーに引きよせられ、三本の列車はみるまに垂直状態となった。

子どもたちの体がシートにぐぐっと押しこまれる。

こ、これはちょっぴりきつい!


やがてあおぎ見た上空に、

大きな輪っかのようなものが、ぼうっと幻影のように現れた。

それは巨大な、とても巨大な、円状のものだった。

その輪から、三本の平たい翼のようなものが、

外側へむかって放射状に伸びているのが分かる。




『あれが、サテライトゲートになります!

空を超え、世界の境界線を突破する、

ぼくたちオハコビ隊がほこるワープ・デバイスです。突入するよー!』


ゲートの向こう側の景色が、

ぐにゃりとスライムのようにゆがみ、ぐるぐると激しく回りだした。

そして、息をのむような光の奔流が生まれるのが見える――時空の扉だ。

フラップたちは、その光の中にむかって、わき目もふらずに飛んでいき……。


三本のスカイトレインは、ゲートの中へのみこまれていった。
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